第三話 闘う想い
大きくて広いキャンパス。
綺麗な校舎。
そこを独り、華子は歩く。
「あ、佐久間さんだ…」
「今日も綺麗だな…」
周りの男子学生の目を引きながら気まずそうに顔を伏せる。大学のマドンナ的ポジションに立ってしまっている華子は、入学した年の夏にミスユニバースまで優勝している。
成績はそこまで、と言うよりかなり悪いが、容姿端麗という事で、世間的には十分だった。
「華子、おはよう。」
「鶴見さん…。」
「やだな、美香で良いって。」
彼女は、大学で出来た唯一の友人、鶴見 美香。茶髪のショートカットがよく似合う、活発だけど大人な同級生だ。
「じゃあ、美香ちゃん…?」
「ん。よろしい。今日も可愛いなぁっ」
「えっ、そんな事ないよっ!」
「ねぇ華子。あの件、まだあるの?」
「え…う、うん…」
「…それ、前に言ってた『友達』には言ったの?」
少し黙り、華子はゆっくりと首を横に振った。
「言えないよ、あの人には。」
私が、大学に行ってもまだ、嫌がらせを受けてるなんて。
「あれ〜?佐久間さんじゃん。」
「…」
「またあいつら…っ」
「良いよ、言わせておけば良いから。」
「いや、でも、」
「良いの。」
抵抗した時、どうなるか分かってるから。もう良い。
『抵抗』なんて武器、とっくに捨てた。
「今日もそんな良い服着ちゃって〜。親の力でここまで生きてきた人は違うよね〜。」
「おはよう、野口さんたち、」
「誰がタメ口きいて良いっつった?」
先程までとは違う、耳のそばで囁かれた低い声。
隣に立つ美香は、拳を握りしめて今にも殴りかかりそうだ。
「あのさ。あんたたちなんなの?事あるごとに華子に突っかかって。」
我慢ができなかったようだ。
駄目だよ。波風立てないで。
美香はずいっと華子の前に立ち、庇うように背中に隠した。
え…守って…くれてるの?
「そんなに華子のことが好きなら、友達になりたいって言えば?」
「は?誰がこんなやつ。」
「嫌いなら放っておけば良いでしょ。」
私は、何してるの。
友達に庇ってもらって、守ってもらって。
これじゃ何も変わらない。嫌いな自分は、何一つ変わらない。
『私がいるではありませんか。』
そう、一人じゃない。
『抵抗』できないなら『闘え』ばいい。
不思議な事に、これで一人に逆戻りしても、良いとさえ思っていた。
「あの!!!」
急に華子が大声を出し、いじめグループである野口たちを始め、美香も驚きを隠せないのか、目を見開いて華子を振り返った。
「…っ確かに私は何も出来ない弱虫です!親の力で楽して良い思いをして来ましたっ!!ただの甘ちゃんです!でも、弱いものいじめをするほど落ちぶれていません!!!」
終わった。
でも怖くない。
美香は野口たちに見えないように力強く微笑み、意地の悪い顔に変わった。
「あんたたち、恥ずかしくない?そんな五人で寄ってたかって一人を馬鹿にする事しか出来ないなんて。」
野口はその時、やっと気がついたのか辺りを慌てて見渡した。
学生の目が、痛いくらいに突き刺さっている。
突然大声を出した華子に注目を集めていたようだが、やがてそれは軽蔑の眼差しになり野口たちに集められていた。
「恥ずかしいよね。こんな不特定多数の人間から、こんな目で見られるなんて。」
見るからに悔しそうな表情をした後、五人は校舎の方へと歩いて行った。華子はその後ろ姿を見て、呆然としてしまっている。
「華子すごいじゃん!どうしたの?」
その声でやっと我に帰り、少し自分より背の高い美香を見つめた。
「いや…私は守られてばっかりで何もしてないなって思ったら…情けなくなってきちゃって、ついあんなこと」
「…え。『つい』あんな皮肉飛ばせたの?」
「うん…、つい…」
「…っぷ、あはははははっ…!あんた凄いね、あんな嫌味なこと『つい』出てくるなんて。」
それは
「『友達』がそうだから…って、美香ちゃん笑いすぎ!!」
「あははははは…っ」
次から次へと嫌味が出てくる、あの冷たい『友達』に、どこか似たのかもしれない。