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春風吹き抜けて  作者: alice
春~Printemps~
3/30

3,桜の精霊

 まだ話していませんでしたが、エマは早起きが苦手です。毎日マリーに起こされて何とかベッドから出てくるのですが、冬の季節はそのやり取りが倍に増えます。ベッドの中は天国です。それから家の中、家の外へ行くにしたがって天国から離れていってしまうのですから、エマはなんとか天国に留まるよう起きないのです。


 ところが今回はいつも起こしてくれるマリーは居ません。それも当然、エマはもと居た世界とは違う場所にやってきたのですから。ここは春、時間は朝9時ごろといったところでしょうか。いつものエマならもう起きている時間です。ですがエマは未だに起きようとはしません。なぜならエマが寝ている場所はとても居心地、いや寝心地が良い場所だったのです。


 春の暖かい風が吹き抜ける小さな丘の天辺で、原っぱベッドと桜のカーテンに包まれてエマは寝ていました。桜の木が太陽の光を遮ってくれているので眩しくありません。


 さぁ、もうそろそろ起きなくては。物語が進みません。それにいつまでたっても冬が終わらなくなってしまいます。やっとエマは目覚めました。


「ふぁーぁ。おはようママ。私、夢を見ていたみたい。プランタンが出てきて春を取り戻してって言ってる夢。」


 どうやらまだ寝ぼけているようでした。


「それにしても、なんだか今日のベッドはとってもぽかぽかで気持ちいいわ。まるで春のお日様みたいに…ってあれ?」


 やっと目が覚めてきたようです。エマはあたりを見渡します。


「ここって、外?私冬の外で寝てたのかしら。そんな事したら死んでしまうわ。そう思ったからプランタンを助けたんだもの。」


 プランタンの名前を出すと、エマの頭の中で点と点が線で結ばれました。


「ここってもしかして春?じゃあプランタンは春の魔女で春の城が近くに…。」


 すべて思い出しました。プランタンに言われたこと、自分が言ったこと。エマのやらなくてはならないことは決まっています。意を決したように言いました。


「もう少し寝かせて、ここすごく気持ちいいの。」


 さすがのエマも春の陽気には勝てなかったようでした。




「まずはあのお城を目指しましょう。」


 太陽が空の天辺に着く少し前、エマは二度寝から起き、春の城へ向かうことにしました。


 東の方角に大きな城が建っているのがはっきり確認できました。なぜならエマの頭をうんと上に向けないと城の先が見えないほど大きかったからです。たくさんのレンガが積み合わさってできている城、エマの家の使われているレンガの数と比べてみたら、きっと月とスッポンでしょう。城のレンガ部分は円柱の形をしており、等間隔で物見の窓が付けられていました。


「なんて大きな建物なのかしら。今まで一度だって見たことは無いわ。私の夢の中でだって見たことがないほどよ。」


 夢というのは見ている人の想像力によって創造されるものです。想像できないものは創造できません。ですが、これからはエマの夢の中で創造されることがあるかもしれません。どうしてって?それはエマが大きなお城を想像できるようになったからです。

―少ししつこかったですね。


 そしてレンガの城よりももっと気になる部分がエマにはありました。

 

「お城の天辺に桜の木が植えられているわ。」


 城に負けない位大きな桜の木が天辺から生えていました。おそらく桜の木の根は地面まで伸びていて、その木の周りをある程度の高さまでレンガが覆っている作りなのでしょう。


 エマが春の城に感動していると空から桜の花びらが降ってきました。


「桜が降ってくるなんて、なんて綺麗な景色なのかしら。私の住む山も雪が降る代わりに桜が降ればいいのに。そうしたら毎日だって外へ出て、薪割も水汲みもなんでも喜んでやるわ!」


 城の桜はたくさんの花びらを降らせています。桜が無くなることは無いのでしょうか。エマは不思議に思いました。


「桜の精霊に会えたら聞いてみようかしら。」


 エマは春の城に向かって歩き始めました。しばらく歩くと石畳が現れ、親切なことに「←春の城行き、梅雨行き→」という看板まで立ててありました。エマは迷わず春の城行きの方へ歩き始めます。そうして城の門まで辿り着くと門番が言いました。


「どのような用件で春の城へ入りたいと申すか。」


 門番が身に着けている防具は薄い桜色で継ぎ目などは濃い赤紫色をしていました。エマは門番の言っていることそっちのけで言いました。


「あなたのその服、とっても綺麗だわ。まさに春の門番って感じがする。」


 それを聞いた門番は照れてしましました。誰だって褒められれば嬉しくなってしまうものです。


「そ、そうか。ありがとうお嬢さん。ところでここに来た理由を聞いていいかな。」


 さすがは門番、この程度では任務を忘れたりはしません。ですが物腰はかなり柔らかくなり、警戒心は解けたようでした。


「あぁ、そうだったわ、私エマっていうの。プランタン、じゃなくて春の魔女に頼まれてここまで来たの。それでここまで来たら桜の精霊を頼れ、って言われているわ。」


 エマは言います。


「なるほど、少し待っていてくれ。今確認する。」


 門番が門の左端にある大人一人入れるくらいの扉から中へ入っていってしまいました。


 別に門を開けなくてもそこから通してくれたら楽なのに。


 と思いましたが口には出しません。もし誰かに聞かれていたら恥ずかしいと思ったからです。少ししてまた門番がエマの前に現れました。


「よし、エマといったね。許可が下りたので通っていいぞ。」


 門番がそういうと門は轟音と地響きと一緒に開き始めました。とても大きな門でしたので、エマが通れる幅まで開いてもまだ動き続けます。正直エマはもう進んでしまいたかったのですが、完全に開くまで待っていました。真面目な門番さんのお仕事に水を差すのは可哀想だと思ったからです。そして完全に門が開き終わると、エマは城の中へ入っていきました。


