粗暴な兄弟
「子ども……か? 魔獣だったら珍しいよな」
魔獣であれば、小さいからと言って油断はできない。護衛も兼ねている二人は荷台から飛び降りて馬車の前に陣取った。
「一応警戒して近づけよ、ジン」
「だいじょーぶだよ。全然むかってこねえし」
無遠慮に近づく弟に念のため伝えたが特に気にせず近づくジンと呼ばれた男。兄と思われるほうは弟よりは考える頭があるようだがやはり警戒心は低い。剣に手はかけているものの、結局弟に続くように獣に近づいていく。
御者の男は御者台から動かず、手綱を握ったままいつでも動き出せるようにしていた。馬でさえ警戒感を露にしている。初見の魔獣に対して正しい対応を取っているのはこの男と馬であり、兄弟は護衛としては不適格、この場でいえば馬以下だった。
対して魔獣は近づいてくる人間に興味があるのか、道を譲る気はないようである。二体の魔獣は後ずさりしたものの、特徴的な赤い目は人間を捉えて離さない。
「あきらかガキの、熊っぽいけどやっぱり魔獣だよな」
ジンが話かけるが、兄のゼンジは眉間に皺をよせたまま獣を睨み、数瞬後に舌打ちを返した。
「おそらくな……くそがっ」
なぜ苛立っているのか、ジンにはわかる。魔獣かどうかは魔状者であればすぐにわかる。魔獣から滲む魔状の力を否応なしに感じるからだ。
だが、ゼンジにはわからなかった。しかし明言はしない。気の置けない弟の前では表に出すこともあるが、他の人間に最も見せたくない事実であるからだ。
ゼンジは選ばれたと思っている。
忘れもしない。マーリンがハイシェット村に来て初めて魔状を行使した日、俺だけが感知したわずかな首筋の痛みを。
喜び勇んでマーリンに報告した時の、あの興味のない態度は気に入らないが、俺だって「お前ら側」になったのだ。なぜそんな冷めた目で見るのか。俺自ら教えを請いに出向いたのに、なぜ無関心に退けるのか。
ただそのフラストレーションも数日で折り合いをつけた。
どうせマーリンは一線から外れた魔状者。詳細は教えてもらえないが、こんな片田舎に越してきたことからも大したレベルではないだろう。
そんな奴に関心のない目を向けられたからなんだというのだ。魔状者もピンキリ。見る目のない人間にどう思われようとかまわないではないか。
数少ない国属の魔状師レベルであるという噂は都合よく忘れ、ゼンジは最終的に、「自分が」マーリンを見限ったという思考回路に行きついた。ほどなくゼンジは近くの都市『フーフォンテ』で身を立てることを決める。機関に所属すれば、食住はどうにでもなる。もともと村で一番金持ちでもあった。
確かに地位は捨てがたいが、国属の魔状師になるよりも開拓者となって魔獣を狩り尽くす。そして他国にまで名が轟く魔状師となる。
大それた理想の実現を信じて疑わなかった。
弟ジンも同様。ジンは小さいころから自身が選ばれた人間であることを疑いもしなかった。魔状を「感じる」ことはできなかったが、兄に魔状の素養があると判明したことが根拠のない自信にさらに拍車をかけた。
魔状の素養が、後天的に発現・または急激に伸びる人間は少数ではあるが存在する。
兄が魔状者なのだ。俺にだって素養がある。今は魔状は感じられないが、そのうち必ず目覚める。身体も大きく腕力もあり、家は村でも権力者であったジンは、根拠のない自己肯定感の塊であった。
兄が村を発って1年後、開拓者として活動を始めていた兄を頼ってジンもフーフォンテに居付いた。
2人が都市で一緒になってさらに1年。この兄弟が都市でどのような評価を受けているか。それは、生まれ故郷までの行商の護衛程度しか任せられないことが如実に表していた。
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「やっぱ魔獣かよ。だったら魔臓もとれんのかね」
「子どもでも魔獣であればな。見る限り大した殺傷能力もない。殺して売れそうなところは売ることにするか」
そのとき、ジンは名案が閃いたとばかりの顔をした。
「なあなあ兄貴。魔臓えぐって開拓ギルドに届け出ることは全然いいんだけどよ。それは一体だけでもいいんじゃね?」
何を言い始めるのか。ゼンジは訝し気な顔をするが、ジンは気に留めない。
