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千代後輩とぼくの話。  作者: 桜庭ごがつ
8/10

第08話 千代後輩と友人の話。

「友人の話をしよう」

「……どうぞ」


 いつものように、ぼくの提案はあっさりと――って、あれ?


「どうしたの、千代ちゃん。ぼくの話に最初から乗っかってくれるなんて、今日はなんか変じゃない?」

「別に変なことは何もありませんよ。むしろご自分の出された話題に私が乗ることに違和感があるというのなら、私は全力で有楽先輩に同情します」

「やかましいわ」


 そうなんだよ。いつもああだこうだと理由をつけては憎まれ口を叩くこの後輩が素直にぼくの話に乗っかってくれるなんて今まで一度もなかったものだから、ぼくとしてはその嬉しさよりも先に、彼女がまた何か良からぬことを企んでいるんじゃないかと勘ぐってしまうのだ。

 とはいえ、その理由も大体分かってるんだけどね。それは――


「ここって結構西陽すごいのな。有楽、カーテン閉めていいか?」

「ねえ、日比谷。結局ここって何やってる部活なの?」


 後ろからかかった声に振り返ると、一組の男女が部室の中を無遠慮に眺め回していた。まあどれだけ眺めたって、ここにはほとんど物がないからね。あるのは机とパイプ椅子くらいなものさ。


「ああ、悪い。カーテンは閉めていいよ」


 丸ノ内(まるのうち)半蔵(はんぞう)は中学からの付き合いで、背が高く、身体つきもしっかりしてるのにどの運動部にも所属していないという変わり者だ。二年生に進級した今でも運動部から勧誘されてるんだけど、面倒くさいからという理由で全部断っている。


「部活の内容は聞かないで。ぼく自身、よく分かってないから」


 副都(ふくと)(こころ)は高校に入ってからだから、知り合って一年とちょっとになる。スカートがやけに短かったり金髪だったりで、ぼくとしてはちょっと取っつきにくいところもあったけど、実際に話してみると結構いいやつで、今ではいい友人だ。


「ごめんね、千代ちゃん。この二人がどうしても部活を見学したいっていうから、とりあえず連れて来たんだよ。放っておけば無害だから、気にしなくていいよ」


 そう言って笑うぼくに、しかし千代ちゃんはなぜか不満そうだ。

 ぼくと目を合わせようともせず、黙々と宿題をこなしている。……まあ、それはいつものことなんだけどさ。

 ていうか、話題に乗ってくれたくせにその態度はないんじゃないのか?