「お待ちしておりました、エマ様。」


 城に入りまっすぐ進んでいると一人のメイドがエマを迎えてくれました。普通なら黒のワンピースに白のエプロンですが、彼女は白ではなく桜色のエプロンを身に着けています。


「こんにちは。私はエマって言うの。よろしくね。」


 エマは挨拶を忘れません。この世界に来てもマリーとの約束は忘れたりしません。初めて会う人には挨拶をする。二人の約束です。その笑顔の挨拶を見たメイドは、頬を緩め優しい顔で言いました。


「こんにちは。私はヴァイオレットと申します。よろしくお願いします。」


「よろしく、ヴァイオレット。ねぇヴァイオレット、私は桜の精霊に会いに来たのだけれど、どこにいるか知ってる?」


 ヴァイオレットは答えます


「もちろんです。彼女に会ってもらうために、私はエマ様をお迎えに上がったのですから。」


「そうだったのね。なんだかメイドのヴァイオレットと話しているなんて、お姫様にでもなった気分だわ。ありがとう!でもお姫様であり魔女でもあるなんて欲張りすぎじゃあないかしら?」


 エマは尋ねます。


「そうかもしれませんね。」


 ヴァイオレットは微笑みながら歩き始めました。そしてヴァイオレットの後ろをついていくと桜の木の根元にたどり着きました。桜の木とレンガの壁には隙間が空いており、そうすることで少しでも多く桜の木に太陽が当たるようにとの配慮なのだと、ヴァイオレットは教えてくれました。そして根元の木の一部を押し込むと、なんと扉のように空いたのです。これにはエマも驚きます。


「木の中にお城があるの?」


 ヴァイオレットは答えます。


「そうですよ。私たち春の民は遠い昔、この桜の大樹を守るために大樹の中を間借りして城を作ったのです。それが何百年、何千年と受け継がれ、今も同じように生活しているというわけです。」


 エマは答えます。


「とっても素敵なお話ね!私よくママに言われるの。「物を大切に扱いなさい。そうすれば物は長い間エマを見捨てないで助けてくれるわよ。」って。それと同じことをここの人たちは長い間続けているなんて。さすがの私も舌を巻いてしまうわ。」


「ありがとうございます。ですがそんな桜の大樹にも危機が訪れようとしているのです。」


 エマはその理由がすぐに分かりました。


「冬の魔女ね。」


 ヴァイオレットは答えます。


「その通りです。さぁ、エマ様。」


 ヴァイオレットと私は目的の場所に着いたようで、目の前には普通サイズのドアがあります。ここも門と同じくらい大きかったらどうしようとエマは内心ひやひやしていました。もしそうなったら、同じように扉が完全に開くまで待たなくてはなりません。それだけは勘弁してほしいと思っていたのです。


「うむ、苦しゅうない。」


 エマはとんちんかんな返事をします。メイドと一緒にいて気分が高揚していたのでしょう。もしお姫様の真似だとしても、そのセリフは的外れです。


 ヴァイオレットはクスッと笑うと、気を取り直して言いました。


「スリジエ様、エマ様をお連れしました!」


 そして扉から声がします。


「どうぞ、入ってください。」


 とても優しい声でした。例えるなら、エマが風邪をひいた時に優しく看病してくれるマリーの声のような、愛で包み込むような、そんなイメージの声です。


「失礼します。」


 ヴァイオレットに続いてエマは部屋に入ります。そこにはエマの顔の大きさくらいの身長の小さな女の子が、背中に着けた羽をひらひらさせながら浮いていました。


「初めまして、エマ。私が桜の精霊、スリジエよ。」


 桜の精霊は優しい声で呼びかけました。


一読ありがとうございました。

桜の精霊の名前であるスリジエ(Cerisier)は桜を意味するフランス語です。

メイドのヴァイオレット(Violet)はすみれを意味するフランス語です。


『春風吹き抜けて』に登場するキャラクターの名前は基本的にすべてフランス語からとっています。

主人公のエマ(Emma)や母親のマリー(Marie)もフランスで親しまれている名前です。

そして春の魔女プランタン(Printemps)は春を意味するフランス語になっています。

四季を扱う作品を書きたいと考えたときに、ぜひフランス語の春夏秋冬を物語に取り入れたいと思ったのが始まりです。


春を表すprintemps

夏を表すété

秋を表すautomne

冬を表すhiver


これらの言葉は後のお話に出てきますので頭の片隅にでも閉まっていていただけると幸いです。

それでは。

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