「どうせこいつらの魔臓なんて毛ほどの評価にもならねえよ。だったらさ、一体は生け捕ったほうが評価されたり高値で売れそうじゃねえか。魔獣の子なんて珍しいし」
相も変わらず考えなしの言動だとは思ったが、一体生け捕るという考えは確かに悪くないかもしれない。未だに逃げることのない魔獣の、愛くるしいとも言える風体もそれを後押しした。
しかし驚愕したのは御者のほうである。
何を馬鹿なことを言っているのか。もし生け捕った魔獣が想像以上に強い力で暴れた場合、後始末できる能力があるなら考えるが、この二人はそうではない。
恩着せがましく護衛任務を依頼させてきた時点で嫌な予感がしていたが、見事に的中してしまった。
だがこれは流石に看過できない。
「やめてください! 生け捕りにした魔獣がどうなるかもわかりません! 襲ってこないなら手を出す必要すらないのです。今日の宿までもう少しなんです。危険な考えはよしてください!」
後ろから切羽詰まった声をあげられ、二人が興味なさそうに振り向く。
「……ロイさあーん? 俺らが大丈夫って判断してんだからさ。邪魔しないでくんねえかな」
ゼンジも嘲るように応える。
「そもそも魔獣は狩れる時に狩るべきだ。こいつらが成熟して近い未来近くの村を襲うとも限らんしな。俺らは善意で狩りをするだけだ。無知による口出しはやめてくれ」
しかしロイもここは簡単に引けなかった。
「であれば、せめて生け捕りはやめてください! あなたたちは護衛でしょう? 護衛対象を危険にさらすような真似をする必要はないはずです!」
二人の顔が、今度は苛立ったようにゆがむ。
「たかがチビの魔獣にギャーギャー騒ぐなみっともない。下らん護衛任務を同村のよしみで仕方なく受けてやったんだ。少しは役得がないと割りに合わん」
それともなにか、と
ゼンジが馬車に近づいてくる。
「俺らの機嫌を損ねて、村の行商役を変えてほしくなったのか?」
―屑が。
結んだ口からは発することの無い言葉が、ロイの心のうちから漏れ出す。そんなロイの様子を尻目に、ゼンジは馬車に備え付けてあった棍棒を引き抜くとロイから離れていき、ジンと共に小馬鹿にするように話を終わらせる。
「まあ俺らはロイさんの言った通り護衛任務中だからな。大事な大事な護衛対象をきっちり守ってやるよ」
「あんたは俺らとは違う。あんたはただただ言いつけ通りに道を往復してればいいんだよ」
ロイはもうあきらめたが、最後の一線だけは譲れなかった。
「……せめて、一体は確実に殺し、もう1体は絶対に身動きが取れないようにしてください」
ゼンジが後ろ手に「はいはい」と応えることで会話は終わった。
――
「ロイのせいで時間がかかっちまったが、まだこいつ等が留まっているのはどういうことだろうな?」
「魔獣の考えてることなんざわからねえって」
深く考えもせず、ジンはすぐにでも殺したそうに身体を揺らした。
魔獣は脅威だ。だが弱い魔獣は大好物だ。
村で自分より小さい子どもを小突き回す時の高揚感がジンから滲み出る。こいつの、魔獣にあるまじき純粋な赤の瞳が嗜虐心をさらに掻き立てる。
そんなジンの様子を呆れた目で見つつ、ゼンジは考えていた生け捕りの方法を口に出す。
「五体満足な状態で生け捕るなら剣は使えん。打撃で戦闘不能な状態にする。魔獣なら回復も早いはずだから遠慮はいらん。鼻っ面を殴って動けなくなったら、次は手足を折る。その後太縄を轡としてかませて身体を縛り上げる」
そしてジンに向かって最後の指示を出した。
「生け捕りは俺がする。ジンは速やかに殺せ」
「はーいよー」
ジンは佩いていた片手用の剣を、ゼンジは棍棒を掴んで魔獣に向ける。
この段階で魔獣も自分らが襲われることを察知したのか、一転して高い声でうなった。
「けけけ」と、心底楽しそうな声を出してすぐ。
ジンが一足飛びで魔獣に向かい、振り上げていた剣を直線動作の延長で振り下ろす。
しかしジンにとっては予想外なことに、小さな魔獣は機敏な動作で転がるように斬撃を躱した。意外そうな顔をしたジンだが、遅れてもう一体にゼンジが殴りかかったことを確認すると、横に逃げて距離を取った魔獣を追撃する。
しかし魔獣の動きも中々に早い。二振り目の同じモーションの唐竹割りを繰り出すが、これも大きく回避される。舌打ちして魔獣に素早く向き直るが、あちらからの攻撃はやはりない。完全に敵意ある目でにらみつつも攻勢にでない。
