7章 王国マリア編 14話 罠の代償
「リジニット・・・・」
ボロボロに壊れた馬車のドアが開いて出てきたのは、装備を整えているこの街の領主の長男リジニットだった。
ドゴッ!
地面に倒れ伏す俺の横腹を躊躇いなく蹴飛ばし、人形のように転がる俺は、何回転貸して仰向きで止まり口に入った砂利を吐き出していると、ゆっくり近づく足音がする。
「帝国人・・リジニット様と呼べ。僕のような貴族を下民が呼び捨てなぞ許せん」
俺はなんとか動く視線を奴に向けて呟く。
「・・・・どうせ、親の権力に守られているガキだろ?・・う゛っ」
腹部をリジニットに踏み込まれ息が口から漏れる。その痛みに耐えながら睨んでいると見下ろしているリジニットの顔は歪んでいる。
「き、貴様ぁ・・。僕は、今からマリアの迎えに行く。下民の貴様より僕の隣に立つ方がお似合いだからな。貴様は、ここで魔物の餌となり王国に貢献したまえ」
「くっ・・マリアに手を出すな・・クソ野郎」
リジニットは歪んだ顔から気持ち悪いほどニヤついた顔になり俺に告げる。
「クックックック・・手を出すな?勘違いも甚だしい。罪人は貴様だぞ帝国人。我がスパイル王国の第3王女を誘拐拉致は国家問題だ。それを罪人の貴様の命だけで穏便に済ませようとしているんだぞ!王国と帝国の国家戦争を回避させてやるんだ、貴様の命1つでな」
ザッザッザッ
リジニットと数人の男達が、マリア達がいる馬車の方へ続く街道を歩いて行く。麻痺毒の影響で、動けない俺はリジニットの背中を見ながら念話を3人に繋ぐことを試みた。
『みんな・・すぐそこから離れて行ってくれ。俺は後で馬車を追うから』
『ハル、何があったの?』
すぐにマリアから反応があった。
『・・リジニットがこの場所に居たんだ。マリアを捕まえるために』
『リジニットが私を?』
マリアと念話が安定して繋がり、近くにいるアルシアとシェルとも繋がった感覚が頭に伝わる。
『あぁ、だから早く逃げてくれ。アルシア、すぐに馬車で移動するんだ。俺は気配探知スキルで後を追う」
『わかったぞ、ハル!ちゃんと追いついて来るのだぞ?』
アルシアは、何かを感じとったのか理由を聞かず俺の指示に従おうとしている。
『あぁ、頼んだぞアルシア』
『待って!・・どうして、ハルはすぐ来れないの?』
『悪い・・念話が・・安定・・しない・・またあとでな、マリア』
『ハル!・・ハル?・・返事してよ!ねぇ?』
俺は、マリアの問い掛けに反応しない。この状況を伝えたら、絶対に彼女はここへ来てしまう。
『ねぇ!ハル!アルシア、馬車を止めて!』
『ダメだ!ここは、ハルの指示に指示に従うんだ・・』
『『あっ!・・・・マリア!!』』
『イヤッ・今行くの!』
シェルが動き出した馬車から飛び降りようとするマリアを制止しようとしているが、ステータスが急成長した彼女を押さえ付けることに四苦八苦している様子が感じ取れる。
『ハル、すまない。隠密スキルで姿を消されてしまった・・きっとそっちに行ったはずだ」
シェルの慌てた念話が聞こえ、思わず反応してしまった。
『ダメだったか・・。とりあえず、2人で逃げてくれ。それと王都へ続く別の道も探しててくれ』
『わかった。必ず再会しよう』
『シェル・・』
シェルと念話が終わり、わずかな時間静かな状況になっていると、山側から軽い足音が微かに聞こえ近づいて来ると思っていたら足音が消えた。
「ん?止まったのか・・」
ダン!ザザァ!
