25,冬の魔女による刺客
「どうやらここが終点みたいだね。」
トムは秘密の道の先頭を歩いていました。そして平坦だった道が終わり、その先に階段が続いています。ですが出口は見えません。きっと何かで塞がれているのでしょう。
「どこかにスイッチのようなものが無いか探しましょう。」とスリジエ。
みんなでスイッチを探します。
「あったわ!」
どうやらエマが何かを見つけたようです。みんなでエマが指さしている方向に注目します。
「氷でできたレバーですか。とにかく引いてみましょう。」
スリジエがそう言うと、じゃあ僕が、とトムが言い、レバーを引きます。すると出口からゴゴゴと音がし始め、光が差し込みます。
「正解みたいね。」とリュネ。
出口が動く音が止まり完全に開くと先へ進み始めました。どうやらエマ達が出たのは食堂の様です。
どうして食堂に秘密の部屋が続いているのかしら。火事が起きたときすぐ逃げられるように?でも壁は氷よ、そんな心配しなくても火は広がらないと思うし。―わかったわ!料理人さんが食材を間違えて買っちゃったときに、この道を通って買い出しに出かけるための道なのね。この道を使えば誰にも見つからないし。
それが本当の理由なのかは分かりません。でももし本当だとしたら、ここの料理人さんは秘密の道を作ってしまうくらいミスがばれてしまうのが嫌だったのですね。なんという完璧主義なのでしょう。―ミスをしている時点で完璧ではありませんね。
「さぁ進みましょう。冬の魔女は頂上の寝室にいるようですので。」とスリジエ。
エマ達はエリカからもらった冬の城の地図を頼りに進んでいきます。そして上へ向かう階段が続くホールへと辿り着いた時、声が聞こえてきました。
「私の城に入ってくるのは誰だ!」
すごく冷たい声!聞いているだけで体が動かなくなってしまいそうになるわ。きっと冬の魔女の声だわ。
エマは必死に顔の筋肉を動かして言います。
「私はエマ!あなたに会いに来たの!」
するとまた声が返ってきます。
「私は誰にも会う気はない!誰であろうと、同じ魔女であろうとも!即刻消え去れ!帰らないというのなら。覚悟しろ!」
エマは負けません。隣にはみんながいます。ここで諦めるわけにはいきません。
「帰らないわ。プランタンとも約束したんですもの!」
エマがそう言うと、大きな氷がエマの前に集まり始めます。ある氷は胴体を、ある氷は両腕を、ある氷は足を、そして最後の氷が顔を作り出します。
「アイスゴーレム!」
スリジエが叫びます。そのアイスゴーレムはエマの体の三倍は超える大きさをしていました。踏みつぶされては一溜りもありません。
「あんなでかいのうちには無理だ!」
リュネは足に力を入れてアイスゴーレムから逃げる気満々の様です。
そしてアイスゴーレムはエマめがけて右手を突き出してきました。
「危ない!」
大きくなったトムがアイスゴーレムのパンチを食い止めます。その光景はエマからしてみれば、怪獣同士が戦っているように見えました。
「トム!」
エマがトムの名前を呼びます。その声を聞いたトムはエマに向かって叫びます。
「こいつの相手は僕に任せて!エマ達は先に行ってて!」
「でも!」
「大丈夫、僕は元々小さいぬいぐるみだけど、今は違う。こんな氷の化け物楽勝さ!必ず追いつくから!」
「エマ!ここはトムに任せて、先に行きましょう。どのみちあの大きなアイスゴーレム相手に私達ができることはありません!」
エマは一瞬目を瞑ります。そして覚悟を決めました。
「必ず追いついてね!トム!」
エマは逃げているリュネを捕まえるとスリジエと一緒に階段を上り始めました。戦っているトムを置いて行って。
トム。絶対無事でいて!
