八百万(やおよろず)の神と怨霊(おんりょう)信仰について、とりあえず知っておこう
飛鳥時代に入る前に、日本における信仰についてちょっと書いて置きます。
一つ目は「八百万の神」についてです。世界で有名な宗教には一神教が多く存在します。ユダヤ教も、キリスト教も聖地と言われる場所は、気候風土的に厳しくそういう土地柄は大体、一つのもの(大体が太陽)を信仰する事が多いです。
しかし古代文明発祥地はインドにしろ、エジプト、ギリシャにしろ宗教ではないが多くの神が祭られています。文明の栄えた土地は過ごしやすく、太陽以外にも、川や草木なんかも信仰の対象になったんだろうという事は、古代史を見ても解る。けれども、そういう地域でも今は一神教がもてはやされている土地が多いという事は、やはり島国である日本とは違い、強き者が力によっての侵攻や(教化)、(改宗)をしやすかった大陸というものが大きな割合を占めていたのではないでしょうか。
日本は四方を海に囲まれているため進攻しにくく、自然が豊かであった為、少数部族が個々に信じる者が違っても共存できたのではなかったでしょうか?それ神道というものに体系立てた場合に多数の神の存在が、役に立ったのだと思います(ほかにも多神教であるメリットは存在するが、おいおい書く予定です)。
次に怨霊信仰についてです。「怨霊」ってのは現世に未練を残して非業の死をとげた人間がなるものです。そういう人たちが祟らないように奉るのが、怨霊信仰です。有名なところでは菅原道真、崇徳上皇、平将門あたりでしょうか。そして怨霊化した人を鎮めるには、神に奉る(太宰府天満宮、神田明神、首塚)、追号を送る(崇徳院と正当な皇室関係者として祭る)とかになります。では怨霊化する条件は何でしょう?
一つ目は「天寿を全うしていない人」当たり前のような気もしますが、豊臣秀吉なんか自分の子供が自分の信頼していた(この辺はちょっと怪しい)徳川家康に滅ぼされているのだから、怨霊になってもいい気がしますがなっていません。
2つ目に比較的「平和な時代の人がなる」合戦の多い時期の戦死なんかは含まれないみたいです。確かに今川義元や後醍醐天皇が怨霊になったってのも聞きませんし、武士っていう人たちが、死と隣り合わせにあったと言うのも無視できない事でしょう。
次に3つ目で、最も大きな理由だと思われるのは「本人に落ち度がないのに亡くなった」ことではないでしょうか?非業の死をとげても悪人と呼ばれる人たちはなっていません。でも本当にそうでしょうか?善悪は後世の人が判断したもので、その判断に誤りがあった場合、怨霊化する事はあり得るでしょう。なにせ犯人側が「悪い事をした」と感じているのですからです。
では非業の死をとげて怨霊になっている人は、どのように対応されたのでしょう?本能寺の変で有名な「織田信長」は非業の死をとげていますが怨霊とはされていません。これは百箇日法要と後世の歴史に悪人とされなかったことが、関係していそうです。
ここで言っておきたいことは「神様は増える」「非業の死をとげた人は怨霊化する」この2つが今後に、ここで書いていく上で、重要になっていくことです。