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春風吹き抜けて  作者: alice
春~Printemps~
6/30

6,休暇中の職人さん

「見えてきましたよ。」


 スリジエが高いところに飛んで教えてくれました。


「やっとね!さすがに疲れちゃったわ。職人さんの所に着いたらすこし休憩したいわ。」


「そうですね。休ませてもらえるか聞いてみましょう。」


 エマとスリジエの2人はアンドレに教えてもらった道を進み、途中フランク、フランツ、フレデリックの3人の小人に会って少し時間がかかりましたが、無事に職人さんがいるという家に到着しました。周りは緑の木々に囲まれていて、森の中に佇む静かな場所でした。

エマが家の玄関に向かうと、扉には木の札が掛けてあり、こう書いています。


“お休み中”


「職人さんがお休みしていては、傘と長靴を作ってもらえないわ。そうしたら梅雨も越せないじゃない。」


 それはとってもまずいことです。まだ春すら超えていないのですから、なんとかして職人さんに会って話を聞いてみなくてはなりません。


「ごめんください!職人さん。いませんか?」


 エマは扉を叩いて呼びかけます。すると中から人が歩く音がしてきました。


 よかった!職人さんは中にいるのね。もしお休み中で旅行なんかに行かれていたら、いつ梅雨を超えられるかわかったものじゃないわ。だって、もしかしたら旅行先が楽しすぎて帰るのを止めちゃっているかもしれないもの。


 玄関の扉が空くと、中から髭の長いおじさんが出てきました。それはもうとても長い髭です。腰まで届くくらいの長さです。


 私の髪の毛よりも長いかもしれないわ。でもどうして頭の方より髭の方が長いのかしら。もしかしたら昔頭をひっくり返してしまったのかもしれないわ、それだったら髪よりも髭の方が長いのも納得よ。


 そう考えていましたが、その気持ちを飲み込んでまずは挨拶をしました。


「こんにちは、私エマっていうの。こっちは桜の精霊のスリジエ。あなたが職人さん?」


 おじさんはかすれた声で答えます。


「職人かどうかは分からないけど傘と長靴は作ることはできるよ。でも今はできないんだ。ごめんね。」


「それってお休み中だからってことかしら。それならいつお休み中は終わるの?」


「それはお休みが終わるときさ。残念ながら私のお休みはまだ続いているのだよ。だから君たちの助けにはなれないんだ。」


 するとスリジエが前に出てきて言います。


「職人さん。私たちはどうしても冬に行かなくてはなりません、そうしなければ、冬の季節がどんどん長くなってしまい、バランスが崩れてしまいます。それを止めるために私たちは旅をしているのです。どうかお願いできませんか?」


 スリジエは丁寧に自分たちの状況を説明しなんとか傘と長靴を作ってもらえないかとお願いします。


「すまないね。たとえ桜の精霊様でもダメだ。」


 どうやら効果は無いようです。するとエマの頭の中には、この前読んだ本の一文が浮かんでいました


“押してダメなら引いてみろ”


 覚えたことをなんでも実践したくなるのが子供というものです。実は以前エマが言っていた「舌を巻く」も同じ理由だったりします。


「わかったわ。もう一つお願いがあるのだけれどいいかしら?私たち春の城からここまで休み無しで来ていてもうクタクタなの、もしよかったら休ませてもらえないかしら?」


 おじさんは答えます。


「それくらいなら構わないさ。2回の奥の部屋が空いているからね。好きに使うといいよ。」


「ありがとう、えっと。」


「ガストンだ。」


「ありがとう、ガストンさん!」


「ありがとうございます、ガストンさん。」


 二人は感謝の言葉を述べると、家の中へ入りました。家は2階建ての木造建築になっていて、一回にリビングとキッチン、そしてお風呂とトイレがあり、二回にはガスパルさんの寝室と客間が一つありました。春の城ほどではありませんでしたが、エマにとってはこの家も豪邸のように見えました。


