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3/3

後編

<8>


 二学期初のお昼休み。いつものようにギガカツカレーを頼んだものの、どうにも食が進まない。


「どうした? 全然スプーンが動いてないぞ?」


 対面で長髪をかき上げつつきつねうどんを食べている、親友の小田部(おたべ)えみるが黒下縁眼鏡越しにカツカレーとあたしを見ながら怪訝(けげん)な顔で尋ねてくる。ゴリゴリの理系で、何ごとも合理的にというのが信条。「話は結論から」というのも、彼女に教わったものだ。


 えみるは弁当勢だが、今朝は用意する暇がなく仕方なく向かった購買のパンもピンときたのがなく、珍しく学食で同席している次第。それにしても、九月初旬に温かいきつねうどんは辛くないのだろうか。


「ああ、うん……。ここしばらく食欲がなくてね」


「例の件か?」


「いや、それとは別件で……」


 彼女には小里さんに振られた話をもう話してある。ただ、それとは別に新たな悩みごとが。


 うーん。この子、割とバッサリ話を切ってくるほうなのでどうも話しにくいけど。


「郡谷さん……あの学食のお姉さんいるよね?」


「ああ、いるな」


 眼鏡の曇りを拭き取って再度かけ直し、振り返って背後のカウンターで仕事している郡谷さんを見るえみる。


「最近、彼女のことばかり考えてしまって……」


「恋だな、それは」


 向き直って速攻できっぱり断言する彼女を、ぽかんと見てしまう。


「人は恋するとな、多幸感を得られる脳内麻薬が出る。これで脳が満たされると食欲が減退するのだが、これはちょうど覚醒剤の乱用と同じ原理だな。ほら、逮捕者がガリガリに痩せてたりするだろう?」


 続けざまに放たれる物騒なキーワードに、慌ててしーっと人差し指を立てる。これだから、えみるは……。


「さあ、恋心は自覚したな? あとはアタックするといい」


 だから、結論を急ぎすぎ! でも実のところ、これが新たな恋だという自覚はすでにあった。だけど、それを認めてしまうのは何だか罪深いというか、とても良くないことのように感じていた。ついこの間、小里さんに振られたばっかりなのだから。


「あたし、尻軽だと思う?」


「恋に早いも遅いもないだろう。それとも何か? 残りの一生、思い出の人に(みさお)を立てるつもりだったのか?」


 そりゃ、寂しい一生を送るつもりなんてないけど、ほんとにズバズバとものを言う子だこと。でも、おかげで踏ん切りがついた。


「背中押してくれてありがとう。行ってくる」


 親友の見送りを受けながら、成仏しそこなったカツカレーのお化けが横たわる食膳を下げに行く。


「すみません、残しちゃいました」


「え! 食べかけどころか手つかずなんて珍しい……。やっぱり、あのこと引きずっちゃってるの……?」


 郡谷さんがびっくりした後、後半心配そうに小声で尋ねてくる。背後で、あたしが完食できなかったことによる生徒たちのざわめきが起こる。


「いえ、そういうわけではないんです。お仕事、何時に終わりますか?」


「え? そうねえ。着替えなんかも含めると、二時半ぐらいかな。そのあと、すぐ別の職場行っちゃうけど」


 意外と早い。でも、お昼休みが終わったら店じまいだもんね。そりゃそうか。しかし、帰りがけに告白するという計画がいきなり頓挫(とんざ)してしまった。


「じゃあ、個別にお会いできる日時ってないですか? お話ししたいことがあるんです」


「次の日曜日がちょうど空いてるけど。そうだなー……正午にあのときの喫茶店で待ち合わせでいい?」


「はい、大丈夫です。お待ちしています」


 ぺこりと一礼して、学食を後にする。さあ、敗戦からの復興だ!




<9>


 約束の日、もう二十分ぐらい待っているけど郡谷さんは現れない。彼女が遅刻しているのではなくて、あたしの気が急いて予定の三十分前に着いちゃっただけなんだけど。だってほら、自分で誘っておいて事故とかで遅刻したらそれこそ申し訳ないし。


 今日は気合を入れて、めったに着ない可愛い系のワンピースで武装している。可愛い系で武装という表現も我ながらどうかと思うけれど。


 出る前に姿見で確認して、非常に悪い目付きと水泳で鍛えた広い肩幅に、絶望的にミスマッチでショックを受けたけど、でも、一番可愛い自分を見てもらいたい。水泳バカのあたしにだって、おしゃれ心ぐらいあるのだ。


 さらに待つこと数分、正午の少し前にカジュアルな白いパンツルックの郡谷さんが入店してきた。手を振って存在をアピールすると、カウンターで手早く注文を済ませてカップ片手にこちらにやって来る。


