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千代後輩とぼくの話。  作者: 桜庭ごがつ
9/10

第09話 千代後輩とデートの話。

「デートの話をしよう」

「嫌です」


 いつものように、ぼくの提案はあっさりと拒否された。

 それでもさして気にならないのは、今日が日曜日で、それでも後輩と連れ立って駅前のデパートに来ているからに他ならない。

 だというのに彼女は見慣れた制服姿で、ずっとそっぽを向いたまま愚痴を零している。まあ部活動の先輩とわざわざ休日まで顔を合わせるなんて、彼女にとっては好ましいものではないのかもしれないけど。


「大体ですね、何でせっかくの日曜日に有楽先輩の買い物に付き合わされなくちゃいけないんですか。そのくらいお一人で行けるでしょう。どうしても人手が必要と言うのであれば、先日のご友人を誘えばよかったんですよ。まったくもう」


 先日のご友人というのは、ぼくのクラスメイトである丸ノ内半蔵と副都心のことだろう。こないだ急に部室に押しかけたことを、ひょっとしたら根に持っているのかもしれない。


「ごめんね、千代ちゃん。半蔵と副都は用事があるらしくてさ」

「そんなことだろうと思ってましたよ。有楽先輩、人望ないし」

「そこはせめて、なさそうだしって言ってくれよ! 断言しないで!」


 機嫌があまり良くないことも相まって、後輩はなかなかに辛辣だ。


「私だって用事のひとつやふたつ、あったんですよ。本当ですよ?」

「うん、分かったから、とりあえずちょっと離れようか」


 ぼくにぴったりと寄り添うようにくっついてくる後輩の肩を、ぽんと軽く叩く。

 彼女とこんなに接近したのは初めてじゃないかな。どうにも緊張しちゃうから、もうちょっとだけ距離を置いてほしい。

 すると後輩はやっぱり不機嫌そうに、


「仕方がないでしょう。これだけ人が多いと避けて歩くのも大変ですよ」

「うーん、そうかなあ」

「そうですよ。はぐれちゃっても知りませんよ?」


 だからと言って、ここまで密着するほどではないと思うんだけど。


「もしはぐれたら、私はダッシュで迷子センターに駆け込みます」

「よし分かった。千代ちゃん、手を繋ごう」


 彼女の言うことだから、きっと本当にそうするだろう。こんなに大勢のお客さんがいる中で、ぼくの名前を連呼しながら迷子の店内放送が流されるのはあまりにもぞっとしない話だ。