エマはトムのことを思いながら階段を駆け上がります。
階段を5階分ほど登ると長い廊下が続いていました、左右には沢山のドアがついています。ここを抜けなければ頂上へは辿り着けません。
「ここを抜ければ頂上まで続く螺旋階段です。」とスリジエ。
「うん!」
「氷の中に赤い絨毯なんてすごく幻想的よね。この景色は絶対忘れられそうもないわ。」とリュネ。
廊下を半分ほど進んだでしょうか。先行していたリュネの前に雪が降り始めました。
「ここは室内なのに、どうして雪が?」
リュネは足を止め、その雪が降る方に注目します。するとその雪が降っている天井から一匹の赤い目をした猫が降ってきました。天井まで2mはあるはずですが、とても軽い身のこなしです。
「あの猫、毛並みが白いわ!」
猫の毛並みは雪のように白く毛先が分からないほどでした。
「いいえ違います!あの猫は雪でできているようです。それに猫の周りに何かが纏わりつこうとしています。」
猫はシャーと声を挙げると、白い糸のようなものを体に纏い始めました。そして雪でできた体をすべてその糸が覆います。そしてその軽やかな身のこなしと、猫特有の瞬発力でエマの体を抑えようとします。
「危ない!」
リュネが咄嗟の反応で猫に頭突きを食らわせ進路をずらしました。
「ガルルルル。」
狙い通りにいかなかったのが気に入らなかったのか、猫は威嚇の声を挙げます。
もう一度あのスピードで来られたら、とてもじゃないけど反応できそうもないわ!
エマがそう考えた時、リュネが猫の方を向きながらエマとスリジエに言いました。
「あの猫のスピードについて行けるのはうちだけそうね。それにあの纏わりついている糸も蟹のハサミなら切ることができるかもしれない。だからここはうちに任せて先に行って!」
「そんな!」
エマはそれだけは避けられないかと必死に頭を回転させます。ですがいくら考えようと、あの猫のスピードに対処できるのは、同じくスピードのあるリュネにしかできないと分かってしまいます。そしてそれはスリジエも同じようでした。
「エマ、どうしようもありません。私達は先へ進みましょう。リュネならきっと大丈夫です。そうですよねリュネ?」
「猫の速さになんて遅れを取ったりしないよ。だからエマ、スリジエ、先に行って!」
エマは決断します。トムの時もそうでしたが、その決断は胸がとても締め付けられるような思いです。
「リュネ!ここはお願いね。上で会いましょう!」
「ええ!」
エマとスリジエは先の螺旋階段に向かって走り出します。
「シャー!」
猫がエマとスリジエの行く手を阻もうと飛びつきます。
「そうはさせない!」
その猫をリュネが必死に食い止めます。再度の頭突きです。
「エマ!行って!」
エマは駆け出します。もう後ろを振り返ることはありませんでした。
リュネ!
とうとう旅の始まりと同じ二人になってしまいました。
「そういえば最初は私とスーだけだったわね。」
螺旋階段をのぼりながらエマが言います。
「そうですね。春の城を出発して、ウグイスのアンドレに出会って、3人の小人、フランク、フランツ、フレデリックに出会って、職人のガストンさんと出会って、ブリューに出会って。」
「そこから夏を越えて秋を越えて冬にいるのよね、私達。」
「そうですね。エマはこの旅をどう感じますか?」
なんだか最後のお話の様です。昔の話をするなんて。
「すごく楽しかったわ。色々なことを学べたし、みんなにも会えた!絶対忘れたりしない思い出よ。」
「私もです。春の季節に留まり桜の管理をするだけでは決して味わうことのない貴重な経験です。だからエマ、私を連れてきてくれたあなたには本当に感謝しています。ありがとう。」
突然、こんなところで感謝の言葉を述べられてエマは照れてしまいます。
「そんな、別に大したことはしていないわ。私もありがとう。スーが春の城で一緒に来てくれるって言ってくれてすごく嬉しかった。スーは私の憧れ、大切なお姉ちゃんよ。」
「嬉しいです。」