「ねえ、千代ちゃん。友人の話をしたいんだけど……」

「すればいいじゃないですか。一応スマホに録音しておくので、気が向いたら後で聞きます」

「いま聞いてよ! てか、会話に参加してよ!」


 鞄からスマートフォンを取り出す彼女に、慌てて待ったをかける。

 相手もなく一人で喋っていたら、ぼくがものすごく寂しいやつになっちゃうじゃないか。楽しそうに独り言をつぶやく変なやつになっちゃうじゃないか。


「つまり今までどおりってことですね」

「地の文を読まないで! そしてぼくは寂しいやつでも変なやつでもないよ!」


 そんなぼくたちのやり取りに、半蔵と副都は声を上げて笑っている。

 くっそう、そんなに笑わなくてもいいじゃないか。


「あっははは。いいねえ、君。有楽の扱い方を心得てるじゃん。えっと、名前は何だっけ? 千代ちゃん?」

「……銀座です」

「銀座ちゃんね、了解っ」


 半蔵に名乗るときですら顔を上げない後輩に、ぼくはふと引っ掛かりを覚える。

 あれ? 千代ちゃんってたしか、銀座って苗字で呼ばれることに抵抗があったんじゃなかったっけ? だからぼくは下の名前で呼んでたんだけど……。

 半蔵はというと、何も気になっていない様子でぼくの肩をバシバシ叩き、「有楽は銀座ちゃんの尻に敷かれてるなあ」なんて言って笑っていて。てか痛いっての。


「丸ノ内は笑いすぎでしょ。ごめんね、銀座ちゃん。こいつ一旦ツボに入っちゃうとなかなか止まんなくてさ。あ、チョコ食べる?」

「いえ、結構です」


 薄っぺらい鞄を漁る副都の申し出にも、千代ちゃんは不動の構えだ。

 もしかしてとは思ったけど、千代ちゃんって実は人見知りなのかもしれないな。

 そんな後輩に副都は「ふうん」と返すだけで、鞄から取り出したチョコを自分の口に運ぶ。そしてぼくの視線に気づき、


「日比谷も食べる?」

「うん。じゃあひとつ貰うよ」

「あんたに二つ以上あげるわけないじゃん」

「ひどっ。……まあいいけどさ。ありがと」

「どういたしまして」


 ぼくと副都の、いつもと変わらない普通のやり取り。いつもはここに半蔵も加わるんだけど、やつはいま笑うのに一生懸命で、こちらのことなどお構いなしだ。

 ふと、副都がぼくの後ろ――千代ちゃんの方を見て薄く笑ったような気がしたんだけど、どうしたんだろう? 目が合ったのかな?

 振り返ってみるけど、後輩は変わらず宿題に向かっている。


「おい、有楽。何か遊べるものはないか? じっとしててもつまんねえし」

「……お前は今までずっと笑ってただろ。そのまま下校時刻まで笑ってろよ」

「あっははは。俺がそんなにずっと笑っていられるわけねえじゃん。あっははは」

「よし、その調子なら大丈夫だな」


 笑いの収まった半蔵が再び笑い始めたところで、ぼくはもう一度、後輩へと向き直る。机に向かっているようでいて、その手はほとんど動いていない。ようく観察してみると、どうやらこちらを気にしているようで、視線がぼくとバッチリ合った途端、慌てたように目を背けてしまった。

 なんだよ、気になってるなら千代ちゃんもこっちに参加すればいいのに。

 そんなぼくの心境を察知したわけでもないのだろうけど、副都はぼくの後ろから顔を突き出し、


「ねえ、銀座ちゃん。それ宿題?」

「そうです」

「そんなの帰ってからでもできるじゃん。こっちに混ざりなよ」


 そう言って千代ちゃんの横手に回って机に片手を置き、ノートを覗き込むと――


「……あら?」


 そこで何かを発見したようで、副都は不思議そうに小首を傾げる。そんな彼女に千代ちゃんは赤面し、慌てて両手でノートを隠すのだった。


「どうしたの、副都?」

「ん? ああ、いや。えーと、答えが間違ってたから気になっちゃっただけ」


 ぼくの問いに、副都は手をぱたぱた振って答える。

 うーん、一年生の宿題とはいえ、副都がぱっと見で間違いに気づくとはどうにも思えないなあ。なんか怪しいけど、まあだからといって追求するようなこともないかな。もしかしたら女の子同士だからこそ通じてる部分もあるのかもしれないし。


「おっと、もうこんな時間。ごめん日比谷、あたしたちもう帰るわ」

「え? まだ来たばかりじゃないか」

「帰りに寄るとこあったの思い出したのよ。ほら丸ノ内、あんたもいつまで笑ってんの。さっさと帰るよ」

「あっははは。じゃあ有楽、銀座ちゃん、またな」


 じゃあねと残し、友人ふたりは足早に部室を出ていった。

 ……ん? そうだ、ぼくは千代ちゃんにあの友人たちを紹介したかったんだ。


「千代ちゃん、ひどいじゃないか。せっかく友人が来てくれたんだから、もう少し話に乗ってくれても……」

「……ごめんなさい」


 ぼくが言い切るより早く、後輩はぺこりと頭を下げた。

 あ、いや。そんなにちゃんと謝られると、どうにも反応に困るというか……。

 頭を()きつつしばらく待っていたけど、彼女はなかなか頭を上げてくれない。


「あの、千代ちゃん。もういいから顔を上げて。ね?」


 彼女の肩に手を置くと、その上に彼女も手を重ねてきた。やわらかくて温かい、女の子のちいさな手の感触に、思わずどきっとしてしまう。すると彼女は指二本を曲げて、ぼくの手の甲をつまみ――


