夢
ドアを開けると、そこには、何の季節感も感じさせない無機質な病室がある。唯一季節感を感じさせるものといったら、窓の外に見える一本のイチョウの葉が黄色く色づいてはらはらと散っているものだけだ。
僕は、病室の奥にぽつんと置かれているベッドに近づくと、ベッドの白いシーツの上に寝かされ、同じように白い掛布団をかけられているナツミの顔を覗き込んだ。すやすやと心地良さそうに眠っている。もう二度と目を覚ますことはないだろうと医者に言われるまでは、ただ普通に寝ているだけのようにしかみえないだろう。
ナツミの寝顔を見ていると、微笑んだり、幸せそうな顔をしたり、時には彼女の目尻に溜まった涙がつっと頬を伝い、それが白い枕を濡らすこともある。その様子から、どうやら夢を見ているように思う。一体どんな夢を見ているのだろうか......美味しい食事を食べている夢。どこか南の島なんかに旅行している夢。親と喧嘩して家出をする夢......いや、案外、僕のことについての夢なのかもしれない。
ナツミは、僕の彼女だ。とても気が合う仲で、色々な所へ行って色々なことをした。中でも一番思い出に残っているのは、南の島への旅行だった。
真っ白な砂浜の波打ち際を、白いワンピースを潮風に吹かれながら裸足で駈けていくナツミは、とても幸せに満ちているようだった。
今でも、「タカシー!」と振り返りながら大きく手を振って叫ぶ声と、その時の笑顔は、今でも鮮明に脳裏に焼き付いていて、忘れることはない。もし、僕が、一生目覚めない夢を見るのなら、この夢を見るに違いない。
私は、病室で、たくさんの管につながれて眠っているタカシを覗き込んだ。すやすやと眠っていて、二度と目覚めないなんて信じられない。
「タカシ、私だよ。ナツミが来たよ」
私は、そう言って、タカシの頬をそっと撫でた。
一瞬だが、タカシが微笑んでいる気がした。あの南の島の旅行の事を夢に見ているのだろうか。そうやって、それが夢だとも気づかずに、永遠と幸せな時を過ごしているのだとしたら、どんな感じなのだろうか?
私は、それが羨ましく思う反面、少し寂しくも思えた。