「ガストンさん。この家とっても広くて素晴らしいわ。部屋も多いし、それに桜の香り?」


「そうさ、この家に使われている木はすべて桜の木を使っていてね、私が2年ほどかけて作ったんだよ。桜の香りを嗅いでいるとすごく安心できるんだ。そしてここが私のくつろぎの場所。」


 ガストンが指さした先には、ゆりかご椅子が置いてありました。


「私はね、ここで本を読みながら過ごすのが大好きなのさ。時間を忘れて本を読んで、疲れたら昼寝をする。素晴らしいと思わないかね。」


 エマはガストンの生き方を羨ましく思いました。一日中のんびり暮らせるなんて、これ以上の幸せは無いかもしれません。家では毎日マリーのお手伝いをしなければなりませんし、お勉強もちょっとはしています。一緒にご飯を作ったりするのは楽しくて好きですが、この前のような水汲みや、薪割はちっとも楽しくありません。それと比べてしまうとガストンさんの生き方はとても羨ましいのです。するとスリジエが言いました。


「ではなぜガストンさんは職人と呼ばれているのですか?一日中のんびり暮らしていては、ものを作る暇もないでしょう。」


 確かに不思議です。そもそもガストンはいつからお休みに入っているのでしょうか。


「ねぇガストンさん、あなたはいつからお休みを始めているの?」


 ガストンが答えます。


「確か5月に入ってからずっとだったような気がする。それ以前は俺もちゃんと働いてたんだけどな、5月に入ったら急に疲れちまってよ、休むことに決めたんだ。」


 それってあれじゃないかしら。


 エマは喉の所まで言葉が出かかりましたが、どうしても思い出せません。


 あぁ。じれったいわ!あと数センチなのに中々割れてくれない薪くらいじれったいわ!


 するとスリジエはエマの出かかっていた言葉を代弁してくれました。


「ガストンさん。それは所謂「5月病」というものではないでしょうか。」


 それを聞いたガストンさんは言います。


「そうか俺は病気にかかってたんだな。それじゃあ治るまで安静にしてなきゃいけないな。」


 そう!「5月病」だわ!


 やっと思い出したエマはとても晴れやかな気分になっていました。皆さんもありませんか?あとちょっとの所で引っかかっていたものが、スポンと気持ちの良い音を立てて抜けたときの気持ち。そしてエマはもう一つ重要なことを思い出しました。


「ガストンさん。5月病は病気じゃないわ、仕事をしたくないっていう気持ちが体を縛り付けているだけよ、だから大丈夫。5月病なんてすぐに治るわ。」


 ガストンは言います。


「そんなこと言ったって、今までずっとやる気が出なかったんだ。もうきっと一生やる気なんて出ないかもしれない。」


 エマはだんだんイライラしてきました。それも仕方のないことです。この頑固なおじさんは何か理由をつけて仕事をしたくないことを正当化しているだけなのですから。エマは少し怒った声で言いました。


「ガストンさん!私本当は言いたくないのだけれど、本当よ?だってガストンさんは傷ついてしまうから。でも私は言わなきゃならない。あなたの言っていることはただのわがままよ。いつまでも言い訳ばっかりして自分の殻に閉じこもっていてはだめ。もしその殻を自分の力で破れないなら、私が代わりに破ってあげる!」


 エマはマリーのことを思い出していました。マリーはとっても優しくて愛にあふれるお母さんでしたが、エマが悪いことをするとその時は必ず叱りました。今、エマにはマリーの気持ちが少しわかったようでした。ダメなものはダメと言ってあげる勇気。それをエマは手に入れたのです。そして走って玄関の扉にかけられている木の札を取ってきて、ガストンの前に見せました。


「あなたのお休みはこれで終わり!」


 エマはその札を地面に叩きつけました。そして木の板は真っ二つに割れてしまいました。決してエマの力が強かったわけではありません。エマはこの世界にきて筋肉隆々の女の子にはなっていませんからね。ただ札が薄かっただけです。それを見たガストンは言いました。


