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対アドミラジ実践編

「村へはどれほど侵入されている?」

「森側の柵近くに住んでた者に被害が出ています。その近くに畑を持つ者も同様です。一番重症な奴は太ももの外側を刺されてまして、変に避けたせいか肉が抉れてしまっています」

「ただ、アドミラジはそれほど強くはないですし、ある程度は村の者でも駆逐できます。なのでそこまで侵入されてはおりません」


 確認されたハリスさんの言を聞いた限りであれば大したことの無い事態に聞こえるが、一人重傷者がおり、魔獣の群れが村のすぐ近くにいるのだ。アドミラジは繁殖能力も高い。早期対処が必要である。


 まずは村長宅へ、ということで三人連れ立って村長の元を訪れる。

 村長もマーリンさんへ感謝の意を示し、弟子扱いの俺にも丁寧に接してくれた。


 ここまで済ませればやることは一つ。

 魔獣駆除だけだ。



**********************



「四匹取り逃がした理由はわかったか?」

「おそらくですが」


 目線でマーリンさんが先を促す。どうやら先ほどの失敗について思案していたことは知れているようだった。


「以前俺に対して、『魔状に反応したということは、お前には魔状の素質がある』というような言っていました。もしかして、魔獣も同じく魔状を何らか検知できるのではないでしょうか」


「……続けてみろ」


「俺は群れのアドミラジ達を一斉に撃つため、中規模の魔状を行使しました。しかし結果的に撃ち出す直前に気付かれている。気付かれた理由は魔状が行使されるとアドミラジが検知したため。検知できたのは、おそらく俺の魔状から漏れた影響下にある魔子が、直下のアドミラジに届いたため、ではないかと」


 俺の予想を聞いて、マーリンさんは頷いた。


「おおよそその認識で問題ない。つまり、魔獣でもわかる程度にはお前の制御がなってない、ということだ」


 ジョークの声音ではなかった。


「お前は基礎を学んだばかりだ。俺の方針で魔状の精緻なコントロールは二の次にさせていた。実際の戦闘でこそ、その必要性が心身から理解すると思ったからな。行使する上で、魔子の精密管理することの重要度は高い。それはお前が言った通り、魔状の行使は相手に伝わるからだ。だが、一流の者ほど魔状の行使を相手に悟らせない。それは、影響下にある魔子を工程内で無駄なく消化しているからだ」


 コクリと頷いた。

 いくら強い魔状であろうと、予測され避けられれば意味がない。次の課題は無駄をそぎ落とすこと。

 以前「後でいい」と言われた訓練は実践編だったということだ。



――


 斑の森側にやってきたとき、やにわに俺の首筋がヒリついた。

 どういうルートを伝ってかわからないが、その振動が下腹部にまで伝播する。


 誰かが魔状を行使する前のような嫌な予感。アドミラジには一片も感じなかった緊張が脳内で警鐘を鳴らす。


 ―なにかいる。


「……アドミラドリアがいるな」

「!」


 一角巨兎アドミラドリア ―アドミラジ上位個体だ。


「聞いている群れの大きさからしても、群れの(おさ)は上位個体レベルでなければ統制できないであろうし、ほぼ間違いないだろう」


 そう言って村の柵を超えていく。俺とハリスさんも慌てて付いていく。

 この人、今のところ怪我しているようには見えないんだけどなぁ。


「さて」


 マーリンさんが振り返った。


「群れの規模は確認できただけで三十匹ほど。こういう時、見た数の倍を想定しておけ。これは適当ではない。アドミラジが人里に降りた場合、雄が森を出て徘徊し、雌と幼体、そして上位個体は最初森の中にいることが多い。それぞれの割合は群れによるが、おおよそ5:5に近くなる」


「なるほど」


「まずは森の外にいる雄どもを片付けて森に近づく。そうすると雌が目につき始める。雌は体色が茶色というより灰色だからわかりやすい。雌が出て来たということは、雄がもういない証拠だ。そして雌が出るような状況になれば自然アドミラドリアも姿を現すだろう」