「待たせちゃった?」


「いえ、少し早く着いてしまっただけなので」


 嘘も方便。というか、彼女に何も落ち度がないので気を使わせても悪い。対面に座る郡谷さん。


「可愛いね。私服はいつもそんな感じなの?」


 可愛いと直球を投げられて、頬が熱くなる。可愛いなんて評価をもらったの、記憶にある限りでは生まれて初めてだ。お世辞でも嬉しいな。でも郡谷さんのことだから、本気で言ってくれたのかもしれない。


「ありがとうございます。ちょっと今日はおめかしを……。郡谷さんも、きれいです」


「ありがとう。それで、今日はどんなお話かな? 何だか雰囲気が明るくて、こないだの続きには思えないし」


 微笑みかけてくる彼女に告白しようとして、言い(よど)む。ああ、いざとなると勇気がしぼむのがあたしの悪いところだ。小里さんのときは、嫉妬に狂って大衆の面前で告白するというとんでも行為をしでかしたけど、さすがに敗戦を味わった直後だと厳しい。


「ええと……できれば、ちょっと場所を変えませんか? その、落ち着いて話がしにくいので」


 実際、今日は客が多い。これではムードもへったくれもない。そういうことにしておこう。


「じゃあ、これ外で飲もうかな。どこがいいかな……。行きたいとこある?」


「特に思いつかないですね。郡谷さんはいい場所ご存じないですか?」


 この駅はほとんど通学のために経由するだけなので、周辺地理にはそれほど明るくない。


「そうねえ……公園でどう? 結構歩くし暑いけど、そのぶん人も少ないんじゃないかな」


「はい、そこでお願いします」


 こうして、あたしたちは公園へと向かうことになった。




<10>


「とーちゃーく!」


 公園の入口で、郡谷さんが明るい声を上げる。わりと大きい公園だ。彼女の読み通り、休日にも関わらず人出が多くない。日差しが強いので屋根付きのベンチを探し、そこに並んで着席する。暑いので途中の自販機で買ったスポドリも、あとちょっと残っているぐらいだけど、それを脇にちょこんと置く。


 あたしの言葉を待つように、じっと優しく見つめてくる。落ち着いて話したいと切り出したから、暗くはないけど何かデリケートな話だと理解したのだろう。


「ええと、ですね……」


 せっかく持ち直した勇気ゲージが、またグングン下がっていく。喉がからからなのは、きっと暑さのせいだけじゃない。


 頑張れあたし!


「郡谷さんが好きです! 別の女性に振られたばっかで何言ってんだって感じですけど、好きになってしまったものはしょうがなくて! 付き合ってください!」


 起立して深々と頭を下げる。今回は手を後ろではなく前で重ねる。この格好で体育会式のお辞儀は、さすがにちょっとどうかと思ったので。


 しばし空く間。ダメか。ダメだよね、こんな尻軽女。コドモだし、女同士だし。第一、こんな素敵な人に恋人がいないわけないし……。


「顔を上げて」


 言われた通りに顔を上げると、すごく真摯(しんし)な表情で見つめられる。澄んだ瞳に、吸い込まれてしまいそう。


「いいよ。お付き合いしましょう」


 微笑む彼女。一瞬頭が真っ白になって、続いて喜びが怒涛(どとう)のように押し寄せてくる。


「冗談じゃない、ですよね……? からかってたりしないですよね?」


「こんな場面でそんなことしないから安心して。きっと、今まで恋でたくさん傷ついてきたのね」


 思わず悪い癖で猜疑心が湧いてしまったあたしの手を、そっと優しく握ってくる。


 頬を涙が伝う。今まで、たくさんの女性に振られ続けてきた気持ちを理解してくれるなんて、やっぱりすごく察しがいいんだな。


「すみません。これ、嬉し涙です」


 泣きじゃくるあたしを、立ち上がって優しく抱きしめて頭をなでてくる。なんて優しい人なんだろう。


 小里さん、今ならお二人を祝福できます。あの日振られなければ、こんなに素敵な女性(ひと)と結ばれることはなかったでしょうから。


 郡谷さんなら、あたしが心から求めていた愛情(もの)をきっとたくさん与えてくれる。そして心の隙間が埋まったら、それをちゃんとお返ししよう。


 彼女(・・)にそっと頭を預け抱きしめ返す。愛してます、心から。

<制作秘話>


 おなじみのあれです。


 本作を執筆しようと思った動機は、「百合 on ICE」(https://ncode.syosetu.com/n5062gb/。以下、「本伝」)のあとがきで夕璃に対し、「役どころとしては完全に憎まれ役&道化で、ちょっと可哀想なことをしたかなあと思ってます。彼女には幸せになってもらいたいものです」と書いたのがきっかけです。


