8 次元断層
第二部のクライマックスです!!
レイカとポーはオゥル馬に乗って、夜道を駆ける。
空には、砂をまき散らしたような、満点の星がきらめいていた。
星明りとランタンで、ほのかに道筋は見えるが、森の中に入ると真っ暗になる。しかし、オゥル馬は道を外すことなく、すたすたと進んでいった。
「オゥル馬でよかったわ。ハヤセという男、結構頼りになるじゃない」
レイカが商人を褒めると、前を進むポーは、馬に揺られながら振り向きもせず
「やはり私は、ああいう輩は好きになれません」
どことなく妬っかんだ感じで言う
「商売って、そういうものよ。ポーはまじめだから」
「……それは否定しません」
また、ふてくされたように言うので、レイカは
「でも、ポーがいたから屋敷を出る決心ができたし。ポーの言ったとおり、あの商人のハヤセっていう男、窮地を救ってくれたね」
少し褒めそやすと、ポーは面映い口調で
「レイカ姫のサインは、この世界で初めてギルドという組織を創設し、あの男は富と名声を得ることでしょう。それに比べれば、オゥル馬の二頭など些末なものです。あの男はそのことも承知しているはずで、なにより、レイカ姫のことを、とても気にいっているようです。さらに大事なときも、必ず助けてくれるでしょう」
(なんだ、かんだと言って、ポーも、あの商人を認めているじゃない)
自分より十歳以上の歳上で頑固なところのあるポーだが、たまに見せる子供っぽいところが、可愛いらしく思えた。
◇
しばらく進むと、地平の空に、ぼんやりと何かが写しだされている。
「なにかしら、空が変だわ」
「……なんでしょう、こんなの見たことないです」
それは、大きな幕を広げるように、星空を隠しながら空を覆ってくる。
よく見ると、大きな円が二重、三重に重なり、その線の間に幾何学図形や、象形文字など、見たことない文字や、文様が描かれている。
「これは、魔法陣! 」
ポーが叫んだ。レイカも茫然と
「なんて巨大な魔法陣なの、いったい何が起こるの」
魔法陣が形をなすと、その中央から、黒い巨大な物体がゆっくりと降下してくる。
「何か降臨してくる。とりあえず、どこか、身を隠せる場所をさがしましょう」
「この近くにオルフェスという小山があって、そこに洞窟があるわ。小さいころ探検に行ったことがある」
レイカとポーは、その小山の崖下の洞窟に逃げ込んだ。人工的に掘削された跡のようで、人が住んでいた痕跡がある。
レイカとポーは、洞窟に潜んで外の様子を見た。
「ポーなら、あの魔法陣の言葉が読める」
「夜ですので、全部は無理ですが、読んでみます」
魔法陣の文字を読める者は宮廷でもそういない、ポーは天を仰いで魔法陣の文様を読みあげた。
「異界の覇王にして、専制的束縛者。闇と混沌を支配せしめ、世界をあるが秩序に帰するもの……」
そこで、言葉をとめたあと、震える声で
「ラ・ムーア」
「ラ・ムーア! って! 」レイカも絶句した。
ポーは驚きと、怒りに震えながら
「なんたることだ。あれは魔界に通じる魔法陣、ラ・ムーアは魔神だ! 信徒は悪魔を神とあがめている、ガイア教はとんだペテンだ! 」
その間にも、魔法陣の中心からの黒い物体は形をなしてくる。
夜なのではっきりとは見えないが、大きさは近くの山ほどあり、頭は雲に届くほどだ。姿は、獣と人の姿あわせもった、まさに悪魔の様相で、背中には大きなコウモリのような翼が生えている。そして、顔の部分に目だけが赤く光っているが、片目しかなく頭は半分しかない。
「まだ、完全に復活していないようだ」
「でも、体は完成しているわ」
魔神が地上に降り立つと、次の瞬間、地響きとともにレイカの進む先が、火の海になり、地盤が砕け森や山も破壊される。
「やつら、夜に姫を見つけ出すのは難しいので、周辺の街道を破壊し王都に戻れないようにしている。うまく行けば、それに巻き込んで姫を抹殺するつもりだ」
「なんて、無茶な! でも危なかった。洞窟に寄らずに進んでいれば、巻き添えだった」
「しかし、なんという破壊力、大災害と同じだ」
ポーは呆然としている。
レイカは、怪物を睨みながら
「このままだと、近隣の村も危ない。まだ復活していない今のうちに、倒しておかないと」
「でも、桁違いの怪物です」
ポーは、なんとかやりすごせないかと考えている。しかし、周辺の地盤を粉砕する破壊力では、ここにいても助からない。
するとレイカは、何か決意したように、胸のペンダントを取り出し
「やつを、次元の狭間に封じ込めます」
ポーは驚いて
「それは……」
「私は、魔導士ではありませんが、魔石を使っての王家一子相伝の秘術があります。巨大な敵が襲って国が危機に陥ったとき、空間をゆがめ、時空の断裂に敵を封じ込める秘術 ”次元断層” を使います。魔法陣は頭上にあるから、この場で撃ち放つので、ポーは洞窟の中にかくれていて」
「それでは、姫も巻き添えに! 」