「幸いアドミラジは賢い魔獣ではない。危害を加えようとする人間には誰彼かまわず襲う。食い甲斐のある餌に寄ってきたやつから順に殺していくぞ」


 といって、事前に村長さんに用意させていた炙った豚っぽい肉を積み上げる。そして三割ほど残った肉が入った包みを俺に突き出した。


「ヨウ。余った肉をあちら側にも置いておけ。集まってきたアドミラジは、お前が処分しろ」


 ジロリと、強い力の目が俺をにらむ。


「手段は自分なりに考えてやればいいが一点だけ。 村には侵入はさせるな。それだけは守れ。死守しろ」


 俺は唾を飲み込む。これは、実地試験というやつだな。


「……わかりました。必ず守ります」


 よし、という声で俺に肉を持たせ離れるよう手を振った。


 初めての依頼。

 「必ず」とか言ってしまったことに少し後悔しそうになるが、いやそうじゃない、と思い直す。

 「必ずというものは存在しない」など確率論を知らずとも小学生でもご存じだ。それでも「必ず」「絶対に」と口にする人がいるのはなぜか。それは決意表明だからだ。自分に言い聞かせるためだ。

 口にした強い言葉に怯む暇があるのであれば、伝えた言葉を実現するために力を割けばいい。


 ―今度はもっと上手くやる。


 気合を入れて深呼吸すると、炙った肉の香りが鼻孔をくすぐった。


――


 置いた肉から距離を置き、村の柵を背にしてアドミラジが来るのを待つ。魔獣の多くは暗くなる頃から活発になるが、そこらの獣よろしくエサがあれば飛びついてくる。

 マーリンさんも遠くで待ちの状態だ。ハンスさんはマーリンさんの指示で村の柵あたりで待機している。俺ら2人を突破した後、村に向かったアドミラジの対処のためだ。


「……!」


 匂いにつられたのか森の端からアドミラジが数匹顔を出し、視界にとらえたであろう肉に一直線で向かってきた。

 近くに凶悪な魔状師がいるにもかかわらず。


 つまらなそうな顔をしたマーリンさんが、肉に向かって手をかざす。


 肉目掛けて走る兎は総勢十匹程度。森から辿り着くまでは十秒近くかかる。

 その距離はアドミラジ達にとってあまりに残酷な遠さだった。


流砂の刃(オリスヘーク)


 地面から刃渡り四メートルほどの赤土の刃が生まれる。背びれだけ海面に出した鮫みたいだ、と俺はのんきに傍観する。

 刃は一度標的を絞ると、向かってくるアドミラジ以上の速度で地面を走り、カウンターで襲い掛かる。

 うさぎは急に止まれない。高速で押し寄せる土の刃と正面衝突し、二匹を残してはじき飛ばした。


「気弾連」


 二匹は前と同じく気弾の餌食となる。刃よりも早い気弾の速度にアドミラジはなすすべなく打ち抜かれ、ゴムボールのごとく地面をバウンドした後、動かぬ兎となった。


「流石だなあ」


 少しずつ魔状を理解し始めたからこそ、マーリンさんの研磨され尽くした魔状に見惚れる。開始から行使まで、レールの上の影響下の魔子が一粒たりとも撃ちだしたレール上から溢れなかった。