エマもスリジエも笑顔で応えます。ですが楽しい会話はそろそろ終わりの時間になります。楽しい時間はいつか終わるのと同じように。
「―エマ!危ない!」
スリジエは言の葉を唱えます。
“風よ舞え”
エマの体が優しい春の風に包まれます。そしてエマの頭上めがけて飛んできた氷の結晶を受け止めます。
「誰です!」
スリジエは螺旋階段の上の方に向かって言います。
「そちらも精霊を連れているのか。なるほど、少しは楽しませてくれそうだ。」
螺旋階段の上から青白く輝く光が降りてきました。
「あなたは!」
「自己紹介させてもらおうか、俺は氷の精霊、グレソンだ。よろしくな。お前は…桜の精霊か?」
エマの少し上で止まったその輝きは、氷の精霊からあふれ出る氷の光でした。
「その通りです。私は桜の精霊、スリジエです。」
「やはりな、俺は冬の魔女にここまで来た邪魔者を止めるように言われているんだ。今すぐに尻尾を巻いて帰るっていうなら止めないぜ。でも通るっていうなら。」
“氷の矢”
グレソンの周りに氷が生まれ始めます。どれも鋭く尖っていて、あったらタダでは済みそうにありません。グレソンの氷を見たスリジエはエマに言います。
「エマ、グレソンは私が抑えます。あなただけでも冬の魔女に会いに行ってください。冬の魔女のもとに辿り着かなければ、トムとリュネの頑張りが無駄になってしまいます。」
スリジエは必死の表情で言います。
「スー!あなたまで私を置いていってしまうの!?あなたまでいなくなってしまったら、本当に私一人になっちゃうわ!そんなの嫌よ!」
エマとスリジエはこの旅の中で誰よりも一緒にいました。そのスリジエを置いて行かなくてはならないのは、どんなことよりも辛いことです。例え冬の魔女に会いに行かなくてはならないこの状況でも、エマにその決断をすることは出来ませんでした。
ですがスリジエは違います。スリジエはエマの憧れでありお姉さんです。スリジエはエマに笑いかけ言います。
「大丈夫です。私はエマを信じています。エマにしか冬の魔女の心を溶かすことは出来ないと、それにエマは一人ではありません。あなたの心にはこれまで一緒に旅をしてきた幸せな思い出があります。エマもさっき言っていたではありませんか。だから大丈夫。あなたは一人なんかではありません。」
エマの周りにもう一度風が纏い始めます。
「でも!でも!」
エマはこの旅で随分成長しました。だからスリジエの言っていることも十分理解しているはずです。ですが、それでも離れたくないという気持ちは無くなるわけではないのです。
「作戦会議ももうそろそろ終わってほしいんだが?」
スリジエは飛び切りの笑顔を見せて言います。
「ほら、笑って、エマ。そんな顔ではいけません。一緒に笑いましょう。そうだ先ほどの笑顔を見せてください。エマの魔法は周りを笑顔にする魔法なのでしょう?」
痺れを切らしたグレソンは氷の結晶をエマとスリジエめがけて打ち込んできます。先ほどよりも大きな氷です。もしかしたらスリジエの風の魔法も破れてしまうかもしれません。
「―わかったわ。私スーを信じる。だからスーも私を信じていて。」
ようやくエマもスリジエに笑顔を見せてくれます。その笑顔はまだぎこちないものでしたが、それでもスリジエにとっては元気をくれる笑顔だったようです。
「ありがとう、エマ。」
刹那、螺旋階段は下へ下へと進んでいきます。これはスリジエがエマを地上に戻したのではありません。上に飛ばしたから周りが下がっているように見えるのです。
スー。信じていて!私のこと。私の魔法を!
スリジエの魔法は螺旋階段の最後まで続き、冬の魔女がいる寝室の部屋の扉の前で消えてしまいました。もうスリジエは守ってはくれません。ここからはエマ一人で乗り越えなくてはならないのです。
いいえ。そんなことは無いわ。私の中にはスーもいる、トムも、リュネも、ヴァイオレットもリリィもダリアもエリカも、プランタンもエテもオートムも、旅で出会ったみんながいる。だから一人なんかじゃないわ。勝手に私を一人にしないで!
エマは力強く扉を開きました。