 手を繋いで歩けばはぐれることもない――そんなぼくの名案を、それでも彼女はそっぽを向いたまま、「嫌です」と返すだけだった。

 そういえばぼく、今日千代ちゃんと落ち合ってからろくに彼女の顔を見ていない気がする。だってこっちを見ないんだから、どうしようもないよね。


「ところで先輩、今日は妹さんのお誕生日プレゼントを買われると聞きましたが」

「うん、男のぼくでは何が喜ぶか分からなくてさ。千代ちゃんにアドバイスをしてほしかったんだよ」

「なるほど、そういうことですか」

「ごめんね、せっかくの休みにこんなことお願いしちゃって」

「それはもういいですよ。恨みつらみノートに書いておきますので」

「怖っ! そんなの書いてんのっ?」


 冗談ですよ、と後輩はあごに手を置き、何か思案する。


「ちなみに今までは、どんなものをプレゼントされていたんですか?」

「そうだなあ。野球場で奇跡的に取れたファールボールとか、マッド六郎のサイン色紙とか、あとは……」

「もう結構です」


 ぼくの回想を遮って、千代ちゃんはため息をついた。

 あれ? まだいろいろあるんだけど。


「一応聞いておきますけど、そのマッド六郎ってどなたですか?」

「知らないの? そこそこ有名なプロレスラーだよ」

「……知りません」


 なぜかどっと疲れた様子の後輩に、ぼくは首を傾げるばかりだ。

 やっぱり女の子へのプレゼントって難しいんだなあ。改めて実感する。


「いいですか、有楽先輩。そんなものは女子どころか、男子にだって一部のマニアにしか需要がありません。まずはそこをご理解ください」

「う、うん。分かったよ……」


 ようやくこっちを向いたと思ったら、片手を腰に置き、空いた手でもってぼくの顔をぴしりと指す彼女の剣幕に、思わずたじろいでしまう。


「もういいです。今日は私が来て正解だったみたいですね」

「申し訳ないけど、よろしく頼むよ」

「分かりました。では妹さんのお年を教えてください」

「今年十歳になるよ」

「……先輩は今まで年齢ひと桁の女の子に、野球ボールやプロレスラーのサインを贈っていたんですね。妹さん、かわいそう」


 もう一度盛大なため息をつくと、後輩は一人で先を歩きだした。はぐれないようにぼくも慌てて後を追いかける。迷子の店内放送はなんとしても避けたいからね。

 彼女が足を止めたのは、店の案内マップの前だった。


「雑貨売り場はこの階にあるみたいですね。さあ行きますよ、先輩」

「え、雑貨なんかでいいの?」


 戸惑うぼくに、後輩はにやりと――しているかどうかは相変わらず感情のない顔をしてるから今ひとつ分からないけど、ともかく彼女は「いいんですよ」と再び先に歩き始めた。


「このくらいの女の子は家に飾っておくものよりも、ちょっとお高めの、普段使うようなもので喜ぶんです。学校でお友達に自慢もできますしね」

「ふうん、なるほど」

「仮にもし置き物を贈るとしたら、部屋を圧迫しない程度の大きなぬいぐるみなどがいいと思いますよ。小学生ならきっと喜ぶでしょう。とはいえそういうのは結構値も張りますので、やはり雑貨をチョイスされるのがいいかと思います」


 そんな話をしていると、目的の雑貨屋に到着する。

 店内はいかにも女の子が好みそうな、ピンクや黄色のかわいらしい様相を呈していて、男のぼくが一人で入店できるような雰囲気ではとてもなかった。千代ちゃんについてきてもらえて本当によかったよ。


「どんなのがいいかな?」

「そうですねえ。『持っていたら嬉しいけど、お値段的に自分で買うのはちょっと難しい』くらいのものを選びましょう」

「そうだね、了解」


 まあ了解と言っても、ぼくは後輩の選択にイエスと言うだけの簡単なお仕事なんだけどね。


「うーん、小学生高学年の女子が喜ぶもの……、どれがいいですかねえ」

「ぼくはあっちのベンチで座ってくるよ。いても邪魔だろうし」


 何もせず黙って立っているのはちょっとしんどい。店の外に設置されたベンチを指さして提案すると、後輩は肩越しに振り返って非難の目を向けるのだった。


「……私の親戚に五十代の伯父がいるんですけど、先輩ってその伯父さんに似てる気がします」

「顔が?」

「歳が」

「それもう、ただの五十代のおじさんじゃねえか!」

「すぐに疲れた疲れたって言うんですよ。本人は歳のせいにしてますけど、原因はそこだけじゃないと思うんですよね」

「……分かった。ごめん、ぼくも一緒に見るよ」


 彼女の言わんとすることを理解したぼくは、素直に謝った。

 そうだよね、こっちは付き合ってもらってる立場なのに、ぼくだけ休んでいてはいけないよね。


 プレゼントを選び終わったのは、それから三十分ほどしてからだった。

 シャーペンと消しゴム、定規にノートにペンケース――そのどれにも同一の可愛らしいキャラクターがプリントされている。本当にこんなので喜んでくれるのかは分からないけど、まあ千代ちゃんが選んだのだから間違いないだろう。


「ありがとうね、千代ちゃん。すごく助かったよ」


 階下のカフェでお茶を御馳走しつつ、ぼくは後輩に頭を下げる。


「別にいいですよ。妹さん、喜んでくれるといいですね」

「そうだね。きっと喜んでくれるさ」


 少なくとも、野球ボールやレスラーのサインのときよりはね。


「そういえば千代ちゃん、なんで今日も制服なの?」

「校則で決まっていますから」

「そんなのあったっけ? 誰も守ってないと思うけどな」

「……妹さんのプレゼントは簡単に選べたんですけどね」


 今日着ていく服は……。


 千代ちゃんが何かぼそぼそとつぶやいているけど、声が小さくて聞き取れない。

 たまにあるんだよね、ぼくに話しているのか独り言なのか分からないときが。


「こういう日もいいよね。休日に二人でどこか出かけるってのも」

「その日の気分次第ですけどね」

「そうだ、ぼくが卒業したら、千代ちゃんも卒業旅行に呼んじゃおうかな」

「すみません、その日はちょうど予定が入ってますので」

「なんでだよ!」


 まだ日にちも言ってねえよ。

 とまあ冗談はさておいて、今日は本当に助かった。彼女にはしばらく頭が上がりそうもないな。ぼくは苦笑する。


「このままずっと頭を下げ続けてくれてもいいんですよ?」

「地の文を読まないでね。そして頭はそのうち上げるよ」

「先輩が生まれてきた意味は、人に頭を下げ続けることです」

「ひどすぎるだろ、それは!」

「ところでデートの話って何ですか?」

「このタイミングで訊くのっ?」


 まったくもう。相変わらず話が飛びまくるな、この後輩は。

 慣れたつもりではいるけど、だからといってすぐ対応できるものでもない。


「ああ、それはね……」


 休日にこうして二人で出歩いてると、なんだかデートみたいだね――そう言おうとした途端、


「やっぱりいいです。聞きません」


 そう言って、彼女はまたそっぽを向いてしまった。

 うーん、何か変なこと言っちゃったかな。いや、まだ何も言ってないはずなんだけど。妹のことも含め、やっぱり女の子って難しいや。


「……まあ、いいですけどね」

「うん?」

「たまになら――またついてきてあげてもいいですよ」


 そう話す彼女の顔は、ぼくからはやっぱり見えなかった。

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