5 オーク家の病
レイカの馬車が到着すると、オーク家の使用人が居並び、レイカを迎えたが、馬車から出てきた町娘のような姿に一瞬驚いている。
レイカはすぐに別室で礼装に着替え、ポーを連れてアシュルムとミランダの待つ来賓室に向かった。
重厚な造りの屋敷の通路には、壁画、彫刻が並べられ、その中を白のドレスに正装し、髪を結いあげてティアラをつけたレイカが、しずしずと歩んでいく。
美貌の上に精悍さもそなえ、屋敷の者はそばを通るだけで、息が詰まるようなオーラを感じ、そこにだけ光が射しているようだ。
広く豪奢な客室で待っていたアシュルムとミランダの前に行くと、レイカは女性らしく、ドレスの裾を両手でつかみ、少し頭を下げ、膝を折って屈む挨拶をする。その可憐さにアシュルムは息を飲んだ
「レイカ姫! 」
アシュルムが、思わず駆け寄ってきた。
ポーもレイカの横に並んで丁寧に挨拶したが、アシュルムはポーのことは全く眼中にない。
アシュルムはレイカの前に立つと、レイカに見つめられ声もでないようで、モゴモゴと口が開かない。
しかたなく、横のミランダが先に挨拶する。
「ようこそレイカ姫、何度も呼び出してすみません」
「いえ、私もミランダ様に会うのは楽しみです」
それは、本心だった。
ミランダは賢く、振る舞いも優雅で、いかにも貴族令嬢といった高貴さのなかにも、優しい女性的なところがあり、レイカもあこがれている。
レイカとミランダが話をしている最中に、アシュルムが、しどろもどろに
「よ……ようこそ……おいでくださいました」
せっかくの話を割って入るが、レイカはすずやかに
「アシュルム様も、ご健勝のこと、なによりでございます」
丁寧な言葉で挨拶する。
可憐さの中にも高貴な気位のあるレイカに、アシュルムだけでなく周囲の者も陶酔する思いだった。
そのとき、アシュルムがふと横を見るとポーの立ち位置が気になった。ポーはレイカの真横に立っている。
これまでレイカは同格の将軍以外、自分の横に人を立たせたことはない。
それが、武勇を好むレイカが屈強な武者ではなく、色白のまるで女性のような優男を真横に立たせているのだ。そういう、つまらないことはすぐに気がつくたちで、アシュルムはポーを横目で睨んだあと、レイカに向かい。
「レ……レイカ姫……こ……今夜は、姫のために、晩餐会を予定してます……ど・どうか」
アシュルムは、あらかじめ用意した台本を棒読みする感じで、相変わらず緊張して、ろれつが回らない。そんな、小心者のアシュルムに、レイカは社交辞令的に微笑んで頷いた。
挨拶が終ったあと、別れ際にレイカはミランダに
「ところで、頭首様のお見舞いをしたいのですが」
すると、ミランダは少し動揺し
「いえ、それは」
「一目会うだけでも」
「……でも、今はほとんど口もきけない状況です」
返答を渋るミランダに埒が明かないと感じ、レイカはアシュルムに話を向けた、
「アシュルム様、お願いです、ひと目だけでも」
アシュルムの目をみて甘えたように言うと、アシュルムは、否定出来るわけがない。
「わ…わかりました! 」
「ありがとうございます! うれしい、アシュルム様」
まるでブリッコのように手を握ると、アシュルムは真っ赤になって、呆けた顔をしている。
一方、ミランダは、なぜか渋い顔をした。
◇
すぐに、ミランダとアシュルムの父である、オーク家の頭首の病床に向かった。
ポーは部屋の後ろで控え、レイカは頭首の横に行って声をかけたが、返事がない。目はうつろで、天井のどこか一点を見つめているだけ。皮膚は灰色に脱色し紫の斑点がみられる。頬がそげ、目がくぼみ、呼吸をするとき、わずかに震えるだけの口元は、命の火が、かすかなことを感じさせる。
病床を離れると、レイカはミランダの腕をつかみ
「なんと、おいたわしい。あの、剛健な頭首様が」
「人一倍、体面や威厳を気にする父です。このような、姿をお見せしたくなかったのですが」
ミランダも、うつむいている。
「いえ、頭首様は私の尊敬するお方、小さいころ剣の指南をしていただき、今でも畏敬の念に変わりはありません。こうして、お会いさせていただき、感謝します」
涙を浮かべるレイカに、ミランダも胸のつまる思いがする。
ただ、アシュルムは、自分の父の病状よりレイカの方ばかりを気にして、このあと誘えないかと声をかけようとし、そわそわしているが勇気がない。
レイカも、そんなアシュルムの様子に気づいているが、無視した。
◇
レイカが部屋をでて控室に戻ると、ポーが小声で
「頭首様は、一見紫斑病のように見えますが、病気ではありません」
「私もわかりました……明らかに呪詛です。いったいだれが」
「わかりません、場合によってはミランダ様も関わっているかもしれないので、うかつな言動は謹んでください」
「まさか! 」といいかけて、少し考えたあと
「………とにかく。早く呪を解かないと、頭首様は死んでしまいます」
「そうですね、頭首様も、ガイア教を危険視していました。そんなオーク家に入り込んでいるガイア教と関係ある可能性が高いです」
レイカは頷くと
「頭首様のことだけでなく、異世界転移者の横暴、時空のゆがみ、ラ・ムーアの復活、もう時間がありません。王都に帰ったら、すぐにガイア教を取り締ります」
「そのほうがよいでしょう。まだガイア教の力はさほどではありません。それ以上に、レイカ姫の信望が厚い今のうちなら、信者を説得し、なんとかガイア教の実態を暴くこともできるでしょう」
うなずくレイカの瞳は、決意に満ちているが、少し気がかりなことがあった。
なぜか、ミランダの様子がいつもと違い、何か考え事をしているかのように、話が上の空のところがある。
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