5,嘘をつく小人
エマとスリジエは石畳の道を歩いていました。春の城を抜けて道なりに進むと看板が見えてきました。「←春の城行き、梅雨行き→」と書いてあります。
「ここ、春の城へ向かう途中に来た道だわ。今度は前と逆側に向かっていくのね。」
エマは言います。
「そうですね。まずは春から夏へ向かわなくてはなりませんので梅雨は必ず通ることになります。長い旅になりますのでしっかり準備をしなければなりませんね。」
スリジエは言います。
「準備って?」
「梅雨は年中雨が降り続けていますし、地面がぬかるんでいますので、傘と長靴は必ず必要ですね。」
「そうね。傘があれば服が濡れなくてすむし、長靴があれば大きな水たまりだってへっちゃらよ。」
エマは雨の日は好きではありませんでしたが、嫌いというわけでもありませんでした。
「私ね、雨の日に家の中にいるとなんだか楽しくなってくるの。外にいる動物や木々たちは雨でびしょ濡れになっているのに、私は全く濡れていない。なんだか特別な感じがしないかしら。でもやっぱり太陽が出ている方が好きよ。いつだって太陽に会いたいよう。」
「…。」
…さすがスリジエ、ここは華麗にスル―です。やはりエマよりもお姉さんですから、そこら辺はわきまえています。加齢だけに。…さっ、次にいきましょうか。
「梅雨に入る手前に傘と長靴を作る職人さんがいると聞いています。その方にお願いして作ってもらいましょう。」
スリジエは言います。
「どんな傘を作ってもらおうかしら。やっぱり服と同じで桜色かしら?それとも私の好きなオレンジなんかもいいと思うの。スーは何色が好き?」
エマは質問します。
「そうですね。やはり桜の色でしょうか。私は桜の精霊なので。」
「ふぅーん。なんだかつまらないわね、桜の精霊だから桜色が好きだなんて。もっと違ってもいいんじゃないかしら?例えば、そうね。スーに合う色は…緑なんてどうかしら?とっても似合うと思うわ!」
「そうでしょうか。では職人さんに会えたら頼んでみましょう。」
「それがいいわ!職人さんに会うのが楽しみになってきた。」
それからもエマとスリジエは他愛のない話をしながら石畳の道を進んでいきました。
しばらくすると、道の右手の木にウグイスがいるのを発見しました。ですがエマはウグイスを見たことはありません。そこでスリジエに聞いてみることにしました。
「ねぇスー、あの鳥はなんていう名前なのかしら。」
スリジエは答えます。
「それなら、直接聞いてみるのが一番でしょう。もし?」
スリジエはウグイスに向かって呼びかけました。エマはとても不思議でした。なぜなら鳥が人の言葉を理解することは無いと知っていたのです。エマも今よりもっと子供のころ、山の動物や植物に話しかけたことはあります。ですが返事をしてくれたことは一度もなかったのです。ですがこの世界の動物は違うようでした。
「お、桜の精霊さんじゃないですか。どうしました?」
「こんにちは。質問があるのだけれど、お名前を聞かせてくれないかしら?」
「俺の名前かい?俺はアンドレって言うんだ。君は何て言うんだい?」
エマはとても驚きました。
「鳥さんがお喋りしているわ!それに名前まであるなんて。」
アンドレはこう返します。
「そりゃあそうだよ。みんながみんなウグイスって呼ばれていたら、誰が誰だかわからないじゃないか。お嬢さんだって「おい人間」って呼ばれたら、君に対して言われた言葉なのか、君の隣の人に対して言われた言葉なのかわからないだろう?そのためのアンドレさ。」
エマはとても感心しました。「エマ」という名前にはそういう役割もあったのだと。確かに「おい人間」と呼ばれてあまりいい気はしません。ちゃんとエマという名前があるのですから。
そんなことまで考えて私にエマって名前を付けてくれたなんて。やっぱりママはすごいわ!
