10 麗華の想い
世界は複雑に分岐し、収斂している。
因果関係は時として、偶然という必然に断ち切られることがある。
◇
「中川くん。少し、いいかしら」
麗華が帰ろうとする僕を呼び止め、人気のない校舎の隅に誘う。
この前から麗華様に声をかけられて二人で話せるとは、なんとラッキーなことが続くのだろう………
なんて、今は思えるわけがない。
麗華は立ち止まると、校舎の間から見える、雲の流れる青空を見あげ
「スワンヒルの青空と同じだわ。もうすぐ夏休みだね」
独り言のように時候の挨拶をしたあと
「ねえ、カズヤくんのお父さんのことだけど」
やはり、そのことか……
「なんでしょう」
僕は力なく答える。正直、話題にされるのは辛い
「あなたの、お父さんは本当に悪事を働いたの」
(ええ! )
思わぬレイカの発言に、何を言っているのかと思った
「だって、内部の人が証言して、警察が証拠をつかんだと言っているし」
「内部告発か……その証言や証拠って、信頼できるの」
「でも、容疑者と言われた段階でもうだめだよ。なかったことには出来ないよ」
僕たち高校生が探偵紛いのことをするなんて、テレビアニメの話だ。麗華もそのことくらい分かているだろう。
すると、麗華は少し笑みをうかべ
「そうとも言えないよ。過去は変えられないけど、未来は幾通りもあって変化する。いえ、変化させることができる」
まるで、未来を変えられるかのような、謎めいたことを言う。これは僕への、気休めか、慰めだろうと思い。
「ありがとう白鳥さん。僕なんか慰めてくれて。お気持ちだけで、うれしいです」
ありがたいお情けに頭を下げると、麗華は心外だといった感じで少しムスっとした表情になり
「慰め……まあ、それもあるけど。友達がいじめられているのを、見過ごせる訳にいかないでしょ」
「……友達がイジメられているのを、見過ごせない」
それって……スワンヒルでレイカが言っていた……それに、僕のことを友達と……
僕は一瞬、絶句したあと、恐る恐る
「どうして、こんな僕のために、そこまでしてくれるのですか」
すると、麗華はやさしい瞳で僕を見つめ
ーだって、モフモフは私の大切な召喚獣だしー
(………! )
心臓が早鐘を打つ。頭の中が空白になる。
「僕のこと……知ってたの」
レイカは笑顔で大きく首肯し
「この前、私を召喚した時にわかったわ」
胸に熱いものがこみ上げてくる。
体の震えがとまらない、息が詰まりそうだ
「…レイカ……ひめ」
なんとか、そこまでは声がでた……
僕は下を向いて、今まで我慢していた涙が、不覚にも止めどなく溢れてくる。
麗華は僕の手をやさしく握り、僕を見つめて
「私を、迎えに来てくれる」
スワンヒルで僕を癒やしてくれている時の瞳だ。
麗華が神々しい聖女様 女神様、お釈迦様に見える。
涙とまんない……
僕はうつむいたまま
「わかってる……そのつもりだよ」
◇
その後、麗華がハンカチを貸してくれて、少し落ち着けた。
「ごめん、とりみだしちゃって。ありがとう、もう大丈夫」
「気にしないで、大変でしょう。心配してたんだよ」
麗華様に心配していただいてたなんて、夢にも思わなかった。
僕は気を取り直し
「そういえば、ラ・ムーアが復活すると大変なことになるって、ポーさんが言ってたけど」
「そうみたいね、場合によってはエクアドル王国が壊滅するかもしれない……こんな時に和也君に頼むのは心苦しいけど……」
麗華が申し訳なさそうに言うが、麗華様のためなら、たとえ火の中水の中、肥溜の中にだって喜んで飛び込みますぞ!
「大丈夫、僕は行くよ! 僕はレイカの召喚獣だし」
笑って答えると、麗華は少し照れるように苦笑いしたあと。
「ありがとう、もう和也君しかいないの。だから、私も和也君のために出来るだけのことはする」
僕のためにだなんて恐悦至極だけど、とても本気とは思えない。
「お気持ちだけ受け取ってきます。警察沙汰だし、関わらないほうがいいですよ」
「心配しないで、現世での私も、いろんな意味で強いのよ。それと、少し気になることがあるの」
「気になること…」
麗華は急に眉間をよせ
「和也君が北の関所を突破し、私の剣の柄をとった。このタイミングで和也君のお父さんの事件……」
麗華は考えこみながら
「単なる偶然かもしれないけど、エクアドルのことと何か関連しているとすれば、私にも責任がある」
思わぬ思索に、僕は戸惑った
「そこまで考えてくれていたんだ」
麗華の気配りに、あまりに感激して涙目で見つめると、麗華は急に焦って
「こっ!……これは、和也君がわざわざ、スワンヒルに来てくれることへの、お返しなだけだから」
どことなく照れているようで、なんか可愛い。
麗華はおもむろに時計を見て
「ああ! 生徒会の時間、もう行かなくちゃあ。それじゃあね」
そう言って、少し膝を追ってお嬢様のような会釈をすると、黒髪をふわりと翻して背を向ける。
すべての仕草が可憐な麗華に見惚れるとともに、思わず去り行く後ろ姿に頭を下げた。
そんな麗華は、やはり、現世の人ではなく、幻想世界での本当のお姫様ではないかと思ってしまう。
◇
その翌朝、驚くことが起こった。
これまで不登校の結衣が、学校に行く支度をしているのだ。
「ど……どうしたんだ」
「ああ、お兄ちゃん、私が出るまで玄関にでるなよ」
いきなり不可解な忠告。でも、いつもの明るい結衣にもどっている
(何が起こったんだ)
すると、インターホンが鳴り、僕が出ようとすると、結衣があわてて僕の前に割り込んできた。
結衣はモニター画面に向かって
「はい、今いきます」
やけに明るい声だ。
横からモニターの画面を見ると………
「白鳥麗華! 」
思わず叫ぶと、結衣は僕をにらんで
「お兄ちゃん、今絶対に出るなよ。昨日、先輩から一緒に学校に行こうって電話があったの」
「白鳥から」
僕が驚いていると
「気安く呼び捨てにするな! 白鳥様、白鳥猊下とお呼びしろ。しかも、いろいろ相談に乗って励ましてくれて涙出てきたよ。同じ学年なのに、お兄ちゃんとは雲泥の差……いや雲とウンコくらいの差だわ。ああーーマジでお兄ちゃんなんかの妹辞めて、白鳥先輩の妹になりたーーい」
どうやら僕は妹にウンコくらいにしか、見られていないらしい。そして最後に
「白鳥先輩の好意を無駄にしなでよね。私が出て五分後に家を出るんだぞ」
そう、言い残してさっさと出て行った。
いろいろ言ってくれるが、登校する妹の後ろ姿を見て、僕も涙がでそうだ。
学園の女神、アイドルで、学校に多額の寄付をして理事長でさえ頭のあがらない大財閥のご令嬢、さらに生徒会長でもあらせられる麗華様といっしょなら、だれも文句を言えない。
(麗華様……ありがとう)
心なかで、なんども感謝の言葉を繰り返した。
さらに麗華は、妹の教室まで付いて行ってくれたらしい。さらに、下校の時も麗華が靴箱で結衣と一緒だった。
かの麗華様が一緒にいて、靴箱に悪戯されていたら、麗華は徹底的に糾弾するだろう。まわりもうかつに手はだせない。
そこまでしてくれるのかと、感激で胸がいっぱいだ。
お読みいただき、ありがとうございます。m(_ _)m
次回で第三章を終える予定です。




