2,夢の中
桜色のドレスを着た女性はしばらく目を覚ましませんでした。もしかしてもう死んでしまっているのかしら。もしそうなら大変だわ。だってお墓を作らなくちゃならないのだもの。冬の季節に外で雪を掻きわけるのはとても疲れるわ。
そこでエマは女性の胸へ耳を当ててみることにしました。最初マリーが女性を発見したときにやっていたことです。エマは人が生きていると胸のあたりから音が聞こえてくることを知っていたのです。
聞こえる、聞こえるわ。でも目を覚まさないのはなんでなのかしら。もしかして眠っているの?冬の山で眠ることができるなんて、この女性はきっと冬が大好きなのだろう、私は冬が嫌いだから、外で眠ることなんて出来ないわ。きっと寒いのを我慢できなくて家に帰ってしまうもの。
エマが女性についてあれこれ考えていると、空の天辺くらいにあった太陽が、いつの間にか西の空にかなり傾いていました。そしてもうそろそろ夕飯の準備をしなければならない時間になると。
「う、うぅん。」
女性が目を覚ましました。
「あ!もしもし、大丈夫ですか?具合はどうかしら。―ママ!起きたよ!」
エマはすぐにマリーを呼びました、といっても一部屋しかない小さな家なのでそんなに大きな声を出す必要は無いのですが。
「こんばんは。私はマリー、返事できるかしら。」
マリーは女性に尋ねます。
「はい、大丈夫です。ここは一体。」
女性はまだ状況を飲み込めていないようでしたので、エマの心の中には自分が説明しなきゃという義務感が生まれていました。
「こんにちは。私エマっていうの、今年9歳になる女の子よ。好きなものはジャガイモで嫌いなものはほうれん草!あの葉っぱとっても苦いのよ、なのにママったらとっても美味しいなんて言うのよ。苦いものが美味しいなんてどうかしてるわ。そのくせ甘いスイーツも好きっていうの、ますますわからないわ。あなたもそう思わない?」
あらあら。エマはなぜか自己紹介を始めてしまいました。確かにエマについて話すのは状況を説明するのに必要なことですが、今は好き嫌いを説明する時間ではありません。
女性が戸惑っているとマリーが助け舟を出してくれた。
「エマったら、ごめんなさいね。あなたはこの先にある川の近くに倒れていたの。それをエマが見つけてくれて、二人でここまで運んできたのよ。ここは狭くて窮屈かもしれないけれど、暖かさだけは保障するわ。」
女性はマリーの話に耳を傾けていました。そして女性はこう言いました。
「ありがとうございます。マリー、そしてエマ。見ず知らずの私を助けてくれて。」
エマはとても誇らしくなりました。それに女性に感謝されて上機嫌です。
「どういたしまして!ところであなたのお名前はなんて言うのかしら。名前がわからないとなんて読んでいいのかわからないわ。」
女性は答えました。
「私の名前はプランタン。よろしくね、エマ。」
プランタンと名乗った女性は自己紹介を済ませると、エマに対して右手を出してきました。握手をしたいようです。エマは自分の右手をプランタンの右手に向けて出しました。前に同じ状態になったとき、間違えて左手を出してしまい上手くいかなかったことがありましたが、今回は間違うことは無かったようです。
「よろしく、プランタン!」
エマは元気に答えます。
「それじゃあ、自己紹介も済んだことだし、ひとまずご飯にしましょうか。エマ、手伝ってくれる?今日は一人分多くなるからね。」
マリーがエマにお願いします。
「うん!」
そうして3人分のジャガイモのスープとパンがテーブルに並び、3人一緒に夕食をとりました。プランタンはご飯を食べてすっかり元気になったようで、2人に笑顔を見せてくれています。そうして楽しい夕食が終わると、マリーはプランタンに改めて尋ねてみました。
「プランタン、どうしてあんな場所にいたのですか?」
プランタンは答えます。
「…ごめんなさい、どうしてかわからないのだけれど思い出せないの。でも覚えていることが一つあるわ。それはエマの声、私は返事をすることができなかったけれど、エマの声は確かに私に届いていたわ。それを聞くととても安心できたの、本当にありがとうね。」
エマはなんだか背中が痒くなってきました。どうしてかはわからなかったので、体を洗えば痒みは収まるだろうと考えます。
「あんな場所で倒れている人を放っておくことなんて出来ないわ、もし倒れているのが私だったらって考えると、見ていられなかったんだもの。」
エマの返事に対してプランタンは優しく微笑みかけて言いました。
「エマは本当に優しいのね。その優しさを失ってはダメよ、エマの優しさはみんなを元気にする魔法なんだから。」
エマはさっきよりももっと背中が痒くなりました。心なしか顔の周りも熱い気がします。
「私の優しさが魔法ってことは、私は魔法使い?いいえ、女の子なんだから魔女かしら。それってとってもすごいことだわ!なんだか今なら何でもできそう。まずは村のスイーツ屋さんのオレンジタルトを、ショートケーキを、チョコレートケーキをここに出して、それから食べられなくなるまで口いっぱいに頬張るの。想像するだけで涎がでてきてしまうわ!」