 考えている間に、さらにアドミラジが複数飛び出し今度はマーリンさんへ狙いをつけて駆ける。

 マーリンさんは動かない。

 先ほどよりも早く土色の刃が顕現し、今度は横薙ぎで複数まとめてアドミラジにぶち当たる。


 体を両断されたアドミラジが、砂のように崩れ落ちた刃の向こうに(けぶ)る土埃の向こうに見えた。



――


「本当にすさまじい……!」


 マーリンさんがここらに居ていいほどの魔状者ではないことは知っている。しかし魔状師と名乗ることを許可された存在とは、こうも隔絶した力を持っているものか。

 何度みても実戦級の魔状には圧倒される。このような辺境の土地に魔状師が在ることの奇跡を何度噛み締めただろうか。ハンスの細い目の(ふち)に涙が滲みそうになる。


 ―ハンスには妻がいた。今はいない。

 時がくれば必ず会える。確実に辿り着くが果てしなく遠い場所に、先に向かってしまった。

 子どものいない暮らしだったが、二人は生まれ育った村で幸せに暮らしていたし、これからも妻とつつがない人生を過ごすものだと思っていた。


 予想した未来を変えたのは、病気と魔獣。この世界では老衰より高い死因である。


 元々病弱な妻は、ある年の流行り病に罹ってしまう。妻の(ほか)少なくない村人も罹ったが、健康な者は数日で回復した。だが身体の弱い妻や老人はベッドから起き上がれない日が続いた。村の蓄えを用いて領主へ掛け合いなんとか医者を連れて来てもらう算段となったが、折り悪しく都市から村の間の魔獣が活性化してしまう。

 領主が寂れた村のために、魔獣を狩って通れるほど強い開拓者を呼んでくれる訳もなく。時間ばかりが経ち、結局妻は死んだ。


 ハンスはもちろん恨みはしたが、同時に詮方ないことであるという諦観も心の奥に持ち合わせてもいた。

 僻地の村も他の村と等しく税の徴収対象である、しかし庇護の対象としては等しくしてはくれない。力を持たない村は極力自衛を求められるのが常であり、領主の住む都市とその近郊以外で、自衛以外で魔獣への対抗手段を持つ村など無いに等しかった。


 村人の命は軽い。納めている税よりも軽い。


 そんな自分らのために、力ある者が助力してくれる光景など当時のハンスは持てなかった。

 ハイシェット村にマーリンが来るまでは―



 と、そこでさらなるアドミラジが森から出る。既に二十匹近く狩っているが、まだ想定の半数ほど。

 マーリンへ向かってきたときよりゆっくりとした足並みで7匹が肉を狙っている。その肉の近くにいるのは―


「ヨウさん!来ています!」


 思わず叫んだ後、即座にハンスは後悔する。

 マーリンさんが弟子と認めたほどの存在だ。私に言われる前にすでに気づいていただろう。私の声で魔状が乱れてしまったかもしれない。ああ、兎は勢いよく駆けだし始めた。私が大声を出したせいかもしれない。


 しかしヨウさんは一瞬こちらを振り返ると、見たことのないハンドサインで応えてくれた。


 立ててくれた親指の意味は分からない。

 だがハンスは、「任せてください」と言われた気がした。



――


 ハンスさんにサムズアップで応答した後、「伝わるのかなこれ」と一瞬疑問に思ったが、迫るアドミラジ一行を狩ることが先決と思い直す。

 アドミラジは全員肉に気を取られ、その先にいる俺まで注意を向けていない。


 俺はマーリンさんほど完成された魔状は行使できない。


 しかし、一つだけマーリンさんよりも上手く発現できる魔状がある。


 狙うは運良く固まって移動する七匹。こいつらをごっそり処分してみせる。


 気弾の派生、「水弾」を生成。手のひらで包める程度の水の塊を生み出すと、さらに粒子の振動を抑えて作り出した冷気と魔子で水弾を撃ち出す。


氷弾連(イフォウ ナト)


 物体の移動による運動エネルギーの変換と、同時に撃ち出した冷気によって、細かい水弾は飛ぶ過程で氷に変わる。

 普通の「氷弾」の行使とは別の方法であったが、魔子の効率がより向上したこの魔状は、すでにマーリンさんの氷弾よりも威力を行使速度も追い抜いていた。


 俺ごとき、出し惜しみはしない。一番マシなこの魔状がアドミラジに通用するか確かめてやる。


 撃たれた無数の氷の弾丸はあられのようにアドミラジを強襲。

 一瞬の悲鳴と血しぶきをあげて、全てのアドミラジは動かなくなった。


「良かった。これは通用したか」


 ホッと息を吐き、声をかけてくれたハリスさんに笑顔で振り向く。


 視線の先には、細い目の奥に隠された青いお目目をことさら見せつける表情で固まる男性が見えた。

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