6-1.スコルピオン戦
紺碧の空、そこに浮かぶ真綿のような雲の合間をペガサスは翔け抜ける。
僕は露出したレイカのお腹に抱えられ、仰ぐと、暖かな気流にレイカの黒髪がなびき、駿馬の手綱を引くレイカの胸の息遣いが直に感じられる。
本来なら至福のドライブのはずが、このあとの過酷なバトルを思うと……直ぐに帰りたい。
森を越え砂漠地帯に出た。
彼方に続く砂の海の中に、褐色に風化した大小幾つかのピラミッドが散在する場所があり、レイカは高度を下げ、ピラミッドの間に舞い降りる。
僕はすぐにミノタウロスに变化させられると、レイカは途中の神木で積んできた木の実を砂地に放り投げた。
木の実は砂の中に沈み、そこを中心に砂が渦を巻き始める。
次第に渦は大きくなり、蟻地獄のように中心が窪地状になると、その中心から火山が噴火するように、砂煙が地面から吹き上がり始めた。
その吹き上がる砂の中から、黒い物体がもぞもぞと出てくる。
僕は息を飲んだ
(何が出てくるんだ……)
黒い物体は、砂の中から這上るように、盛り上がるように出てきた。
大きい……まだ出る……大きい…大きい…サソリ、でかーー!!
有に十m近くあり、黒光りした甲羅に八本の足と二本のハサミがせわしなく動き、ゴキブリを思わせるような巨大な昆虫に、背中がぞわ―っとしてくる。
僕は見上げて、腰が抜けそうだ。
こんな化物、人間が到底適うとは思えない。軍隊に匹敵する流星騎士団でも歯が立たないのは当然だ。ウルトラマンにでも、タッチ交代してほしい。、
僕は震えながら振り向くと、レイカは後ろにさがって、ピラミッドの壁を背にして腕を組んで見物している。
(ええ、連携じゃないの? )
僕は、自分とレイカを交互に指差すと、レイカも気がついたようで
「ああ、連携技のこと。モフモフがダメージを与えて、私が止めをさすの」
(……それが、連携技かー! )
連携といえば、二人の技を合わせての相乗効果、挟撃や陽動、敵に息もつかせぬ波状攻撃じゃないのか。これでは僕は単なるあて馬じゃないか……
召喚獣は主人公が勝つために、できるだけ相手にダメージを与えておく捨て駒とでも思っているのだろう。
あるいは、レイカはこういった戦闘戦術に、かなり疎いのかもしれない。
そういえば、レベル上げの狩りも要領が悪い。手当り次第に狩りをしているようで、手強いのにポイントが低かったり、同じモンスターを何体か連続して倒せばボーナスが入るのに、途中でやめたりする。
まあ、ゲームで使う脳と、勉強で使う脳の領域は違うのかもしれないな。
すると、レイカが後ろから
「モフモフの斧では背中の甲羅には歯が立たない。足がいっぱいあるけど、やわらかい、お腹を狙うのよ」
ありがたいアドバイス、そんなこと、わかっているさ。
わざわざ、あの凶器蠢く足の中に飛び込みたくないのが、わかんないかなー。あの蠢く足が届かない、背中を叩いて(無理ですーー!)と言って撤退しようと思っていたのに。
そう言われてしまっては、覚悟を決めるしかない。まあ、いつもの半殺されモードだ。
「グフォー!」
雄叫びをあげ、砂に足をとられながら、やけっぱちで突貫した。
痛いのはいやだけど、これが召喚獣の定めなのだ。
敵は八本の足の爪と二本の巨大なハサミと尾の毒針。僕は一本の斧だけ、全く相手にならない。視界の全領域から、サソリの爪が迫る!
フック! ストレート! ボディ! おまけにヒザ蹴り! 回し蹴り!
それらを一度に食らい、一瞬意識が飛び、数メートルは吹っ飛んだ。
ミノタウロスの頑丈な身体でなければ、爪の一発でも食らえば即死だろう。僕は、頭を振って立ち上がり、再び突貫した。
「ゲホ! グホ! グホホーーー! 」
もう、スコルピオンの足でサンドバック状態でボコられ、斧を振り下ろす間もない。
こうなれば、数発喰らうことを覚悟で、捨て身で迫るしかない。
顔面、胸、腹、足にスコルピオン足の爪が食い込む。
ただ、あのハサミと尾にある毒針だけは避けなければならない、あれに挟まれると一刀両断だ。
もはや、戦いとは言えない。
飛んで火にいる夏の虫状態。
血まみれになりながら、食い込んだ爪をそのまま激痛に耐えながら、ゴリ押しでサソリに肉薄して、なんとか斧を降ったが届かず、斧は虚しく空を切る。
次の瞬間、スコルピオンの強烈な一撃を喰らい、レイカの足元まで跳ね飛ばされた。
(ゲホー!)
僕は血反吐を吐いて、レイカの足元で無様にも仰向けに倒れた。見ると、レイカは腕を組み、肩をおとして落胆した表情で僕を見ている、いや見下している。
(すずしい顔をしやがって! どうせ、レイカと、僕は格が違うのだろ……)
すると、レイカは
「もういいわ、私がやる」
そう言って、落胆した表情で進みだす。
もう、辞めてもいいのじゃないか……
たかがゲームじゃないか、しかも、このゲームではリアルの痛さでほどではないものの、殴られたときは痛いし、苦しい。
そこまでして、やる価値があるのか……
でも、人を高めるのは人だ、僕はレイカから離れてはいけない。
幸運にも僕はここで、レイカと戦う権利を得られたのだ。それはレイカのためであり、さらには僕の下心のためでもあるのだ。
―幸運の女神は前髪しかない―
人生なんてすべて運だ、努力したって成功するとは限らない。でも、数少ない幸運の女神が振り向いてくれた時、その髪を掴めるのか、見逃してしまうのかは、自分次第だ。
このチャンスを逃してはならない!
せっかく掴んだ女神の前髪を離し、そっぽを向けば、もう掴むことはできない。だから、僕は蔑まれようと、冷たくされようと、全力をつくして、その髪を離してなるものか。
◇
僕はレイカの足首を掴み、その歩みを止め、斧を支えに立ち上がった。
驚いて振り向いたレイカを睨み返すと、レイカは少し気圧された表情をして、立ちすくした。
今の僕はレイカの二倍の背丈はある、見下ろしながらレイカを守るように、手でレイカを後ろに下げ、よろけながら前に進む。
レイカは呆然と僕を見ている。いつも精悍なレイカもこんな女の子のような表情をするんだ。
そして、勝つ見込みもないのに、僕は再びスコルピオンを前にする………
いや、僕もそこまでバカじゃない。
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