家に帰ったらマリーにありがとうを言わなくてはとエマは思いました。
「こんにちはアンドレさん、私エマっていうの。よろしくね。」
エマはアンドレに言います。
「よろしくな、エマ。それで、二人はどこへ向かっているんだい?」
アンドレが質問するとエマは答えます。
「私とスーは、まず夏に向かおうとしてるの。その為に梅雨を超えなくてはならないから職人さんに会いに行くところよ。」
「そりゃあいい。俺は近道を知っているんだ。みんなは知らないけど俺だけが知っている秘密の抜け道、通り道。今なら特別に教えてあげてもいいぞ。」
「本当に!?ありがとう!スー、これで職人さんの所まですぐ行けるわ!」
エマはスーに言います。でもスーはすこしアンドレを疑っています。
「その道というのはどんな道なの?」
アンドレは答えます。
「それを答えることはできないよ。だって秘密の道なんだから。秘密は知らないからこそ秘密なんだ。知ってしまってはもう秘密じゃない。ただの道さ。」
「じゃあどうして私に秘密の道を教えてくれようとするの?」
エマは尋ねます。
「俺は秘密が嫌いなんだ。秘密なんて、持っていていいこと一つもない。話したくても秘密だから話せない。こんなに辛いことは無い。俺はもう自由になりたいんだ、秘密を持たない自由をね。」
「確かにそうね。私も前に一日一個のジャガイモをお腹が空いて二個食べちゃったことをママに秘密にしていたことがあるの。その時はとっても幸せだったのだけど、あとから何だか悪いことをしたと感じるようになってしまって。結局ママに謝ったわ。」
「それと同じさ、だから俺は特別に二人に教えたいって思ったわけ。どうだい?俺を助けると思って秘密を聞いてはもらえないかい?」
助けてと言われては助けたいと思うのがエマの優しさです。スーもエマの気持ちを尊重してくれました。
「ありがとう、エマ。秘密の道はここからまっすぐ東に向かうと見えてくる。この石畳は北東に向かって伸びているから、少し右を向くんだ。そうすれば東に向かって歩くことができる。」
「ありがとう、アンドレさん。それじゃあ私たち行くわね!」
「おう!頑張ってな!」
エマとスリジエはアンドレと別れます。ここから先は石畳で整備された道ではなく、土や草の地面を通らなければなりません。エマは足元に気を付けて進みます。そうしてしばらくすると、道のようなものが見えてきました。地面は土でしたが、木々の枝のアーチが架けられています。もう木の枝に桜の花は咲いていません。
「きっとここが秘密の道ね。もう秘密ではないのだからただの道か。」
「暗くなる前に抜けてしまいたいですね。」
「そうね。太陽も沢山の木々のせいで隠れちゃっているし、なんだか少し怖いわ。」
二人はなるべく急いで移動し始めました。そして進んでいくとまた桜の木が見え始めました。春の城の周りの桜よりは一回り小さいですが、それでも十分綺麗です。そして桜の木の下でなんだか盛り上がっている声が聞こえてきました。近づいてみると小人3人が飲み物を飲みながら騒いでいます。
「こんにちは。」
エマは声をかけます。
「おい聞いたか?可愛い声で「こんにちは。」って聞こえたぞ。いよいよ幻聴が聞こえてきやがった。」
「本当かい兄さん?俺には何にも聞こえないぞ。もっと飲めば聞こえるかな。」
「待て待て2人とも、少し冷静になれって。もしかしたら本当に客人かもしれないだろう?一度当たりを見渡し―うぉぅ!」
やっと一人が気づいてくれました。改めて挨拶をします。
「こんにちは、私はエマ。ねぇあなたたち、梅雨にはどちらの方向へ行けばいいかわかる?これ以上道らしい道はないのよ。」
すると一番小さい小人が答えます。
「知っているともよ。なあ2人とも。」
「「知っているぞ。」」
