第五話 自分の想い
「…ご命令とあらば、私はずっと、お嬢様のそばにいますよ。しかし…お嬢様はそうやって、いつまでも逃げ続けるのですか?」
「違うっ、お父様は私の話なんて聞いてくれないんだからっ、」
「そういう事は一度話し合いをした事のある方が言う台詞です。」
「…っ……この間、だって…」
しまった。言いすぎた。
京介は内心そう感じていた。屋敷から逃げる事に同意、賛成する事など、執事として言語道断。突き放そうとしただけなのだが、感情的になって言いすぎてしまった。
「はい」
「結婚なんてしたくありませんって言ったら、じゃあ誰なら良いんだって聞かれた。」
「え…?」
初耳だ。
なお言いすぎたと感じる。傷を抉ってしまった。
「昔からそう。一人娘だから重宝されただけで、私のことなんてどうでも良いの。どうせ、私は佐久間の人間だから価値があるだけだよ。」
「そんな事はありません。」
「あるの!!良いよ別に。いつもみたいに流せば良いじゃん、上辺だけの台詞なんて…貰っても嬉しくない。」
「私は、上辺だけの台詞を申したつもりはございません。お嬢様、聞いてください。」
え?
じゃあ、毎日の『お美しい』は?
あまりにもさりげなかったのでそれ以上は追求できず、華子は俯く事しかできなかった。
「確かにお嬢様は、外に出て一人になったら、何もできないかもしれません。現に部屋の掃除もロクに出来ません。」
「うるさい」
「しかし、それと価値がないのとでは別問題です。価値がないかどうか決めるのはお嬢様自身でも、周りの人間でもありません。」
「…じゃあ、誰…?」
「誰でもないのです。人間の価値など、最初から誰が決めても良いものでもないのです。人は価値ではなく、その人そのものの人柄が重視されるのです。」
「人柄…」
「客観的に見て、私はお嬢様をロクでもない人間だと思った事はありません。あまりにも優しいが故に、人に命令はできませんし、いつも立っている私を気遣って、座る機会を設けてくださいます。」
「…そんな事してない。」
「いいえ。私はトレーニングを受けているのですから数時間立っていても何ら支障はないにも関わらず、朝食を共に食べさせていただいたり、立っていなくても事足りる時は座るよう『お願い』を私にしてくださいます。それを無自覚でやっていらっしゃるのなら、余計お優しいですね。」
「だって…無駄に立ってられても、何か落ち着かないし。」
「執事とは立っているものです。それに…お嬢様はとても笑顔が素敵で、私が作る料理をいつも美味しそうに食べてくださいます。」
いくらでも出てくる。あなたの良いところなんて。
「でも幼い頃からのトラウマからか、人と接する事は苦手です。逆に言えば、その人をよく見て傷つけないように接しています。これは、誰にでもできる事ではありません。どうですか?」
「え?」
京介は目線だけを軽く後ろにやり、ニコッと優しく微笑んだ。
「これでもお嬢様はまだ、自分をいらない人間だとおっしゃるのですか?まだおっしゃるのなら、もっと良いところをあげますが。」
「…えっ…、い、良いっ。もう十分…」
「少なくとも、私はお嬢様に出会えて、後悔などしていません。お嬢様がいなければ、こんなに充実した日々は送っていませんから。」
「か、からかって楽しんでるだけでしょ…っ」
「…それは否定しません。しかし」
今度こそ京介は顔をしっかりと華子の方に向け、目を見て言い放った。
ブレーキは相変わらず柔らかくてストレスがない。
「お嬢様のクルクル変わる表情を見ていると、たまらなく愛おしく感じることがあるのです。ですから、いらないなんて言わないでください。」
「あ、ああっもう!分かった!車出してよ!」
「まだ赤信号です。事故に遭いたいんですか?」
「じゃ、じゃあもうこっち見ないで!」
「見せてください」
「…っ…」
目元を覆っていた手を外され、真っ暗だった視界が一気に明るくなる。目の前には
気付いてしまった、大好きな人の顔。
「顔が真っ赤です。どうなさいましたか?」
何も言わない。
いや、何も言えなかった。
今口を開けば、思わず口走ってしまいそうで。
『あなたが好きなの』
なぜ、本当に好きな人がいるのに、好きでもない人と婚約なんてしなくちゃいけないの。
私はただ
率直に
あなたが欲しいだけなのに。