 これは冗談でも何でもなく本心から思ったことで、「何も悪いことしてない女の子に酷い役どころを与えてしまったなあ、何とか救済できないものか」とずっと考えてきました。


 後に「フードファイターである夕璃と学食のお姉さんの百合」というアイデアが浮かんだのですが、起承転結の「転」で非常に悩み、長いこと放置状態でした。


 これは、「新たな犠牲者を出さない」「デウス・エクス・マキナに頼らない」という二つの誓いを立てたためです。


 本伝の負けヒロインの救済物語なのに、それで新たな負けヒロインを出したら負の連鎖が続くだけですし、以前「主人公と恋愛対象の様子を横で眺めていた人物が、鈍感な主人公に相思相愛であることを自覚させる」というご都合主義な話を書いてしまったことがあり、以降デウス・エクス・マキナによる恋愛成就を固く封印したことが理由です。


 「転」の解決策として、当初視点の主が四季だったのを夕璃に変更しています。これは、初期案で考えていた「転」が、「職場の先輩が察して、四季の背中を押してくれる」というものだったのですが、どうひいきめに見てもデウス・エクス・マキナの再来で、これはあかんとアイデアをこねくり回した結果、えみるを思いつき、視点の主が逆転しました。


 えみるはえみるで、いささかデウス・エクス・マキナのケがありますが、夕璃に新たな恋の自覚を自ら持たせて自分から告白させたことで、何とかご都合主義に落ちないレベルに踏みとどまれたかなあと思っています。


 視点変更の結果、本伝の物語を夕璃視点で再現する必要があったこと及び、普段情景描写が簡素な私が(これでも)珍しく凝りまくった結果、自作短編の最長文字数を更新してしまいました。


 ほかの変更点としては、初期案では「フードファイターVS学食のお姉さん」という仮題だったのですが(この時点では、ギガカツカレーは制限時間内に食べると無料という設定でした)、ちょっとこれはひどいということでリネーミングしています。


 あとは、どうでもいい話ですが、本伝で作業用BGMの選択をミスって終盤の展開が爽やかさのかけらもないどろどろした代物になってしまった反省から、今回は作業用BGM一切なしで一気に書き上げました。


 苦労話はこれぐらいにして、キャラ語りに移りましょう。



・降雪夕璃


 本伝の脇役にして最大の被害者。向こうのあとがきで語った通り、元ネタは「ユーリ on ICE!!!」のユーリ・プリセツキーです。被害者救済に腐心した結果、元ネタの面影が目付きしかない(あとでユーリの画像をよく見たら、キレているとき以外は割と穏やかな目付きでした……)、嫉妬深いこと以外は礼儀正しくて真面目な人物になりました。元ネタ、ロシアンヤンキーとか呼ばれるぐらいガラの悪いキャラなんですが……。


 ほかに新たに付け加えた属性は、「年上専」ということでしょうか。私が年下攻め大好きなのが主な理由ですが、「じゃあ、何で彼女は年上専になったんだろう?」と考えた結果、母性愛に飢えているといういささか重い設定が生まれました。


 あとは、本伝の時期から密かに決めていた設定として、「裕福な家庭の子」であることが挙げられます。普通の女子高生がお小遣いで毎日アイス大量に買って帰れるようにするにはそれしかなかったもので。これは、本作で千二百円もするギガカツカレーをいつも食べているという、フードファイター設定としても活かされています。


 本伝をお読みいただけるとわかるのですが、実はにこらは独占欲の強い人物なので、にこらと結ばれることはむしろ彼女にとって不幸な結果だったのかもしれません。



・郡谷四季


 名前の元ネタは、ユーリの祖父コーリャ・プリセツキーと、彼が孫のために作った「カツ丼ピロシキ」なる料理からです。「カツ丼ピロ」どこ行った。


 初期案では「小原空おはら・そら」→小腹が空くのダジャレネーミングでしたが、えみるのエントリーにより「ユーリ on ICE!!!」のキャラで統一する運びとなりました。


 色んな意味で夕璃の救済者であることと、本伝のにこらが密かに性格の悪い人物になってしまった反省から、彼女はひたすら心優しい性格にしました。



・小田部えみる


 名前の元ネタは、ユーリの友人にしてライバルであるオタベック・アルティンです。オタベック→小田部のもじりは速攻で思いついたのですが、アルティンの方はどうしようかと悩んでアルティンでググったところ、エミール・アルティンという数学者がヒットしまして、ちょうど構想中の別作品でゴリゴリ理系思考の○×高女生徒が欲しかったこともあり、名がえみるになりました。


 ちなみに「話は結論から」は、実際何かを説明するときに有効なテクニックですので、機会があればお試しください。



・小里にこら


・友梨


 この二人については、本伝のあとがきをご覧ください。



※その他百合短編一覧 ⇒ https://ncode.syosetu.com/s6295f/

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