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9 北極星

「サグリン様! サグリン様」


 深夜にも関わらず、オーク家の屋敷が騒がしい。


 サグリンは意外にも、ミランダの寝室からガウン姿で出てきた。

「なんだ! せっかくいいところだったのに」

 ブヨブヨの腹が、ガウンの間からはみ出している。


 使用人は、あわてた様子で。

「サグリン様! ラ・ムーアが! 」


 サグリンはそのことか……と、わかったように

「万一を考えて、まだ完全ではないが、ラ・ムーアを召喚しておいたのだ。周辺はめちゃくちゃだろうな」

 まるで、他人事のように話したが


「違います! ラ・ムーアが、消えました」

「………」

 一瞬、耳を疑った


「ど…どういうことだ! 」

「レイカ姫が、秘術を使ってラ・ムーアを消し去ったのです。おそらく次元断層かと」

「次元断層だと! 」


 サグリンの表情が、青冷めていく。

「まさか、そこまでするとは………それで、レイカ姫は」

「ラ・ムーアもろとも、異界へ落ちたと思われます」


 サグリンは、これまでにない怒りの形相で、

「ここまでくるのに、いかほどの時間と労力を費やしたと思うのだ。これで、復活が二十年は遅れる……」


 目は血走り、両こぶしを握り締め、体を震せながら

「レイカめ! レイカめ! …… 」

 呪い殺すかのように、レイカの名を何度も吐き捨てた。


 ◇


 その後、オーク家の者が現場に向かい、サグリンも馬車に乗って同行した。


 現地に着くと、ラ・ムーアの攻撃で道が寸断され、茫然と(たたず)むポーがいた。

 サグリンは馬車から降りて、ポーのそばに行くと。


「確か、宮廷士官のポーだな」

「サグリン……」

 ポーは、にらみ付ける。


「この惨状はどうしたのだ」

 なにも知らないかのように、とぼけるサグリンに

「貴様の召喚した、ラ・ムーアによるものだ」


 サグリンは、一瞬沈黙した後

「私が召喚した………しかもラ・ムーアだと。ほぅー、何を証拠に」


「証拠にだと! 空を覆う魔法陣の文様に書かれていた」

 サグリンは何のことか、といった表情で

「はて、何かの見間違いでは」


「とぼけるな! 」

 ポーが、突っかかる。

 一方のサグリンも腹のうちは煮えくりかえっているが、オーク家の家臣達の前なので、平静を装っていた。


 そこに、付き添いのガイア教の男が。

「サグリン様! オゥル馬にこんなものが」

 サグリンは、にやりと笑い。

「はて……おおお! なんとこれは、真声貝(まこがい)の耳飾り。レイカ姫がこのようなものを」


 ポーは驚いて

「なにを言う! オゥル馬には何もついていない。貴様が持ってきたのだ」

 サグリンは、聞く耳を持たず

「……そうか、お前たちはオーク家を通じてガイアの秘密を探ろうとしたのだな。しかも、このような禁忌の魔道具まで使用して。おおかた、ポーが画策したのだろう」


「なんと! あらぬことを」

 ポーは怒りで震えている。

 サグリンは、ポーをにらみつけ


「レイカ姫をたぶらかした罪は重罪だ。捕らえろ! 」

 サグリンが叫ぶと、オーク家の兵がポーを拘束した。


「やめろ! こいつが画策したんだ。濡れ衣だ!」

 抵抗するポーに、サグリンは


「レイカ姫を犠牲にし、この期に及んで言い逃れは見苦しいぞ! 」

 周りはサグリンの息のかかったもので、有無を言わせず縛り上げられた。

 ポーは、これ以上何を言っても(らち)が明かないと観念し、睨むように沈黙した。


 おとなしくなったポーに、サグリンは

「ところで、このオゥル馬はどうした。たしか……ハヤセ商会が所持していたもの」

 拘束されたポーは


「……道端に繋いであったので、勝手に拝借した。あとで、連絡するつもりだった」

