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野生のアドミラドリアが現れた!

 村と外を隔てる柵近くには十数人の人が集まっていた。

 当然のごとく、この世界の住人は魔獣が危険だと分かってはいる。分かってはいるものの、好奇心の抑えられない者もまた一定数いる。娯楽のない村であれば尚更である。

 それに目の前にはハンスがいるし、森から自分ら目掛けてアドミラジが飛び出してきたとしても、家まで逃げ帰れるほどの距離もある。


 ということで。

 辺境の村人であれば、普段滅多に見ることのできない魔状を見物しようとする輩がいることもむべなるかな。

 しかも魔獣駆除するのはマーリン。どんな幸運か、近くの村に住み着いてくれた(まご)うことなき本物の魔状師。

 『巡』によって身体強化され、霞む程の速度で魔獣を切り裂く魔状師も見てみたいが、巷の人間が魔状と言われて思い浮かべるのは、やはり『及』の魔状師であった。

 野次馬たちは、魔状師マーリンが放つ超自然的な力をこの目で見るために、家族から冷たい目をされたり呆れられたり、はたまたどやされて引き止められたりしつつも村の外れまでやってきたのである。


 しかし。


「すげえ……!」

「誰だよあいつ……うさぎ一瞬で血祭りじゃん」

「あれマーリンさんの弟子だってさ」


 ここらで魔状師と言えば当然マーリンただ一人だった大人たちは、魔状の、それも『及』を行使してアドミラジを血だらけの戦闘不能にした少年に釘付けとなった。


 また、年端もいかない少年に目を奪われた理由が魔状だけでない者もいた。


「えー強い!お弟子さんカッコ良すぎない?」

「やばい……黒髪いいね……」

「なによりマーリンさんとの絵面が強すぎない?」


 見物人の大半は男だったが、都市から来た強くて見映えのいいおじ様であるマーリンを見に来た女性も何人かいた。もちろん独断で来たわけではなく、見物しに行く親に便乗することができた幸運な者だけだったが。


 そんな彼女らは、『及』で盛り上がる男たちとは違う角度から放たれた映像に衝撃を受ける。


 ここら辺では全く見ない黒髪の少年。村にいるジャガイモとどっこいどっこいの少年どもとは別の生き物にしか見えない知的で雰囲気のある容姿は、それだけで一時間のトークテーマとして成り立つほど恰好の肴だったが、それに加えて少年は実戦級魔状まで行使して見せた。


 マーリンと同じく『及』まで行使し、大の大人が手こずるアドミラジを一瞬のうちに数匹まとめて蹴散らしたのだ。

 盛り上がらない方がおかしかった。



――

「大丈夫かなあの人たち……」


 仕留めたアドミラジから目を切り、ざわつく野次馬に目を向ける。ハンスさんから伝わってきた切迫さと見物人との間にえらく温度感を感じるが。

 まあ人にはそれぞれ事情がある。魔獣襲来に対する考え方も別に統一されてないんだろう。

 ただあんなに近づいていると、もしもの時心配になる。ああ、やっぱり。ハンスさんも気になるようだ。


 と、そこで魔獣側に動きがあった。

 色の違うアドミラジが見え隠れし始めたのだ。

 明らかに雌。彼女らは群れの雄が殺されたのを見ていきり立っているように見えるが、何故かこちらまでは近づいてこない。


 ふと。大きく森端の草木が揺れた。何かが近づいてくる。草を踏みしめる音には重量感がある。


 ついに来たか。


 繁る枝葉をかき分けて出てきたのは、そこらの個体より三倍以上ありそうな巨大なアドミラジ―……アドミラジ?


「いや全然寄せてきてないじゃん……」


 まさに兎らしいアドミラジとは明らかに違い、アドミラドリアはその逞しい足でのしのし二足歩行している。

 角の数と体毛以外は1ピコも原型をとどめていない。どちらかというとニドキ〇グ寄りである。アドミラジとアドミラドリアの間には五段階くらいの進化を経なければ辿り着けないほどの隔たりがあった。


 そのニド〇ング、もといアドミラドリアが本能むき出しの目を向けるのは、やはりマーリンさんだった。




**********************


「ふん。相変わらず図体だけは立派だな」



 上位個体であるアドミラドリアは、アドミラジとは明らかに違う。

 ただ、似ている部分もある。それは体格に似合わぬ優れた脚力。そしてデカい頭に比例しない兎並の頭脳だ。


 あの重量で速度を乗せた突進を食らえば全身骨折して命はないだろうが、幸い己をぶち当てるための作戦立案など、持ち合わせの脳では容量不足だ。


 そんな失礼なことを考えていると、足りない頭でも直観は鋭いのか怒りを含んだ叫び声が村にこだました。

 後ろの村人たちの雰囲気が一息に冷え込む。

 今ごろ後悔するならば来なければよいものを。とも思うが、マーリンはそこで見物人へ向けた意識を遮断する。


 助けるなどとは考えない。ここで自分のやることは、ひたすらに魔獣を殺すこと。

 最終的に村人が助かればよい。人を守ろうなどと考えなくとも、人を守ることはできる。


 今マーリンの目には、アドミラドリアとその後ろで見え隠れするアドミラジしか見えていなかった。


「さっさと来い。どれだけ伺おうと、大して価値のない魔臓になる結末は変わらんぞ」



――


 マーリンさんが何かをつぶやいた瞬間、アドミラドリアが土を蹴り上げて急襲する。


 走るのは四足歩行かよ!

 俺の電光石火のツッコミが入った頃には、既に焼いた肉を蹴散らしてサイのように突進している。速い!