側で地面に着地する音と何かが滑る音が聞こえたと同時にマリアが来てしまった。
「ハルッ!」
「マ、マリア・・置いて逃げろと言ったのに」
「だけど、ハルを置いてなんか行けないわ」
「専属騎士を置いて行くのも王女様の役目じゃないのか?」
「それは、ただの上下関係の場合よ。ハルとは、そんな関係じゃないの」
倒れたままの俺を上からグッと抱き付いているマリアにそっと告げた。
「ありがとうな。今は、麻痺毒で動けないんだ。とりあえず、ここから離れた方が良い。あそこの立木で待っていてくれるか?」
「わかったわ」
マリアは、俺の胸の上で頷き素直に離れ立木がある場所まで移動し俺を見続けていると一瞬俺の向こう側に視線を動かし、俺もそっちに顔を向けるとリジニット達が戻って来た。
「おい、お前の仲間が逃げて行ったぞ!こんなあっさりと見捨てられちまったな?」
「・・そうかもな。マリアが無事ならそれでいい。後は、あいつらに任せる」
俺は、仰向けで綺麗な青空を見たまま答える。
リジニットが何も言わないため、静かな時間が流れた・・ほんの一瞬だけ。
ジャギリ・・
金属音が擦れる音が聞こえる。素人が抜刀するときに出す音だ。
ザッザッザッ
仰向けになったままの俺の横にリジニットが立ち、片手剣をふらつかせている。
「・・・・・・」
「なんか言えよ、貴族様」
「・・・・・・」
無言のリジニットは、ゆっくりと片手剣を振り上げて構えるが、右腕の筋力不足か緊張しているのか切っ先が震えている。
「なんだ?人を殺すの初めてか?」
「くっ」
俺の言葉にプライドが傷つけられたのか、目を見開き片手剣を両手で握り直したリジニットが今すぐにでも叩き斬ろうとしている姿を見ている俺だが、意外にも頭の中は冷静であったため脳内に俺ではない息遣いが聞こえる。
『すぅ〜はぁ〜すぅ〜はぁ〜はぁ・・ぃゃ・・』
きっとこの状況を見守るマリアと繋いだままの念話が、彼女の息遣いを無意識に乗せてしまったのだろう。
何があっても出て来るなと願いながらリジニットの顔を見ていると、わずかに右肩が上に動く。
「フハハハハハハハ!」
リジニットが突然笑いだし、振り上げていた片手剣をゆっくりとおろして切っ先を俺の腹部に押し当てる。
「マリアを何処に行かせた?」
「さぁな・・勝手に馬車が逃げたんだ」
ズブリッ
「がぁっ!」
腹に押し当てていた片手剣をゆっくり体重を乗せ突き刺し、ニヤついたリジニットは質問を繰り返す。
「痛いのか?なら言え!マリアは何処だ?」
「しっ・・知らん、あ゛ぁっ!!」
リジニットが体重を乗せて片手剣を深く刺してくる度に激痛を耐えるため腹筋が収縮する。
一問一答する度に腹に片手剣が深く深く刺さり傷口から鮮血が溢れ出し、腹を伝わり地面を赤く染め始める。
「帝国人も王国の我らと同じ赤い血か・・」
ズプッ
腹に深く差し込まれた片手剣を一気に抜き、切っ先から俺の血が滴り落ち剣が抜かれた傷口から勢いよく鮮血がドクドクと流れ、氷の上に寝ているかのような冷たさが背中を襲い寒さで全身が小刻みに震える。
「いっでぇ・・麻痺毒さえ解毒できれば・・」
「貴様は用済みだ・・このまま死ぬがいい」
そう告げたリジニットは、再び片手剣を振り上げ血塗られていない刃の部分が日射しに反射し輝く。
ブシュッ!!