一瞬不思議そうな顔をした後である。
ジンは、ねちゃりと音の出そうな笑みを浮かべた。
「お前ぇ、攻撃の仕方わかんねえのかよ」
聞こえたわけでもなかろうが、魔獣は一層大きなうなり声を出し、鋭い歯を見せた。
「ご立派な歯と爪はあんのになあ。まあ今日はあんまりいたぶる時間もないんでな。残念だけどちゃっちゃと殺すわ」
言い終わるや、再び直線的な動きで魔獣に迫る。魔獣もジンが向かってくるや否や、藪のない左に向かって体を投げ出した。
「はいざんねーん!」
しかし横っ飛びした魔獣を目視した瞬間、ジンは急制動をかけて止まり、逃げた方向へ追うように足を踏み出して剣を水平に薙ぐ。
身体を斬りつけること以外に狙いのなかった剣筋は魔獣の胸と首のあたりを大きく切り裂いて振り抜かれた。
魔獣の悲鳴がこだまする。
「考えたところで所詮魔獣ってことー」
粘着質に笑いつつ魔獣に近寄り、勢いをつけて無造作に眉間に剣を差し込む。
もう声は上がらなかった。
――
ゼンジの一撃目もジンと同様回避された。舌打ちを一つするが、幸いなことにまだ魔獣は道に留まる。森側に逃げを打たれれば成す術がないが、魔獣はゼンジを睨み据えたままである。
ゼンジは失笑したのち、気づかれぬように他の動作で隠しつつ少しずつ魔獣へにじり寄る。
そこでもう一体側からの絶叫が聞こえ、魔獣の視線が逸れる。
「馬鹿が」
目を切った隙をついて水平に跳躍するように魔獣に接近した。
『巡』
―魔状の力を用いて跳ね上げた脚力により高速移動したと同時に、顔面に向けて棍棒を叩きつける。直後、もんどりうった魔獣から叫声が爆ぜた。
だがゼンジからの追撃はまだない。ゼンジもまた急激な動きについていけず、魔獣の顔面を殴った勢いのまま後ろに流れていた。
ゼンジの微小な魔状の素養では戦闘の中で数度しか「巡」を使用できないが、今回はそれで十分だった。結局逃げなかった魔獣に心の中で嘲笑いつつ、両手と両足に向けて棍棒を振り上げた。
「臆病な護衛対象様が万全を期せと仰せでな」
四肢の骨が折れたころ、森の端には笛の音のようなか細い呼吸音が響くだけであった。
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「村に入る前に長旅の鬱憤解消ができてよかったぜ」
進みだした荷台の上で、ジンが機嫌よさそうに笑う。荷台には殺した魔獣と轡をかまされて縛りつけられた魔獣がいた。馬車にあるものでは簡易的な拘束しかできなかったが、虫の息である今ならば問題あるまい。
村に着いたらもっと強く縛り上げればよいだろう。
「とりあえずジンは魔獣を解体して魔臓を取り出せ。おそらく心臓らへんの臓器だ」
「えー、わかるんなら兄貴やってくれよー」
「いいからやれよ」
ゼンジは鼻で笑って相手にしない。ぶつくさ文句を言いつつ、ジンは捌く用の短刀を持って魔獣に近づいていった。
この時。狭い荷台の中で、生け捕りされた魔獣にも見えていた。
何をか。
殺された兄弟から、心臓を抉り出す光景をだ。
――
「心臓ってどこにあんだよ。とりあえず胸かあ?」
「おい、何か敷いて端でやれ」
ゼンジの声も聞かず、ジンは胸に刃を突き込んだ。
―縛りあげられた魔獣の細い呼吸が止まった。
ジンが突き入れた刃を下におろして、無造作に引き裂く。
内臓が割かれ、あらわになった胴体の中身から血の匂いが噴き出す。
瞬間。
赤い瞳孔を限界まで開いた魔獣が村まで届くと思うほどの絶叫を上げた。
轡は、かみちぎられていた。
「なんっ!」
驚いたゼンジが目を向けた時、魔獣は拘束を解こうと身もだえしつつ、身体は捌かれたもう一体へ這い寄っていた。
その線上にいたのはジン。ジンは驚愕の顔で思考停止していた。
拘束していた縄が緩んだのか、突如魔獣が傷ついた手だけで大きく跳ねた。
「ひぃ!」
とっさに振り払った短刀の柄が運よく魔獣の太い首筋にあたり、勢いよく魔獣が吹っ飛ぶ。
しまった、と思ったがもう遅い。魔獣は荷台から外に投げ出された。
「「……」」
兄弟は荒い息を吐きつつすぐさま荷台から後方の道を見下ろす。
そこには半身だけ身体を起こした魔獣が、宵闇の中の赤い星のようにギラギラした目でただ二人を見つめていた。