 だが俺は実のところ焦っていなかったし、心配もしていなかった。


 なぜなら。

 先ほどから襟足がチリチリしており、さらに手の震えが止まらないからだ。



 マーリンさんが、紙屑を下手(したて)で軽く投げ捨てるよう動作で手を振り上げた。


鉄槌(ナターン)


 振り上げた手の動作に合わせて、足元近くの土が色を変え隆起する。


 黒光りさえしそうなほど高密度の土が、(つち)の頭のように一面が平らになったように見えた瞬間、恐ろしいスピードで地面から伸びて射出された。

 向かう先はもちろん、土煙を上げて巨体ごと衝突せんとするアドミラドリア。

 当然のごとく互いに勢いなど落とさない。固い肉のぶつかる音とともにそのまま正面衝突した。


 勝ったのは、魔状。

 鉄槌と交錯したアドミラドリアは高速道路で対向車と正面衝突した車体のように軽々と宙を舞い、激しく地面に叩きつけられる。


 血を吐いて転がっているアドミラドリアは、生命維持に必要な機能など一つとして残っていない。

 誰がどう見ても、一撃で死んでいた。


 少し遅れて、柵越しの村人から雄叫びのような声が響いた。

 先ほどのアドミラドリアの咆哮にも劣らない音量だった。



 俺も祝福したいところだったが、アドミラドリアの他にもアドミラジはうろついている。全滅させなければ駆除とは言えない。

 アドミラジは群れの頭が瞬殺されたことに対して、魔獣なりに動揺しているように見える。走って向かってくることも、森に逃げ帰ることもしていない。


 こういう敵がまとまっていない場面で広範囲に攻撃できる魔状もゆくゆくはほしいが、俺にはまだ早いか。


 俺は意識を切り替えて魔状の工程に入る。「流砂の刃」も行使可能だが、マーリンさんほどの練度ではないため、硬度も速度も一段劣る。となれば。


「氷弾連」


 高速で飛来する氷の礫でアドミラジを各個撃破していく。

 今回は少ない水弾を用意し、狙いを定めて1匹1匹仕留めていく。個別射出することは魔子効率こそ悪いが、その分一弾の構築も狙撃も丁寧にできる。狙撃手になった気分でアドミラジを打ち抜いていくが、やはり動く獲物、逃がすこともある。

 氷弾はある程度距離が必要だが、距離があれば獲物が動いて狙いが外れる可能性も高くなる。前世の銃器ほどの速度では撃てないため、狙撃というのは案外難しいことに気付いた。


「やっぱりある程度操れなければ使えないかもな」


 確実に当てるためには、速度を向上させること、または氷弾の進行方向を変えられるようになることが必要そうであった。

 一番使える氷弾にもすぐに改善点ができる。だけど今はこれでいい。マーリンさんの域に達するまで、PDCAを回して試行錯誤していく作業だって楽しい。


 そうこうする内に目につくアドミラジは全て屠った。

 そういえばどうやって討伐完了と判断するのだろうか。


**********************


 マーリンさんと合計五十体ほどの死体を数え上げたところで、ハンスさんが村長さんを連れて近づいてきた。


「マーリンさん、ヨウさん、素晴らしかったです。後はお任せください。もし掃討から逃れたアドミラジがいたとしても、後は村で対応できます」

「今回に限らずですが、本当にお世話になりました。ゾブラにも後ほど伝えておきますが」


 村長とハンスさんは深々と頭を下げる。

 ちなみに、ハンスさんも最後は前線に出て五匹ほどのアドミラジを狩っている。


「俺に特別な礼をする必要はない。ハイシェット村に何か便宜を図るのだろう? どこの村でも同じだ。耕せる者が耕し、狩れる者が狩る。仕事の分担と大差ない」


 下げた頭を嫌うようにマーリンさんが言うが、村長さんは頭を下げたままかぶりを振る動作で否定した。


「大きな被害が出る前に対処できる今の状況を、普通のことだと思い始める者も出始めました。特に若い奴らですが。……ですが私らは知っております。今の状況が、高額に過ぎる依頼料が無くとも魔状師が来てくれるこの状況が、どれほど恵まれているのかを」


 経験した人間にしか出せない重い声音に、マーリンさんは反論をやめた。


「便宜を図るといっても、うちの村ができる範囲です。なので、感謝の礼だけはできる限りのことをさせてください」


 頭を下げ続ける二人に、後ろにいた俺も困ってしまう。ようやく顔を上げたハンスさんは、目を俺に向けた。


「ヨウさん。本当にありがとうございました。……そして、ヨウさんを過去に来た魔状者と比べてしまっていたことを、お詫びさせてください」


「……?」


「辺境の村の依頼を受けた魔状持ちの開拓者に、あまり良い思い出がなかったもので」


苦い笑いと共にハンスさんは吐き出す。


「なので、心の内であなたもどこか一緒ではないかと。そう思っていたのです」


―依頼は魔獣の討伐であって、村人に被害が出るまでに、とは書いてなかったけどな。急いでほしけりゃその分依頼金を上げれば良かったろうに。金額が大きいほど緊急度が高いと判断するのは知ってんだろ。それより、魔状師がこんな辺鄙な場所まで来たんだぜ。一席の用意もないのかよ―



 思い出すたび手の平に爪が食い込む程の過去を振り払うように、また俺に頭を下げた。


「大変申し訳ありませんでした。―あなたは間違いなく、マーリンさんのお弟子さんでした」


 村長さんも頷きつつ近づいてくる。


「一席用意して歓待したいところですが、お急ぎですからね」

「ヘケット村も、よろしくお願いします」

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