第四話 縋る想い
講義を終え、近くの駐車場に行くと、やはり車は止まっていた。華子が来たことに気づくと、京介は扉を開けて優しく閉めた。
「…何か良いことがありましたか?」
「え?なんで?」
「随分とマヌケな面をしてらっしゃったので。」
「っな、なに、マヌケ面なんてしてないでしょ。」
「いえ。ちゃんと鏡を見てください。明らかに頬が緩んでいますよ。」
京介が振り返り、思った以上にニヤついた顔になっていたことに気づいて照れた華子を見つめた。
「何か、良いことがあったのですか?」
「…帰ったら話す。」
「顔が真っ赤ですよ?どうなさいましたか?」
「いっ、良いから早く出してよっ…」
「かしこまりました。」
車が走り始めると、やがて赤信号で止まる。ストレスのない、ゆったりとした運転の仕方。
今は普通に執事を務めているが、もちろん簡単に佐久間家に執事として入れるわけではない。父、孝蔵直々の厳しい審査。京介が生まれた家は、元々佐久間の家に仕える使用人一家で、多少贔屓目には見ていたものの、相当の実力者であったらしい。ただ、その試験を受けるまでに、色々京介にもあったらしいのだが
それは未だに聞けずにいる。
やがて車が再び動き出し、京介が口を開いた。
「お嬢様、今週の日曜日は予定を空けておいてくださいね。」
「何かあるの?」
「何かあるの…ではありませんよお嬢様。今週の日曜日は第二日曜日。お見合い相手の一人、古川吉弥様とのお食事会です。」
少し呆れられたことに恥ずかしさを覚えつつも、それはあっという間に消えて、後から来たのは悲哀だった。
嫌だ。
「…嫌。」
「またそれですかお嬢様。まだ結婚しろと言われたわけでは、」
「この間言われた。」
「……左様ですか」
「古川さんは、会社を支えるのに必要な人だと思う。」
だけど
「だけど…好きじゃない人とは結婚したくない。子供だって…作りたくない。」
結婚するとなれば、当然そういうことにはなる。孝蔵がたくさんの婚約者候補を紹介するけれど、好きじゃない人と身体を重ねるなんて、華子には出来ない。
「確かに、そうなりますね」
「そんなことになるくらいなら、外に逃げたい。」
おかしい。
まるで家が牢獄のような語り口調だ。
不思議なもので、華子は幼い頃から、家を落ち着く場所だとは思ったことがない。
母が生きてれば、少しは…
「…ねぇ、御畑くん。」
「はい。」
「もしそうなったら…一緒に逃げてくれる?」
運転席のシートの向こう側で、京介が顔を少し、ほんの少しだけ、引きつらせたような気がした。
たぶん他人が見たら、分からないほどの小さな変化。