先行
走る。ひたすら走る。
単純な走行であれば俺の『巡』は相当持つ。マーリンさんが素で驚くほどの持久力がある。
他と比べることができないので何ともだが、今はそれがありがたい。
とにかく今は、早くヘケット村へ。
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―ヨウ、お前は先行してヘケット村へ行け。
「え?」
マーリンさんがそう宣言したのは、ハリスさんに謝罪とお礼を伝えられてすぐのことであった。
いきなりで面食らってしまったが、よくよく考えれば確かにその方がいい。
「早めに行って、アドミラジを殺せるだけ殺しておけばいいんですか?」
「そうだ。俺の馬車のスピードに合わせるより、その方がよい。今日で分かったと思うが、アドミラジは弱い。お前ならば問題ない」
そう言って少し俺を持ち上げてから、ヘケット村に着いたらまず門番にゼンネルさんかホズルさんに確認を取ってもらうよう言いつける。
その後許可をもらってからゼンネルさんの指示に従ってアドミラジを狩ればよいということだった。
俺としても否やはなかった。マーリンさんより早く着けるのに、のんきに訓練しながら行くことはない。
ということで、俺は村長さん宅で軽いもてなしの料理をふるまってもらった後、今は全速力で走っているわけだ。
結局、馬車であれば休息含めて丸一日はかかる距離を、俺は休憩を入れて四時間程度で走破した。
しかし、田舎育ちだったとはいえ半年ほど前は現代人。何の標識も人影もない一本道を1人で走るのは驚くほど心細かったので、村が見えたときは心底安堵した。日が暮れる前に着かなければ発狂の一つもしていたかもしれない。
こういった自分の中の認識齟齬はやってみるまで分からないしダメージも大きいが、それだけ良い教訓になる。時折、この世界を前世の感覚で捉えて痛い目を見る。人の気配のしない道を一人で走ることは、それだけで消耗するものだとは知らなかった。
一人で村々を行き来する行商人は、相当にメンタルがタフでなければやっていけないのではないだろうか。
『巡』を止め、息も絶え絶えであるが門番と目が合ったので声をかけないわけにもいかない。
「ふー……。すみません、ここはヘケット村で間違いないですか?」
「まあそうだが……」
訝し気な顔をした門番は、しかし返答はしてくれる。どうせこの顔も「黒髪珍しいな」くらいだろう。
「良かった。あ、私は魔獣討伐の依頼を受けハイシェット村から参りました、マーリンの弟子のヨウです。ゼンネルさんか、村長のホズルさんに一度お会いしたいのですが」
「!マーリンさんの弟子?」
聞くや否や、少し後ろで聞いていたもう一人の門番に目配せすると、頷いてさっさと走り出していった。
「とりあえず村長宅に人をやった。面識はあるのか?」
「はい。ハイシェット村にお二人が依頼に来た時にマーリンさんと共にお会いしました」
「そんな丁寧な言葉遣いじゃなくていいんだが……。であれば、村へ入る許可はもらえると思う。少し待っててくれ」
感謝の意を示して、水を飲むために少し離れて腰を下ろす。
何やら話しかけたそうな雰囲気を感じたが、疲労困憊のため今は勘弁してほしい。
空気を読んだのか、門番もこちらまで来て話を聞きに来ることはなかった。
二十分ほど経った頃、木造りの門から姿を現したのはゼンネルさんだった。
「ヨウくん!」
「ゼンネルさん!先日ぶりです。すみません、マーリンさんに言われて自分だけ先行してヘケット村に来たのですが」
「そうか……マーリンさんが先に行けと言ったんだな?」
「そうです。先行してヘケット村に着いたら、できるだけアドミラジを狩っておけとのことでした。あ、もちろんゼンネルさんの指示に従って、とも言われてます」
ゼンネルさんはもう一度「そうか」とつぶやき、少し考えるしぐさをした。
「であれば、村長も君が来たことは聞いているから挨拶は後でもいい。その様子だと『巡』で飛ばしてきてくれたんだろう? 疲れているだろうから、今日はナハセ村の状況とこの村の現状だけ伝えたいんだが、良いだろうか?」
「もちろんです」と請け合い、俺はナハセ村に現れたアドミラジの数、そして上位個体のアドミラドリアについて簡単に伝えた。
ゼンネルさんは黙って聞き入り、進行方向へ歩きながらヘケット村の状況を教えてくれた。
「聞く限り、ヘケット村のほうが状況が悪そうだ。この村は一度潰れかけたこともあるほど森の魔獣に近い。なのでその分ナハセ村よりは戦力がそろっているつもりだったが、今回のアドミラジは想定以上に個体数が多い」
「どれほどですか?」
「マーリンさんは二倍の数で見積もっていたのだろう?それに当てはめると、おそらく百から百五十の群れだということになるな」
渇いた声だった。
「アドミラジ単体は強くないから私らでも対処できるし、自慢ではないが、俺は複数体相手にしても余裕をもって立ち回れる。だが、いかんせん数が多く全範囲に対応しきれていない。……痛感したよ。こういう状況では、やはり魔状師の有無が重要になってくるんだとね」
だが、俺はその魔状師に当てはまらない。
「……すみません。自分はまだ広範囲への攻撃魔状は使えないんです」
勇んで来たものの、今の状況に必要な能力は俺には備わってなかった。
とんだ場違い野郎である。
と、
「いや、すまない!謝らないでくれ。 今は戦える者が分散して警備して、アドミラジを見つけ次第狩っている。だけどやはり人が足りないんだ。だから、あのマーリンさんが戦力になると判断したヨウくんが来てくれて本当に助かるんだ」
俺の謝罪の言葉を聞いた瞬間、ゼンネルさんはすぐに否定した。
「広範囲攻撃できる魔状師を求めているように聞こえたかもしれないけど、そもそも田舎の村でこんな考えが出ること自体おかしいんだよ。マーリンさんがいなければ、そんな非現実的な案は浮かばないさ。ヨウくんはもう『及』も行使できるんだよね?」
俺が首肯すると、ゼンネルさんは勢い込む。
「それだって明らかに異常なことなんだ。『及』が使える魔状者が、近くの村に二人も常駐している。これを幸運と言わずなんというって感じだよ。 何度も言うけど、本当に感謝している。すぐに駆け付けてくれた分だけ救える命もあるはずだ。 申し訳ないけど、よろしく頼む」
「……わかりました。ナハセ村でも同じようなことを言いましたけど、自分ができる限りのことをさせてもらいます」
自分の未熟さは少しずつ改善していく他ない。
今は、俺のやれることをやる。それだけに集中する。




