中編
<5>
八月最終週の登校日、会いたくなかったような、ある意味会いたかったような人物と廊下で鉢合わせした。
「こんにちは。いつも、お買い上げありがとうございます」
ぺこりと頭を下げてくるおチビ先輩。人の気も知らないで、呑気なご挨拶。
「店長さんは、あんたなんかに絶対渡さない!」
ひと睨みして、きっぱり言い放つ。あえて店長さんと呼んだのは、直接教えてもらったわけではなく、彼女経由で知った名前で呼ぶのが何か悔しかったから。
宣戦布告はした。決戦は明日だ! やるなら正々堂々と。一日だけ猶予をあげる!
◆ ◆ ◆
部活が終わってお昼。いつものように駅前広場のPOP'N CUTEに行く。今日も盛況だ。
心臓が早鐘のように打つ。踵を返して逃げ出してしまいたい。
いや、今更怖気づいてどうする! 何のための宣戦布告だ! ここまで来て逃げるとか、格好悪いってレベルじゃない。
行列に並び、自分の番が来る。でも今日は、買い物ではない。
「店長さん、あたしと付き合ってください!」
後ろに手を組み、深いお辞儀とともに言い放つ。言った。言ってしまった。いや、そのために来たのだけど。ともかくも、ついに言えた! 周囲が騒然となる。
「あたし、本気です! お願いします!!」
頭を上げ、言葉を続ける。
「ええと……午後七時に営業が終わりますから、そのときまたいらしていただけますか? お返事はそのときに」
困った様子で返す小里さん。まあ、そうだよね。でも、他に告白ができそうなタイミングが思いつかなかったので許してください。
「わかりました! 失礼します!」
深々と再度一礼して、駅内に入る。ともかくも、最終決戦も終戦間近だ。あとは、返事を待つのみ!
<6>
夕暮れ、電車に揺られながら強い不安に苛まれる。時間ぴったりに着くはずだけど、一駅ごとに暗く重いものが強く心にのしかかってくる。
そうしているうちに、目的の駅に着いてしまった。また逃げ出したくなるが、最後の勇気を振り絞る。
駅前広場に歩を進め、店じまいの支度をしているPOP'N CUTEのワゴンへ向かう。
「お返事を聞きに来ました」
思わず声がかすれそうになるが、きちんと声に出す。
「友梨ちゃん、悪いけど少し外しててくれる?」
おチビ先輩にそう呼びかける小里さん。自分と同じ発音の名前なんて、何か不愉快だな。
彼女が、遠くのベンチへと歩み去って行く。
「それで……お返事は」
おチビ先輩が十分に距離を空けたのを見届けると、再度問う。
「ごめんなさい。私、好きな人がいるんです」
小里さんが深々と頭を下げる。
本当はわかっていた。あのおチビ先輩と相思相愛なんだって。わかっていたはずなのに……。わかってたはずなのに、涙がどうしようもなく溢れてくる。
「すみません、少し泣かせてください」
頑張って声を殺そうとするけど、嗚咽を上げてしまう。
悲しい、悔しい。全国大会で二位に終わったときを思い出す。あのときは、ほんとにあとちょっとの差だったんだ。何度も何度もビデオを見返して、そのたびに悔しくて泣いていた。
ひとしきり泣いて、少しだけ落ち着くと、もう一度だけ礼をして駅へと向かう。
さようなら、小里さん。心の傷が癒えたら、またアイス買いに行きます。
<7>
駅内で、再び思い出し泣きしてしまう。
通行人が何ごとかとジロジロ見てくるけど、どうようもなく悲しいんだからしょうがないじゃないか。
「どうしたの、夕璃ちゃん?」
ふと、背後から聞き覚えのある優しい声がかかる。振り返ると、そこには学食のお姉さんが立っていた。カジュアルなスカートルックの私服がよく似合っている。
「すみ、ません。ちょっと、いろいろ、あって」
しゃっくりのように言葉を切りながら、返事をする。
「うーん、私で良かったら話聞くけど……どう?」
そう言って、駅中の喫茶店を指差す彼女。そこで少し話さないかという意味だろう。
「お願い、します」
ハンカチで涙を拭いながら頷く。ちょうど誰かに話を聞いてほしい気分だった。
◆ ◆ ◆
「何飲む? 好きなの言って」
「そんな、悪いです。自分で出します」
少し落ち着きを取り戻して店内に入ると、おごると言われたが、話を聞いてもらおうというのにそれは悪い気がした。
「いいの、いいの。お姉さんに出させてよ」
うーん、あまり食い下がるのもかえって悪いかな。
「じゃあ、抹茶オレお願いします」
ご厚意に甘えることにしよう。お姉さんは、アイスカフェオレを頼んだ。
席に対面で座ると、彼女がじっと見つめてくる。あたしが話し出すのを待っているのだろう。
「ええと、どこから話したらいいのか……」
人に話をする時は、まず結論からというのが友人の持論。自分もそれに倣い、今しがた振られたことから話を始め、小里さんとの出会いにまで話を遡らせる。
話している最中にまた涙が出てきてしまい、ハンカチを取り出す。
涙を拭っていると、「辛かったね」と言って優しく頭をなでてくる。
「あ、ごめんなさい。小さい妹がいるから、つい癖で」
「いえ、ありがとうございます。あたしのほうこそ、こんな話聞かせて。そういえば、お姉さん……。ええと」
と、言葉に詰まる。今更だが、彼女の名前すら知らないことに気付く。
「あ、そういえば夕璃ちゃん私の名前知らなかったか。郡谷四季っていうの。よろしくね」
微笑みながら、ちょっと頭を下げる彼女。あたしも、ちょこっと頭を下げる。何だか照れくさい。
郡谷さんは、そのあともいろんな愚痴に付き合ってくれた。話がひと区切りするたびに、うんうんと頷くだけとかオウム返しではない、心のこもった相槌を打ってくれる。それが何だか、とても嬉しくて、言葉がするすると出てくる。
さっきまであんなに泣いていたのに、「嬉しい」という感情が湧いてくるなんて。彼女みたいな人を、聞き上手っていうんだろうな。
「あっ……すみません。そろそろ帰らないと家の者が心配するので。お茶、ありがとうございました。お話も聞いてもらえて、随分気が楽になったみたいです」
気づけば腕時計の針が八時半を回っていた。家に着く頃には九時をとっくに過ぎてしまうだろう。
「いえいえ。私が気付くべきだったよね。夕璃ちゃんが楽になれたなら、それが一番。じゃあ、また今度学校でね」
郡谷さんにぺこりと頭を下げ、「失礼します」と別れを告げる。彼女も頭を下げ、手を振って見送ってくれた。
来る時はあんなに重苦しい気分で電車に乗っていたのが、帰りは妙に爽やかな気分。振られて、あんなに悲しい気持ちになったのに。
潔く玉砕したから……なんてわけないよね。間違いなく郡谷さんのおかげだ。
不思議な魅力を持った人だな。
中吊り広告をぼーっと眺めながら、そんなことを考えた。