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春風吹き抜けて  作者: alice
春~Printemps~
7/30

7,止まない雨

 いよいよエマとスリジエの二人は梅雨にやってきました。朝ガストンの家を出発し、歩き始めてすぐの頃はまだ晴れていたのですが、段々と雲が空に浮かび始め、小雨になり、ついには大雨となりました。でも2人にはガストンに作ってもらった傘と長靴があります。へっちゃらです。


「エマ、寒くはないですか?」


 スリジエが聞いてきます。


「大丈夫よ。だって私、ついこの前まで冬の季節で生活していたんですもの。これくらいの寒さで根をあげていたら、ママのお手伝いなんか到底できっこないわ。」


 なんとも頼もしい言葉でエマは言いました。梅雨を進んでいるとだんだん地面がぬかるんできました。スリジエが言っていた通りです。


 綺麗なオレンジが泥で汚れてしまっているわ。でも可哀想だけど仕方のないことよね。だって長靴は水溜まりから私を守ったり、泥を私の代わりに被ってくれるのが役割なんですもの。その役割を可哀想というのは良くないわ。だからこう言ってあげましょう。


「長靴さん。私を守ってくれてありがとう!」


「突然どうしたの?エマ。」


 スリジエが聞いてきます。


「だって長靴さんは私を泥から守ってくれているんだもの。だからありがとうって言いたくなったの。」


「そうだったのね。エマは道具にも優しいのね。」


「うん。」


 エマとスリジエはどんどん進んでいきます。すると色の無い梅雨の景色に鮮やかな白、紫、青の色が左右に広がり始めました。


「紫陽花だわ!なんて綺麗なのかしら。」


 エマは言います。


「そうですね。梅雨の時期に咲くとても綺麗なお花です。梅雨の時期は太陽も隠れしまう日が多く光が少ないので、木々の緑や空の青が薄くなってしまいますが、逆にその薄れた風景だからこそ、紫陽花の美しさをより一層引き立てていると思います。エマは紫陽花のこと好きですか?」


 スリジエはエマに聞きます


「もちろんよ!こんな綺麗な花が梅雨にだけにしか咲かないなんて勿体ないと思うくらいだわ。だから私、紫陽花の花を家に持ち帰って頑張ってずっと咲き続けられるようにお世話をしたことがあるの。でも数日経ったら枯れてしまったの。すごく悲しかったわ。」


 紫陽花を育てるときはたくさん水をあげなくてはなりません。ですが水のやりすぎにも注意が必要です。きっとエマは水をあげすぎてしまったのでしょう。それがエマの優しさでもあるのですけどね。


 またしばらく歩いていると前の方から動物の泣き声が聞こえてきました。


 ゲコ ゲコ ゲコ。


 エマはその鳴き声を知っています。


「カエルの泣き声だわ!」


 泣き声は段々と大きくなってきています。エマ達の方へ向かってきているようです。そしてエマの右にある小さな茂みから、手のひらサイズのカエルが出てきました。それを見てエマはこう言います。


「カエルの背中に殻が乗っているわ!」


 そうなのです。カエルの背中にはカタツムリがいつも背負っている殻が乗っかっていたのです。


「おいらの殻がそんなに珍しいかい?ここじゃあ珍しくもなんともないよ。」


「そうなの?私が見たことあるのは殻の無いカエルだけよ。殻を背負っているのはカタツムリ。」


「なんだって?あいつらが殻を背負うなんて、ここじゃあとてもありえない。殻を背負うのはカエルのおいらの役目さ。」


 カエルは自信満々に言います。


「そうだったのね。ごめんなさい失礼なことを言って。私エマ、そして桜の精霊のスリジエよ。よろしくね。」


「おいらはグレゴワールって言うんだ。よろしくな。ところでもしかして君たち、梅雨を抜けるつもりかい?止めといた方がいいと思うよ。」


「まぁ、それはどうしてかしら?」


「ここはまだ雨の弱い場所だからいいけど、もう少し進んでいくと雨がとても強くなって、とてもじゃないけど進むことができないんだ。カエルの俺が無理って言うんだから、絶対人のエマも桜の精霊様でも無理だよ。」