とっても子供らしい願いです。だけれどもその嬉しそうな顔を見ているとマリーも、プランタンも不思議と笑顔になってしまいます。エマはそれを見て、ますます自分は魔女なのではないかとウキウキしてしまいます。
スイーツの次は何を出そうかしら。そうだわ、冬を無くしてしまうなんてのはどうかしら。そうしたらこれ以上冷たい思いをして水汲みに行く必要もなくなるし、食べ物も今以上に育てることができるはずだわ。毎日薄めたジャガイモのスープは飽きてしまうものね。
そうやって楽しい想像をしているうちにだんだん目を開けられなくなってきました。もう外はすっかり太陽が落ちて真っ暗です。そろそろベッドに入る時間でした。
「ママ。私とっても眠いわ、今日はもう寝るわね。プランタンも、おやすみなさい。」
エマはもう既にうとうとしていました。今日一日の疲れが出たのでしょう。
「えぇ、お休みエマ。」
「おやすみなさい、エマ。」
マリーとプランタンがエマに声をかけます。エマはベッドに潜り込み、眠る前の日課である頭の中にスイーツを思い浮かべることをすることなく寝てしまいました。その理由はただ眠かっただけなのか、それとも今日はもう十分スイーツのことを考えたからなのか、答えはエマにしかわかりません。
エマは夢を見ていました。それはエマが魔女になってスイーツをたくさん食べている夢?違います。なんでもできる夢の中なのに、今日の夢は一面淡いピンク色です。エマは宙に浮かんでいて、体を動かすことはできるのですが、上下左右変わらない風景なので、移動しているのかはわかりませんでした。
「なんだかつまらない夢ね、薪割をしている時と同じくらいつまらないわ。」
さっきまでの上機嫌はどこへ行ったのやら。エマはとても面白くなさそうな顔をしました。
すると目の前に一枚の桜が降ってきました。エマがその桜を両手で受け取ると、桜から光があふれ出てきました。
「眩しい!」
一瞬目を閉じて桜を支えていた両手で目を隠します。そして眩しさが無くなり、おそるおそる目を開けてみると、目の前にプランタンがいました。
「あら!プランタンじゃない。どうして私の夢にいるのかしら、もしかして私の笑顔を夢の中まで見に来たのかしら。でもごめんなさい、今の私はあまりいい気分ではないの。だって夢なのに私の思い通りにならないんですもの。もしかして魔女は良い夢なんてみないのかしら。起きているときになんでもできるのだから、夢まで来てなんでもできる必要なんてないものね。」
エマがそう言うと、プランタンはこう返します。
「エマ、残念だけれどもあなたは魔女ではないの。でもあなたには人を思いやり、大切にできる心がある。それは何でもできる魔女なんかよりもとっても素晴らしい力よ。だからそんなエマにお願いをしたくて、あなたの夢の中までやってきたの。」
エマはプランタンに褒められ少し嬉しくなりました。どうやら前半の魔女ではないという言葉は綺麗に聞き流しているようです。
「ありがとう。プランタンのそのドレスもとっても素敵よ。私がもう少し大人になったら着てみたいわ。特に桜の模様が大好き、その模様を見るたびに暖かい陽気に包まれた春を思い浮かべてしまうもの。」
プランタンは続けてこう言いました。
「そうね。春はとてもよい季節よ、動物たちは眠りから目覚め元気いっぱい動き回り、植物たちは緑の葉っぱを広げ始める。もちろん人々も希望に満ちた目で外へでる。そして桜が咲き乱れる景色は言葉にできなくなるほど美しい。でもねエマ、いま4つの季節のバランスが崩れようとしているの、このままだと春がずっと来ないかもしれない、ずっと冬のままかもしれないの。」
それを聞いたエマはとてもびっくりしました。だって辛い冬がずっと続いてしまうなんて我慢できないからです。それにこのまま冬が続けば、エマとマリーは食べ物が無くなって死んでしまうかもしれないのですから。
2人とも死んでしまったら、暖炉に薪をくべる人がいなくなってしまうわ。そうしたら家の中にいるのにとっても寒い日がずっと続いてしまう。そんなのだめよ。
エマはプランタンに尋ねます。
「私にできることはないかしら。私も春を取り戻したいわ!」
プランタンはこう答えます。
「ありがとう、エマ。あなたの力はきっとみんなを変えてくれる。私はそう信じているわ。」
さらにこう言います。
「エマ、よく聞いて、あなたは目が覚めると春にいるはずです。春の城に向かい桜の精霊を探しなさい。きっと力になってくれるでしょう。そして冬の魔女がいる冬を目指しなさい。彼女が冬を長くしている原因です。彼女に春を迎えられるよう頼んできてください。大丈夫、あなたならできるわ。あなたの笑顔はどんな凍った心もきっと溶かせられるわ。」
言い終えると、だんだんプランタンに靄がかかり消え始めます。
「わかったわ、プランタン。最後に聞かせて、あなたって一体。」
プランタンは答えます。
「私は春の魔女。エマ、どうか春を取り戻して。」
プランタンは完全に消えてしまい、エマは夢から目覚めます。
一読ありがとうございます。
ここからエマの冒険は始まっていきます。それは私の冒険の始まりでもあります。
なぜなら私がエマを描いているのですから。
これからエマと私、二人三脚で頑張っていきますので、
どうぞよろしくお願いします。