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訓練の日々

 魔状の力の測定から始まったマーリンさんとの修行の日々は続く。

 「本来であれば『(めぐり)』を使った訓練もしたいところだが」と言って、少し顔をしかめていた。


 『巡』とは自身の体内で生成された魔子を意識的に循環させることで、身体能力を大幅に上げる力だという。異世界人より『科学』を知っている身からすればアドレナリンに近しいものだと感じるが、やはり似ているというだけで別物である。

 なぜなら、熟練者であれば触れている武器でさえ『巡』の対象とすることができ、肉体は運動能力向上だけでなく硬質化することさえ可能だからだ。

 また、空気中に漂う魔子と、体内で生成された魔子は別物と考えられており、体内魔子は差別化のため『魔素』と呼ばれている。


 魔状の素質がある者で、『(および)』は使えないものの『巡』は使えるという者、逆に『及』は得意だが『巡』はからきしという者もいる。

 『及』が苦手な人間は、周辺の魔子を操ることが不得手だ。『巡』が不得意な人間は、体内魔子「魔素」が少ない、または上手く循環させることが難しい。


 魔状も一長一短であり、攻撃範囲と攻撃力でいえば『及』に軍配が上がるが、『巡』は『及』と比較すると圧倒的に発現速度が速い。


 近接戦の場合は『巡』で身体能力を上げて武器で戦うことが基本となるが、マーリンさんの場合はケガのために『巡』による身体強化が使えない。教えられないのはそういう理由だ。『巡』自体は発現できるものの、痛みで十全に動けないらしい。

 『巡』の発現自体は教えてもらえたし無事発現もできたが、模擬戦ができないのは残念だった。


「別の村に、魔状者ではないものの中々の手練れがいる。今度連れていくから楽しみにしていろ」


 だが、近接戦闘の格闘のイロハはマーリンさんもご存じのようで、基本的な型と訓練方法は教えてもらった。

 マーリンさんの過去が気になるところではある。


「剣技の型は役に立たないと開拓者の一部は偉そうに言うが、そんなことはあり得ない。断言できる。そいつらこそ型にはめたように同じことを言う。実戦に勝る訓練などないとな」


 鼻であしらうような口調で続ける。


「別にそれは否定しない。実戦が力を伸ばすことも事実だ。だがそれは型が役に立たないと同義ではない」

「型の練習を一月も真面目に取り組んだことのない馬鹿共ほど、型通りの動作で魔獣が斬れるようになると、そう我々が信じていると思っている。まさしく馬鹿だ」


「型は基準だ。軸だ。練磨された型をもつ剣士こそ、型に囚われない。型を意識しない動作の全てに型があるからだ」


 ……言いたいことはなんとなくわかるが。

 上手く呑み込めない顔をしている俺に気づき、マーリンさんは少し噛み砕いて教えてくれる気になったようだった。


「実戦は、型では対応しきれない場面がほとんどだ。九割五分と言ってもいい。だがその九割九分に対応する斬動作は全て、型のどれかを基にして繰り出されている。無意識にだが」


 そこまで言われればピンとくる。


「つまり、型自体は実戦に対応するものではなく、全ての斬る動作の基となる基本型だと。実際の実戦で繰り出される斬動作は基本の型を基に微調整をしている、ということですか」


 得心の言った俺に、マーリンさんは頷く。


「剣技の基本として今の今まで受け継がれた基本の型は、実戦にて磨かれて生き残ったものだけ。愚直に振り込む価値は十分にある」

 俺の日課に、朝と晩で打ち込みと基本型の素振りを休みなく行うことが追加された。



――


 対して『及』の訓練は実戦的だった。


「収束までが遅い。なぜかわかるか。その前の魔子の知覚は十分に早いが、次処理の指定がまだ遅い。一つの気弾に使用する魔子の領域指定の確度にはそこまで気を使う必要は今はない。数をこなす毎にわかってくる。お前はまず、領域の指定から抽出し、収束するまでの速度を上げることを第一に考えろ」


「はい!」


「お前が今息も絶え絶えなのは、下手なくせに一工程ごとの緻密さを求めすぎていることと、魔子の抽出が不十分であることと、魔子を使った気弾までの作成効率が悪いせいだ」


「多いですね」


「簡単に言うと、お前が下手くそだということだ。だが今の段階でそんなことは当たり前だ。まずは気弾を作る工程を全て通して行い、気弾を完成させることまで必ず行え。実際の現象に昇華することで、見えてくるものは多い。一工程を切り取って巧拙を吟味するのはもっと後でいい」


「わかりました」


 辛辣な言葉をクラクラする頭に叩き込む。

 魔状を行使していると、次第に頭が貧血状態のようになる。マーリンさん曰く「魔素が枯渇」した状態ということだ。最悪の場合は前後不覚に陥って気絶するため、細心の注意が必要だ。


 疑問なのが、『及』は周辺の魔子を操作して行使する魔状であるのに、なぜ体内にある魔素が枯渇してしまうのか、ということだ。 俺の疑問にすぐに答えてくれたのはやはりマーリンさん。