 スリジエが以前言っていた通りです。何かが夏へ向かうのを邪魔している。そしてその正体は激しい雨だったのです。


「どうしましょうスリジエ。カエルさんの言う通りだったら、私たち夏にいくことができないわ。」


 スリジエは少し考えると言いました。


「もし激しい雨を降らせているのが梅雨の精霊だとしたら、彼女のもとに会いに行けば何とかなるかもしれません。」


「梅雨の精霊さん!それってスーみたいにとっても可愛くて、魔法も使える子なの?」


 エマは梅雨の精霊さんに興味津々です。まるで町のスイーツ屋で新作のスイーツを見つけたときのように興味津々です。


「そうですね、容姿は私に似ていて羽も生えています。大人しい子ですがとても愛くるしいですよ。」


 スリジエの言葉を聞いてますます期待が高まります。


「梅雨の精霊に会いたいわ!一体どこにいるのかしら?」


「おそらくあそこでしょう。」


 スリジエは空の方を指さします。


「それってお空の上ってこと?それじゃあ私はいけないわ。今までで空を飛んだことないんだもの。あるのは夢の中だけよ。夢の中で会えないかしら。私梅雨の精霊に会うためなら。こんな場所でだって寝てみせるわ。」


「大丈夫ですよ。エマにはガストンさんからもらった傘があるじゃないですか。」


 スリジエは笑顔で答えます。


「傘?確かにとっても可愛いし、私を雨から守ってくれているけど、それ以上のことが傘にできるなんて聞いたことないわ。ましてや空を飛ぶなんて。」


「それができるのですよ。私と一緒にいればね。さぁエマ、準備はいい?」


 スリジエは言います。するとグレゴワールが言いました。


「おいらも梅雨の精霊様の所へ連れて行ってくれ!この激しい雨のせいで、あっち側にいる友達と離れ離れになってしまったんだ。だからおいらもお願いしに行きたい!」


 スリジエは答えます。


「それではグレゴワールさん。エマにしっかり捕まっていてください。エマはしっかり傘を握っているのですよ。」


「分かった!」


 エマはぎゅっと傘を力強く握ります。そして同じように目もぎゅっとつむりました。


 “風よ舞え”


 スリジエが言の葉を唱えました。そしてエマの周りに上昇気流が生まれます。


「エマ!飛んで!」


 スリジエが叫びます。エマはスリジエの声に従って思いっきりその場でジャンプしました。いつもならすぐ後にまた足と地面がぶつかります。ですがその感覚は全然感じられません。エマは片目だけを開けてみることにしました。


 うわぁ!


 目を開けるとエマはもう地上から春の城の高さよりも高い位置にいました。しかもまだまだ上昇していきます。エマは360度のパノラマ風景を目に焼き付けていました。西南の方角にはあんなに大きかった春の城が米粒くらいの大きさになっています。ガストンの家はもう見えません。そして梅雨の向こう側には目で見てわかる程の大きな風が吹いています。あれが春と夏の境界で吹く薫風です。そして春の外の世界は地平線まで続く空が広がっていました。高い位置から見下ろすと春の地域が扇形をしているのがよくわかります。


 そしてついに梅雨の分厚い雲を抜けました。今の時間は昼の2時ごろなので太陽もまだまだ元気に雲を照らしています。エマはこの神秘的な景色をできるだけ目に焼き付けようと大きく目を見開いていました。


 本当にすごいわ、今まで見てきたどの景色よりも素敵かもしれない。私が空を飛んだのよってママに話したら信じてくれるかしら。また夢のお話でしょ?って言われたら、もっといっぱこの時のことをお話して信じてもらうわ。最後にはママも信じてくれるはずよ!その時ママは私の目を見て本当だって気付くんですもの。私の目の中にあるこの景色を。だからしっかり見ておかないと!


「エマ、グレゴワールさん。もうすぐ着きますよ。」


 スリジエは言います。そして上昇気流が弱くなっていき、ついになくなってしまいました。ですがエマは真っ逆さまに落ちることはありませんでした。しっかり足に何かを踏みしめている感覚があります。


「ついたのか?おいら怖くてずっと目を閉じていたんだ。俺だってよくジャンプして自分の背丈の10倍くらいは飛べるけど、こんなに飛んだのは初めてだったら。」


 グレゴワールがそういうとエマはこう返しました。


「まぁ!グレゴワールさん、すごく勿体ないことをしたわね。素晴らしい景色だったのよ。でも安心して、帰りにもう一度チャンスがあるから、その時は一緒に外の景色を見ましょう。」


「本当かい?それじゃあもし帰りに、おいらがまた同じように目を瞑っていたら目を開けてもらえないか?」


「お安い御用だわ。」


 エマとグレゴワールがお話しているとスリジエは二人に向かって人差し指を口元に持ってきました。静かに、というジェスチャーです。そして2人が話すのを止めると、スリジエはまた振り返り、何もない場所に向かって言いました。


「梅雨の精霊よ。私は桜の精霊のスリジエです。姿を見せてはいただけませんか?」


 するとどこからか声が聞こえてきます。でも上下左右どこから話しているのかわかりません。心の中に直接入ってくるような声でした。


「ごめんなさい桜の精霊。今は誰とも会いたくないの。」


 今にも消えてしまいそうな悲しい声が、3人の心に響きました。


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