「あぁ…そうか、私の休みはもう終わりなのか。ありがとうエマ。私の目を覚まさせてくれて。君がその札を地面に叩きつけてくれたおかげで気づいたよ。自分が逃げていただけだってことにね。」


「それじゃあ!私たちの願いを叶えてくれる!?」


「もちろんだ。早速仕事に取り掛かることにするよ、傘と長靴だったね、何か希望はあるかな。」


 エマとスリジエはそれぞれ希望を言いました。


「傘はオレンジ色にしてほしいわ!それと長靴も同じ色で。私オレンジタルトが大好きなの。だからオレンジでお願いするわ。」


「傘の色は優しいグリーンでお願いします。飛んでいられるので長靴はいりません。」


 エマはスリジエの希望を聞いてすごく嬉しくなりました。歩いていた時に話していたことを実行してくれたのですから。


「スーなら絶対に会うわ!私が保証してあげる。」


「ありがとう、エマ。それもこれもエマのお手柄ですよ。」


 エマとスリジエは互いに笑い合いました。それを見ていたガストンも不思議と笑顔が溢れてきます。やっぱりエマには魔法が使えるようです。


「それじゃあ明日にはできるはずだから、今日はゆっくり休むといい。」


 ガストンが言います。


「ありがとう!」「ありがとうございます。」


 二人はガストンに感謝の言葉を述べました。そして借りた部屋に入るとスリジエはエマに言いました。


「エマ、今日はありがとう。エマのおかげでガストンの心を目覚めさせることができた。やっぱりあなたは凄いわ。」


 エマはそれを聞いて背中がむず痒くなりました。そういえばマリーに聞き忘れていたことがあったのでスリジエに聞いてみることにしました。


「なんだかそう言われると背中が痒くなっちゃうの。なんでかしら、前にプランタンに褒められた時も痒くなったわ。ねぇスリジエ、どうしてかわかる?」


 スリジエは答えます。


「おそらくそれは「照れ」だと思います。エマは今照れているのです。」


 そうだったのね。もしかして顔が赤くなるのも照れなのかしら。私ばっかり照れを見られてなんだか癪だわ。そうだ、スリジエを照れさせてみましょう。


「スリジエの傘と長靴、絶対似合うと思うわ。だってこんな綺麗で可愛い顔なんですもの、似合わないわけがないわ。」


 さぁスリジエの反応は?


「ありがとうございます。明日が楽しみになってきましたね。」


 エマは知っています。「ポーカーフェイス」というやつです!やっぱり大人はエマよりも一枚も二枚も上手なのです。でもだから子供よりも大人が優れているというわけでもありません。まさにエマは今それを体現しているのですから。


 そのあと眠くなるまでお喋りしましたが、スリジエの照れ顔は一度も見ることができませんでした。




「出来ているよ。」


 次の日の朝、エマとスリジエはガストンから傘と長靴を受け取りました。


「とっても綺麗!それにオレンジタルトのキーホルダーまでついているわ。」


 キーホルダーは傘の持つ部分にぶら下げられていました。そしてスリジエの傘にはトレンドマークの桜の花のキーホルダーです。


「とても気に入りました。ガストンさん。本当にどうもありがとうございます。」


 スリジエが言いました。


「気にしないでくれ。むしろ感謝するのは私の方なのだから。エマさん、スリジエさん、ありがとうございます。これ、長靴を履いた時に今履いている靴を入れるリュック。エマさんが担ぐと思うので色はオレンジにしたんだ。」


 リュックを受け取ると、エマは言います。


「ありがとう!ガストンさん。それじゃあ私たちそろそろ行くわね。さようなら!」


「さようなら、ガストンさん」


「あぁ、さようなら。」


 エマとスリジエはガストンと別れの挨拶を済ませて家を出ます。やっと梅雨を抜ける準備が整いました。エマとスリジエは梅雨に向かって歩き始めました。


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