井戸端会議
朝食時間帯も終わり一段落。
女将の旦那も、宿に来る客も女性の変化に気づくような人たちではないため誰からも化粧していることについて触れられることもなく、女将も忙しさで自分が化粧してもらえていたことも忘れていた。
女将はそのまま、洗い物を持って、主婦たちが集まる川べりに行き、いつもの井戸端会議が始まるところだった。
ただ、いつもと違うのは、先に来ていた主婦たちの反応だった。
さすがに妙齢となった主婦たちは、女将の変わり具合にすぐに気づいた。
主婦たちからすれば、普段化粧をしていない(しても直ぐに崩れるのでできない)のに、薄化粧がしてある。
しかも、目元のシワもほとんどなくなっており、あきらかに若返っているようにみえる。
主婦たちは考える。
女将は決して裕福ではないし、大金をかけて化粧や魔法などの処置をするような人ではない。
では、なにをしたのか。
自分も、同じことができるのではないか。
お肌が曲がりきった女性はもとより、曲がりかけ、そろそろ曲がろうとしている女性。
女将を知る女性陣は、聞かずにはいかれなかった。
そのため、女将はこちらに着くなり、今日は化粧をしていることについて言及する。
「今日は、珍しく化粧なんてしてるじゃない。なにかあったのかい」
などと、つとめて自然に。
だが、女将も同じ女性である。
相手の目が非常に真剣であり、いや、真剣を通り越していて、ちゃんと答えないとどうなるか、分かっているのか!?
と言わんばかりの目に、さしもの女将も圧倒されていた。
女将も、言われてから、そういえば化粧をしていたことを思い出し。
化粧してもらったことを主婦仲間が知ったら、どうなるのかという当たり前のことに今更ながら戦慄した。
自分が逆の立場だとどうする。
のらりくらりとごまかすようなら、しめる。
そう、だからこそ、頭を抱える。自分の迂闊さにだ。
そして腹をくくる。
たまたまおかず一品でそこまでしてくれた男がいるなんていっても信憑性が薄い。
そんな能力を持った人間が、そんな安くしてくれるのを信じろというのが難しいだろう。
これが女将や、その娘が美人であれば、まだ可能性はある。
男がのぼせるような美貌も持ち合わせていない。
そして、女将は思う。
あの男を、主婦仲間の前に連れてこよう。
今朝の感じからすれば、強引に話を進めれば、嫌とは言わない。
いや、言えないタイプの男だった。
今朝のおかずはさすがに、自分でもケチだったと思うが、主婦たちを紹介するといえば、あの男も喜ぶのではないか。
そして、あわよくば、もっと化粧をしてもらえたり、化粧品がもらえたりするのではないか。
と、女将の中で、男は人身御供にだされることは確定した。
考えがまとまった女将は主婦仲間にいう。
実は、宿に泊まった人でおかず一品つけることで、ここまでしてくれたこと。
もちろん、みんなにも紹介して、同じようなことをしてもられるようにすると。
そんな話をすると、主婦仲間も視線は一気に柔らかくなり、女将を褒める言葉に早変わり。
褒められることもほとんどない女将だったが、化粧したことで、10歳は若返ったように見えるなどのお世辞はまんざらでもなく、非常にご満悦だった。
主婦仲間も、女将を取り囲んで、まじまじと観察する。
違和感のないシワ隠しや、クスミなどもみえなくなり非常に肌が綺麗に、そして、若く見えていること。
ここまで荷物を持って歩いてきた女将は、当然、汗をかいているが、化粧崩れもないこと。
自分たちが知る化粧ではとうていできず、もしかして、話に上がった男はものすごい金持ちなのではないか。
など、いろいろな勘違いもでる結果となった。
ただ、女将から泊まっている部屋のグレードや、食べている料理から、お金持ちとは思えないという結論となり、なおさら、化粧をした男は何者か、という議論に華がさいた。