「外の魔子を操る際に、知らず知らず魔素を使用しているからだ。わかりやすく言えば、自分の魔素を周辺に放出し、影響範囲にある魔子を支配下においているようなものと思っていればいい。よって、『及』も『巡』と同様に魔素を消費するのだ」


 なるほどである。

 かくして、今日も夕方から粛々と訓練は続く。



**********************


「魔状の得手不得手というのは、やはり使い込むうちに絞られてくるものですか」


 二月(ふたつき)ほど経った頃には俺も気弾をマスター。続いて気弾連、そのほかいくつかの基礎的な魔状を発現することが可能となっていた。

 その頃には俺も魔状の知識が蓄積され始め、次の魔状は火属性の基本魔状『炎弾』を学ぶことになっている。

 話の流れの中で炎の魔状や水の魔状を得意とする人達がいることに触れたとき、気になって聞いたのが冒頭の言葉である。


「確かに、発現を繰り返すうちに得意なものとそうでないものに分かれて行く場合が多いかもしれん。魔状の行使スピードや強度は、個々人のイメージのし易さや好き嫌いも影響すると言われているからな。しかし一概には言えん」


「というと?」


「貴族の中には、特定の魔状が桁違いに上手い家系というのが存在する。皆が皆、その魔状を訓練しているわけでもない。生まれつき『そう』なのだ」

「魔状の得意不得意が遺伝する、ということですか」


「そうだ。というよりも、魔状というものがそもそも遺伝的なもののはずだからだ。どちらかというと、村にポッと生まれてくるほうが異常なのだ。未だに魔状の素養についてはわかっていないことが多い証左だな」


 チラリとこちらを見つつ、お前はどうか知らんがな。と言った。

 俺の素性は未だ明かしていないので、俺の親も本当は魔状者であったと考えるのは道理だ。


「……この世界は山や海や森林、そして樹海で分断されている。故に大国に影響されず生きてきた少数民族も多い」

「? はい」

「その中には、国の識者が説明を投げ出すほど特殊な魔状を行使する一族もいる。王都と前線都市で暮らしている『光の一族』が、最も有名だ」


 前線都市とは国内に常時いくつか存在する、魔獣や他国との争いが激しい都市に与えられた特権都市のことだ。日本でいう政令指定都市に近いが、エスハーティ王国では特権都市は固定されておらず、魔獣の動きが活発な地域、新規開拓地に近い都市、戦争中の国に近い都市が状況に合わせて選ばれる。


「光の一族。光属性みたいな魔状に精通している一族ということですかね」


 マーリンさんは俺の言葉にかぶりを振った。


「いや、違う。光とどう関係するか俺程度ではわからんが……彼らは自分の視界を、一族内でのみ共有できる異能を持っている」

「は?」

「さらに、共有した映像を他人に見せることもできる」


 マーリンさんが顔をしかめていた。


「見たことのない人間に伝えることが難しいんだが。例えば今、ここと村長の家に光の一族が一人ずつ居たとして、片方が俺らを視界に収めていたとする。すると、ここにいる光の一族が見ている視界が村長宅の一族にも共有され、さらにその視界を壁なり地面なりに移すことができるのだ」


 それは。―それはテレビと同じでは。


「この魔状の登場によって、今開拓者や魔状師は以前にも増して大衆に人気だそうだ」


「……例えば開拓者達の狩りに光の一族が随伴し、都市にいるもう一方に視界を共有して大衆にも見せることで、開拓自体が興行となっているということですか」


 そういうと、白髪の師匠が珍しく驚いた顔をした。


「その通りだ。……頭が回るのはいいことだが、詮索の元となる。気をつけろ」

「そうですね。忠告、ありがとうございます」


 ジッと見つめる視線に気付かず、俺の頭は別のことを考えていた。

  まさか、この世界でそれほど進んだ文化があるとは。いや、科学技術の上で成り立つものではないのでその評価は適切ではないが。それにしても、マーリンさんも言った通り「光の一族」とやらの魔状は特殊過ぎる。


 魔子を操ることで自然現象を発生させる、という事象も魔子の存在を棚に上げれば理解できる。しかし視界共有など、魔子や魔素でどうやって説明するのか。確かに異能と言っていい。そして逆に、魔状と言っていいのであろうか。


「魔状の道理に合わない、と感じたか?」

「! その通りです。自分の思う魔状では説明がつかないので」


 まさに考えていたことを言い当てられて白状した。

 マーリンさんは俺を見、その後空に目を向けてつぶやいた。


「最初に行った一部貴族の得意魔状の遺伝。そして光の一族にしか扱えぬ特別な魔状。血によって代々受け継がれた特異な魔状を、総称して『血系』、または『血系魔状』と呼ぶ」


「『血系』……」


「まあ、貴族の血系と光の一族のそれは明らかに違うような気がするがな」


 魔子という媒介を脇に置いて議論すれば、魔状の行使は自然界の法則にある程度則っているように感じていたが、よもやそれほど異常な魔状が存在するとは。


「魔状は奥が深い」


 思わず漏れた独り言に、マーリンさんが鼻で笑って応えた。


「ひよっこが何を」


 それからさらに一月経ち、俺が「炎弾」と「氷弾」を覚えたころ、近くの村で小さくない事件が起こる。

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