中くらいの小人と一番大きい小人も答えます。
「本当!?それじゃあ教えてもらえないかしら。私たち急いでるの。」
急いでいるのにはもう一つ理由がありました。3人の小人の吐く息がとても臭かったのです。なんだか目の前がくらくらしてくるような、そんな感じでした。エマはこの3人から早く離れたい思いで必死です。
「「「それはこっち!」」」
3人が一斉にそれぞれ違う方向を指さします。小さな小人は北を、中くらいの小人は南を、そしてあろうことか一番大きい小人は来た道の方向を指したのです。
「もう!三人とも違っていてどれが正解かわからないじゃない!」
エマは小人に対して怒りました。誰が嘘をついていて誰が嘘をついていないのか、全くわかりません。
「あぁごめんごめん。それじゃあもう一回。」
「「「こっち!」」」
今度もそれぞれがちぐはぐな方向を指さしました。これにはエマもカンカンです。
「あなたたち!そんなに嘘をついて楽しい?私は全然楽しくないわ。あなたたちの笑顔はとても可愛らしくて素敵だなと思うけど、そんなに嘘ばっかりだと全然素敵じゃないわ!」
エマの怒鳴り声に3人の小人は少し申し訳なさそうにしています。するとスリジエがエマに声をかけました。
「エマ、3人がまだ指していない方向が一つだけあります。3人が全員嘘つきなら、もしかしたらそれが正解なのかもしれません。」
そのとおりです。3人は2回とも別々の方向を指さしましたが、まだ指していない方向があります。
「わかったわ!正解は「東」なんでしょ!」
エマが大きな声で言いました。
すると3人の小人は口をそろえて言いました。
「「「正解!」」」
一番大きい小人が立ち上がっていいました。
「ごめんね、エマさん。少し意地悪しちゃって。でもそれには訳があるんだよ、実は今日はエイプリルフールっていう一年に一回嘘が許される日なんだ。だから少し嘘をついてしまったんだ。」
そういうと座っていた残りの2人の小人も立ち上がって言いました。
「「ごめんなさい。」」
理由は分かりましたが、エマはまだ納得がいっていないようです。あれだけ馬鹿にされたのですから無理もないでしょう。
「たとえ一年で唯一嘘をついていい日だとしても、人を馬鹿にしたような嘘はいけないと思うわ。もっと優しい嘘をつきましょうよ。そうね、こういうのはどうかしら。大切な友達がある日料理をご馳走してくれました。でも一口食べてみるととっても不味いの!でもそのまま不味い、なんて言っちゃったら可哀想だから、優しい嘘をつくの。「美味しい!」ってね。そういう嘘なら私、好きよ。」
「そりゃあいい!そんな嘘があるなんて知らなかった!」
と中くらいの小人は言います。
「本当だ!それならみんな幸せだ!」
と一番小さな小人は言います。
「ありがとう、エマさん。これからはエイプリルフールの日には私たち3人優しい嘘をつくようにするよ。」
と一番大きな小人が言います。
「それならいいと思うわ。」
エマは答えます。
「さぁ、エマ。3人に挨拶をして先に進みましょうか。」
スリジエはエマに言います。
「そうね。あ!いけない。まだ3人の名前を聞いていなかったわ。さっきアンドレに言われたばかりなのに。ねぇお名前は何て言うのかしら。」
エマは3人に尋ねます。
「一番大きいのがフランク、中くらいのがフランツ、一番小さいのがフレデリック。俺たち兄弟なんだ。今日は3人で花見をしていたんだ。」
フレデリックが答えます。
「フランク、フランツ、フレデリック。なんだかとっても言いやすい名前ね。それじゃあフランク、フランツ、フレデリック、さようなら!」
「「「さようなら!」」」
エマとスリジエは3人の小人に別れを告げて東へ向かって歩き始めました。目指すは職人さんがいる場所です。