「いたたたっ。ちょ、千代ちゃん。何するんだよっ」

「私は謝りました。だから有楽先輩も謝ってください」


 手をつねられて情けなく悲鳴を上げるぼくに、千代ちゃんは言う。


「さあ早く。誤ったら謝るべきです」

「ぼくが何を誤ったっていうのさ」

「気づかないのはもはや罪です。有楽先輩は罪人ですよ」

「ほんとに分からないんだって! いたた、ごめん。ごめんなさいっ」


 わけも分からず謝ると、ようやく千代ちゃんはその手を離してくれた。手の甲を見ると、彼女の指の形に赤く腫れてしまっている。この後輩、たまにものすごい力を発揮するときあるよな……。

 手をさするぼくに千代ちゃんは背を向け、独り言のようにぽつりとこぼす。


「……あんまり他の人を連れてこないでくださいよ」

「え? 何か言った?」

「人の心がまったく分からない人って本当にいるんですね、と言いました」

「へえ、そんな人いるの? 誰?」

「本人の名誉のために誰とは言いませんが、名前に日比谷有楽の付く人です」

「言ってるよねっ? 完全に名指ししてるよね、それ!」

「ところで友人の話って何ですか?」

「このタイミングで訊くのっ?」


 もう遅いよ! 二人とも帰っちゃったし。

 別段残念がるふうでもなく、「そうですか」と千代ちゃん。鞄を手に取って立ち上がり、ついでとばかりにぼくのリュックも反対の手で持ち上げる。


「結構重たいですね。もっとスカスカだと思ってました」

「どういう意味だよ。これでもちゃんと毎回持って帰ってるからね」

「あ、頭の話です」

「本当にどういう意味だよ!」


 ぼくにリュックを手渡すと、千代ちゃんは空いた手でぼくの制服の袖をつまむ。

 そこには手の甲をつねったときのような強さはなく、ちょっと大きく腕を振ればすぐに引き離せてしまうような危うさだけが、ぼくの腕に伝わってくる。


「……先ほどのお二人は、明日もみえるんですか?」


 どこか不安そうな眼差しで問う後輩に、ぼくは首を振る。


「今日はたまたま教室で部活の話になって、その流れで連れてきただけだからね。もうしばらくは来ないと思うよ。まあ二人とも千代ちゃんのことを気に入っていたみたいだし、ひょっとしたら来ちゃうかもしれないけど」


 そこでふと思い出す。


「そういえば千代ちゃん。さっきあの二人に名前を訊かれたとき苗字を教えていたけど、あれってどういう……」


 苗字で呼ばれたくないと言ってた彼女が二人にはそう呼ばせるなんて不思議だなってずっと思っていたんだ。

 すると彼女はいつもどおりの無表情に、ほんのちょっぴり不機嫌な色を足して、


「有楽先輩はやっぱり罪人ですね」

「なんでっ? 訊いただけじゃん!」

「こっちに来ないでください。罪人が移ります」

「移らねえよ! てか袖を引っ張りながら逃げないでっ」


 あれ? そういえばさっき、どこかで罪人がどうのって話をしたような気がするけど……。何の話をしてたときだったかな。思い出せないや。


「ほら、先輩。もうすぐ下校のチャイムも鳴りますし、そろそろ帰りますよ」

「そうだね。帰ろうか」


 思い出せないものは仕方ない。

 ぼくは今日も後輩と並んで歩き、部室を後にするのだった。

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