リジニットの首から血飛沫が舞い、彼の顔が赤く染まり自分に起きた事態を理解できない表情のまま後方に倒れ込む。
ドタッ・・カラン
「「リジニット様!!」」
周囲で見守っていた冒険者や賊の格好をした部下達が一斉に血を出し倒れたリジニットの元に駆け寄り囲んで騒いでいる。
部下達の声に反応しないリジニットを見てパニック状態の部下達が治癒術士を大声で呼んでいる様子を霞んできた視界で見ていると不意に左腕を掴まれた感触の後に引っ張られる。
「んっしょ・・んっしょ・・んっしょ・・」
手の温もりと声でマリアだとわかり、されるがままになっていた俺は、わずかに動く右足の踵で地を蹴り少しでも移動距離を稼ぐ。
そして、隠密スキルを発動し姿を眩ました俺とマリアは近くの茂みに辿り着くことができた。
「はぁ・・はぁ・・はぁ・・。ハル、はやく・・早く傷治さないと。すぐにポーションと解毒剤使うから」
「・・・・」
力を使ったせいで、毒の影響が強く出て意識が混濁し初めてしまいマリアの言葉が理解しずらくなってくる。
「ハル、こっち見て!私を見て!」
「んっ・・あぁ・・」
「そっちじゃないよ!こっち!」
「んぁ・・あ?」
腹部全体に液体が染み込み痛みが徐々に和らいでくる。
そして、口に瓶をつけられ液体を流し込まれてきたようだがいつものように飲み込めず胸元が濡れているため、どうやら全部こぼしているのだろう。
「どうしよう、うまく解毒剤を飲ませてあげれないよ。このままじゃ、ハルが・・」
一度、口元にあった瓶が離される。そして、柔らかい感触が唇に触れると、何かに強引に口を開けさせられた後に液体が少しずつ流れ込んでくる。
「んぐ・・んぐ・・んぐ」
口の中に流れ込んできた液体を本能で飲み込むことができた。
しばらくして、意識がハッキリと戻り視界もクリアになり、クシャクシャの泣き顔で側にいるマリアの顔を認識し、そっと頬に触れる。
「ハル・・」
「マリア、ありがとう。危ないとこだったよ」
鳴き声を殺し抱き付くマリアを抱きしめた俺は、現状を確認した後にアルシアとシェルと念話を繋げようと試みるがダメだった。
「アルシア・・シェル・・」
「どうしよう?」
「そうだね・・血を失いすぎたから直ぐに動けないから、しばらくここで警戒しよう」
考えがまとまらなかった俺は、マリアに出血のせいにして考える時間をもらうことにした。すると、俺の姿が無いことに気づいた男が騒ぎ出す。
「おい!奴がいないぞ!!」
「なんだと?・・探せ探せ!」
周囲を慌てて捜索するが、統制が取れていない集団は烏合の衆となって満足に捜索ができていない状況を見ていると、王都方向から1台の大きな馬車が近づいてくる。
「アルシアの馬車かな?」
「アレは違うわ・・何処かで見たことある馬車。いったい何処で見たのかしら」
寄り添っているマリアに、そう言われ確かにアルシアの馬車ではなかった。
その馬車は、男達の近くで止まり馬車の扉が開き何者かが出てくるようだ。
ちょうど俺とマリアが隠れている位置の向こう側に馬車の降り口があったため、降りて来た人物を見れない。すると、男達の驚きに満ちた大きな声で現れた人物が判明する。
「「ゆ・・勇者様!!」」
「勇者?あいつらの馬車か・・」
「だから見たことがあったんだわ・・あっまた誰か出てくる」
馬車の下側から2人の足が見える。その足は立ち止まることなく馬車の横を通りこちらに姿を見せ周囲を警戒している。
「ん?あの子達は確か・・」
「ハル・・知ってるの?」
そこには、銀髪少女と金髪少女が立ち並んで警戒している。
「あぁ、ギルドに居た子達だ。どこの街か忘れたけど・・でも、凄く痩せているよね」
「そうね、顔色も良くないわ。まるで断食しているみたいだわ」
2人の少女は、頬がこけて服を着ていても痩せ過ぎていることが容易にわかる。
「勇者の戦闘奴隷?・・なんだか可哀想だね」
「・・うん」
マリアと会話をしているうちに、少女達は馬車に戻りその後すぐに都市ニシバルに向けて勇者の馬車は出発し、それについて行くかのようにリジニットの部下達も馬車の後を追って行く。
「なんとか助かったみたいだね」
「そうね、でもこのまま王都へは行けないわ」
「どうしてだい?」
マリアは、そっと俺のお腹に手を添えて答える。
「だって、ハルの怪我が酷いもの」
「でも・・全然痛みは無いよ」
俺は、マリアの方に向き手を伸ばす。
「・・ハル」
「マリア・・どこ?」
そっと手を握られ、伸ばしていた方と真逆の方に引き寄せられ柔らかい感触が手に伝わる。
「大丈夫・・私はそばにいるから」
「ありがとう。隠密スキル上達したね。全然見えない・・よ」
「うぅっ・・ありがとハル。ちゃんと側にいるから、ゆっくり休んで」
「あぁ、何かあったら起こして・・くれ・・よ・・な」
「・・うん」
マリアの姿を捉えていたフリをしていたが、どうやら彼女は俺の異変に感づいていたようだった。
だから自分の居場所をわかっているかを自然な流れで試したんだろう。
彼女の優しさを感じながら、柔らかい感触・・きっと膝枕をしてくれているのだろうところに頭を置いて重くなっていく目蓋を閉じてゆっくりと意識を手放していく。
完全にに手放す直前に俺の顔に、数滴の滴が落ちて下に流れていくことに気付く・・ただそれだけだった。