 ポーはハヤセから譲り受けたとは言わなかった。


 疑るサグリンだが、それ以上は追求せず、皮肉るように

「真声貝の耳飾りを付けていれば、よかったかな」


 ポーが宮廷士官でなければ、今すぐにでも八つ裂きにしたい思いだったが、そこはこらえて、ポーを王都に連れていくように命じた。


 ◇


 レイカが消えたことで、王都は大騒ぎになる。


 ラ・ムーアのことは、緘口令(かんこうれい)が敷かれ、周辺の人には局地的な地震で道が壊れたことにされた。真夜中でもあり、魔法陣を見ているものはなく、見たとしても一般人にその内容を読める者はいない。


 レイカについてはポーの話で、まだ死んだとは断言できないが、捜索する宛てもなく、王家は身動きができない。さらに一人娘を失った王と王妃の消沈ぶりは痛々しく、公務がなおざりになっていく。


 そこに、ガイア教が、王の家系であるオーク家のミランダを使って、付け込んできた。

 サグリンは、ミランダを連れて王に謁見すると。


「レイカ姫が禁忌の魔具を所持していたとなれば、王家も問題です」

 王も困った顔で黙している。

 サグリンはさらに

「レイカ姫はアシュルム殿下にお会いしたくて、晩餐会に来たのですが、まだ結婚は早いとアシュルム様に言われ。失意のうちに、次元断層に身を投げたのです」

 そういう、話になってしまった。


 ミランダは、うつむいたまま、サグリンの横で何も話さない……いや、話せない。


 王はレイカが心に決めた(と思い込まされた)、アシュルムを暫定的だが、エクアドル王の第一後継者として、その後の統治をまかせた。

 ただ、実質の公務はサグリンにまかせて、アッシュルム自身は好き放題を始める。


 サグリンはこうして王宮に入り込み、アシュルムを操るガイア教の力が一段と強くなり、大聖堂を更に増改築し、ラ・ムーアの復活に莫大な公費が割かれることになった。



◇ 翌年……


 オーク家の頭首が崩御した。


 ミランダは自分の犯した過ちを後悔し、オーク家に閉じこもったが………

「身ごもってしまった……」


 何度も死のうと思ったが、お腹の子供に罪はない。

 さらに先般、ポーと密かに会ったとき

(レイカ姫はいずれ戻ってくると言っていた。もし、帰ってきても、私は合わす顔がない……)


 ミランダは、妊娠したことを隠して、失意のうちにオーク家を出る決意をし、一度しか使えない転移の扉で、北の蛮族が割拠する在野に身を隠した。


◇ 北極星


 ポーはレイカを(たばか)ったとして、王宮士官を懲戒免職され、貧民に格下げとなる。

 本来なら死刑ものだが、これまでの功績と、レイカが生きているというポーの話から、王の寛大な処置とわずかな望みから、(つるぎ)守人(もりびと)としてオルフェス山の洞窟に、生涯出ることが許されない、島流し状態で住むことになった。



 夜になるとポーは日課にもなっている、レイカが突き刺した聖剣プレアデスを握って、引っ張ってみる。

 これまで、何人もが抜こうとしたが、当然だれも抜いたものはいない。

 びくともしない剣に安堵し、剣の柄を見ると。


 -月の光に、剣の碧玉(へきぎょく)が輝く-


 碧玉は月の光に反射し、その光は天空の最も明るい星を指し示している。それは月が天中にあろうと、地平にあろうと不思議と同じ方角だ。

 ポーは光の指す方向を見つめ。


「北極星は天界の方角、きっと、天界におられるのだ」

 ただ、そのことはガイア教に知れることを恐れて、誰にも打ち明けなかった。


「レイカ姫は生きておられる……」


 それだけが、心のわずかな支えだった。


読んでいただき、ありがとうございます。m(_ _)m

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