2 アシュルムとミランダ
オーク家の屋敷では、アシュルムが部屋に閉じこもり、各地から集めた美少女人形を、男とは思えない細い指で愛でていた。
陽の照らない床の下で育ったアスパラのような白い肌に痩せた体。そげた頬にとがった顎、つり上がった狐目でにやにや笑いながら、美少女人形の服だけでなく、下着まで替えてたりしている。
そこに、姉のミランダが入ってきた。
「アシュルム。また人形あそびですか、仮にもあなたはオーク家の次期頭首なのですよ」
アシュルムは、人形の足を広げながら。
「………ぼくより姉上のほうが」
ミランダは二十歳になる気品ある清楚な令嬢で、せせらぐ川面のようなブロンドの巻き髪に涼やかな碧眼、成熟した女性の体にスレンダーラインのドレスがよく似合う、アシュルムとは対象的に悧発な麗人だ。
そんな姉弟は、母を早くに亡くしたこともあり、ミランダは弟のアシュルムに幼い頃から過保護ともいえるほど干渉していた。
それは、頼りないアシュルムが周りの者の諫言に惑わされ、場合によっては頭首の権限を奪われないように、守ろうとしていたこともある。
「父上がご病気なのですから、あなたがしっかりしなければならないのですよ」
ミランダは少し説教じみて言うと
「………ややこしい問題ばかりだし。サグリンにまかせておけば、いいじゃない」
ミランダはため息をついたあと、アシュルムの手をとり、なだめるように。
「なにを言っているのです。サグリンは好意で私達に手を貸して、いただいているのですよ、あまり頼ってはいけません」
ミランダは好意と言ったが、実のところ、そうは思っていない。ただ、口の軽いアッシュルムの前で本音を言うのは注意している。
「それから、今夜の晩餐会にレイカ姫が来られますよ。謁見の準備をしてください、あなたのために、呼んでおきました」
「レイカ姫が! さすが姉上」
アシュルムの顔が急に笑顔になり、急いで立ち上がると、そそくさと支度を始めた。
◇
ミランダはアシュルムを説得したあと、応接間に向かうと、ガイア教の司祭、サグリンが待っていた。
椅子からはみ出しそうな太った体、薄ら禿の頭に、脂ぎっただぶだぶのあごで首がどこかわからない。その醜い風体に、ミランダは大嫌いなガマガエルを想像し、寒気がして生理的に嫌悪をいだくが、今のオーク家にとっては、なくてはならない存在になっている。
サグリンはいやらしい上目遣いでミランダを睨み
「今夜の晩餐会に、レイカ姫は来るのですかな」
「はい、出席すると、返事がきました」
その答えに、サグリンは厚い唇を広げ、歯並の悪い黄ばんだ前歯をのぞかせ
「そうですか………フホホ、フホホ」
まるで、フクロウのような下品な笑い声、しかも令嬢を前にしているにもかかわらず、時々股関を掻く癖にミランダは目を背けたくなる。
「それで、レイカ姫はアシュルム殿下と、うまくいきそうですかな」
「おそらくレイカ姫は、アッシュルムとは………」
力なく答えるミランダに
「それは、困りますなー」
そして、身を乗り出し、ミランダの顔に近づき、しゃがれた小声で
「はっきり申して、ガイア教にとって、レイカ姫は脅威なのです。しかも、一週間後にはガイア教にとって極めて重要な、創造神ラ・ムーアの復活も控えております。なんとしても、アシュルム様とレイカ姫が結婚なさり、オーク家が王家の一員となり、レイカ姫をこちら側に付けなければなりません。さもなくば……」
ミランダは、ぎくりとして
「さもなくば……」
「そのときのことは、こちらで考えております」
「まさか」
「すべては、ミランダ様しだいです」
サグリンは返事をはぐらかした。
「レイカ姫は、幼いころから家族ぐるみで付き合って、妹のように思っております。手荒なことは絶対にしないでください」
サグリンは不服そうな苦笑いをして
「それは、わかっておりますが、レイカ姫がいなくなれば、ガイア教はアシュルム様を全面支援し、他の血族を抑えて、玉座に召しましょう。さすれば、オーク家の悲願が果たせ、今の窮地も脱することが出来ますぞ」
「そうですが……」
窮地のことを言われると、ミランダは即座に言い返せない。
サグリンは重い体を何度か揺らして席を立ち、小箱をとりだすとガニ股で、のそのそと机をまわり、ミランダの横に座ると、その重みでソファーが軋み、大きく揺れる。
擦り寄ってくるサグリンに、ミランダは少し離れて、座りなおす。
そんなミランダに嫌がらせするように、ガマガエルのような顔を近づけ、小箱の中から、耳飾りを取り出した
「これは、真声貝の耳飾り、これを耳につけて相手に質問をすれば、相手の真の答えが聞こえます。嘘や、社交辞令を言っても、この貝をとおして本音が聞こえるのです」
ミランダは驚いて
「こっ! これは人の心を覗く邪悪な魔具。このようなものを使えば、厳しい罰則が。そんなことをしなくても、レイカ姫はアシュルムのことは、それなりに答えるでしょう」
「聞きたいのは、レイカ姫の動きです」、
「動きとは……」
サグリンはミランダに近寄り、自分の股関を掻いていた手をミランダの腰にあてた。さらに臭い体臭と吐く息に、ミランダは顔をそむけ、すぐに逃げ出したいが、無下にもできず、震えながら懸命に我慢している。
「レイカ姫が、近くガイア教を弾圧するとの情報が入っています。本当にそうなのか、もしそうとすれば、いつなのか。これは、ガイア教と結びついているオーク家にとっても、看過できない問題ですぞ」
確かに、レイカがガイア教を敵視し、オーク家がそのガイア教と結びついていると知れば、何らかの仕打ちがあるだろう。
父が病気になってから、至らぬアッシュルムの浪費や不摂生、いい加減な統治で部下や領地の農民達に離反され、そこにサグリンが付け込んできた。最初は、もみ手でやたら頭が低く、調子のいいことを言っていたが、借金がかさむと突然態度を変え、本性を出し翻弄され後悔しているが、もう戻れない。
胸が痛むが、断ることも出来ず躊躇していると。
「この仕事をしていただければ、借金の半分は帳消しにいたしましょう」
そう言われ、ミランダは真声貝の耳飾りを受け取ってしまった。
サグリンは満足そうに笑ったあと
「どうです、ミランダ様、このあと食事でも」
息をあらげて、すり寄るサグリンのぶよぶよした顎に脂汗がにじみ出ている。早く、この場から立ち去りたいミランダは、
「いえ結構です」
と言いかけたが、サグリンの上目遣いに睨む瞳に抗えず
「わかりました……食事だけでしたら」
「もちろんですよ。私の周りの女ときたら、元農民や町民の貧乏で教養のないクズのような使用人や、修道女ばかり。ミランダ様のような、高貴で美しいご令嬢とご一緒出来るだけで、私のような元下賤の者には身に余る光栄なのですから。フホホ……」
はしたなく、少しヨダレを垂らした薄ら笑いは、それだけでは終わらないと言っているようなものだ。
サグリンは満足そうに微笑んで出ていくと、ミランダは血が滲むほど拳を握り
「あんなやつと……」
俯きながら震え、オーク家を守ろうとしてのことだが、自分の浅はかさに後悔し、涙が止めどなく溢れてくる。
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