「勘違いしないで、ここで死ぬ気はない。昼間、ゴンゾーに、なにがあっても命を大切にしなさいと言ったばかりだし。魔石は一度しか使えなから、しばらく異界を彷徨うかもしれないけど、必ず戻ってきます」
ポーは、何も言えない。
ほかに方法もなく、できれば自分が代わりになりたい。無力な自分が情けなく、ポーはうつむいて、悔しさに震えながら。
「姫……申し訳ありません」
のどの奥から声を絞り出した。
レイカはうなずいたあと
「今は封じこめることしか出来ませんが、怪物はガイア教が導いて再び復活するでしょう。いずれは完全に抹殺する必要があります」
「そんなこと無理です。魔界最強の魔神です、もはや人間が適う相手ではない。封じ込めるので精一杯です」
しかし、レイカは
「一つだけ方法があります。この聖剣プレアデスを使っての、究極の剣技ホーリー・スラッシュ(聖なる斬撃)です」
「ホーリー・スラッシュは、王族のみが使える幻の剣技。奥義書には記されていますが、会得するには、百年以上の時間が必要とされ、人の一生では全く足りず、当然だれも完成した者はいません。存在しないのと同じ剣技です」
「でも、それ以外に方法はありません。そして、この剣はホーリー・スラッシュを最大威力で撃ち放つための剣です。この剣が存在すること自体、可能性があります。会得方法は、王家に語り伝えられた秘伝を聞いて知っています。なんとしても私が会得して、この剣で撃ち放つしかないのです」
そう言ったあと、レイカは突然、手に持っていた剣を地面に突き刺した。
「姫なにをなさるのですか!」
驚いたポーに
「この聖剣プレアデスは、ここに置いていきます」
「どうして! これはこの先も姫様に必要では」
「ポー、伝えてください」
そう言って、レイカはポーに微笑み
「これは私の分身、異界に行く私が、帰還するための唯一の道しるべ。もし私が死ぬようなことがあれば、この剣は自然に抜けてその魔力もなくなります。生きている限り、この剣は私にしか抜けません。そもそも、ホーリ・スラッシュを鍛錬するのに、この剣は必要ありません」
そして、剣から手を離すと。
「私は、しばし他の世界に行きますが、必ず戻って、やつらの野望を打ち砕き、魔神ラ・ムーアを倒す! 」
力強く言うレイカの瞳は、諦めなど微塵もない、ポーは圧倒され
「わかりました、身命を賭してこの剣をまもります。かならずお戻りください………」
何もできない自分を恥じながら、ポーは図らずも涙がこぼれる、
レイカは笑って、ポーの涙をふいてやり
「じゃあ、行ってくる」
そう言って洞窟の外に出ると、山の高台に登った。
◇
山頂に立つレイカの髪が風になびく。レイカは胸のペンダントを掲げると、周囲に光彩が舞いはじめた。
巨人も気がついて、レイカに迫ってくる。
レイカは詠唱を始めた
「エクアドル直系ユーリアス・レイカ・エクシードの名の元に、魔石幻影具現魔法を行使する! 時空の狭間、次元のかなたより出る命脈の断裂、これをもって、空間を切り裂き崩壊に移する斬撃! 」
そして魔石を一段と高く掲げ、天に向かって叫ぶ
「次元断層! 」
ペンダントの魔石が閃光を放ち、砕け散る!
同時にレイカを中心に放射状に空間がゆがみ、数条の暗黒の亀裂が浮かび上がり、それらは矢のように天空に向い、空間を切り裂き、魔法陣を寸断していく。
「ググオオオーーー」
苦悶する唸り声が響く、ラ・ムーアの叫びだ。
魔神は空間の亀裂に落ち始め、断層の崖にしがみついて必死でこらえている。さらに真空に空気が吸い込まれるように、突風が断層の中に流れ込み、その激流の風に魔神の翼も使えない。
空にも暗黒の亀裂が入ると、魔法陣は粉砕され、その欠片が順次消滅し、断層の中に吸い込まれていく。
周辺には烈風が荒れ狂い、レイカの足元にも空間の亀裂が広がっている。
レイカは両手を横に広げ、さらに断層をこじあけて魔神を落とそうとしている。しかし、レイカの足元には空間の亀裂が進み、もう足場がない。
「もう、少し……! 」
レイカは煽られる体を必死でこらえ、さらに断層を広げる。
そしてレイカの足元の地面が消え去った瞬間、魔神もこらえきれず断層の中に落ちていく。
同時にレイカも、次元断層の闇の中に落ちていった。
「ひめーーーー! 」
ポーは叫んだが、もうレイカの姿は見えない。
レイカが消えた後、周囲の亀裂は霧散し、再び満点の星空が頭上に広がり、ポーは唖然と立ちつくした。
………
「姫は………この世界を守られた……」
震える声でつぶやく。
今までの喧騒が嘘のように静まり、いつもと変わらない静寂な夜の世界に戻った。
ポーの頭上を、風が蕭々と吹き流れ、木々のゆれる葉音が、悲しくさざめく。
ポーはその場にしゃがみ込み、一人嗚咽した。
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