僕は彼女と彼女の親友と喧嘩の理由を知る (中編)
――このままでいいのか……。
校舎までの長い、長い坂を上りながら、僕はここ最近常々と思っていることを考えるのである。
一つはクロエの事。
全然上手く写真が撮れない‼
カメラは良い!
水瀬がD君と名付けた、僕の愛機D3200は、初心者から上級者まで幅広く使える、凡庸性の高いカメラだ。
手取りでも三脚でもどんなシチュエーションにも対応出来る。
僕はカメラが楽しくてデート(仮)が終わった今でも暇があればググったり、何でもない風景を撮りに行ったり、正直ハマっている。
だがしかし、僕の技術が足りない!
天候や季節に合わせて絞りや、F値、露出なんかを調整しないといけないのだが、僕にはその時々の最適がいまいちまだ分からないし、合わせるのに時間がかかる。
クロエはそこまでは待ってくれない……。
なんとか水瀬にはヴィレバンカメラ男子を、知識や、カメラを持つフォームなんかで、装えているけれど、そういう見えるとこではない部分でも、もっと撮る努力が必要だ。
そして、もう一つは水瀬の事。
もうクロエを追いかけ初めて、三週間以上過ぎているのだ。
その間毎日毎日、僕は水瀬と一緒に放課後過ごしている。
正直めちゃくちゃ楽しいし、うれしい。
きっと僕の人生でこれ以上の幸せはない。
でも水瀬は陸上部に三週間も行っていない……
流石にこれはおかしいし、選手としての力もきっと落ちて行っていると思う。
あんなにも一跳一跳に一喜一憂していたんだ。
あんなにも頑張っていたんだ。
僕は水瀬をずっと見てきた。
水瀬の本当の笑顔も知っている。
水瀬に陸上部に戻って欲しいと思う。
……僕達のこの日々が終わったとしても。
デート(仮)の時に人間関係が上手く行っていないと言っていたけど、恐らくは、電車に乗るときに明らかに避けていた、火村亜貴との事だと思う。
火村は、僕達のクラスの隣のクラスで、喋ったことは当然ない。
身長は僕と同じ位で、170㎝ほどで、短髪でキリっとした、「僕のクラスで女の子なのにバレンタインに本命チョコを後輩女子にもらいそうな女子ランキング」があるとしたら1位になりそうな、綺麗とかかっこいいとか言われる系の女子だ。
僕から何かアクションを起こす……。
それは絶対マイナスにしか働かないだろうなぁ……。
そんなことを思っていた所で、
……ズンズン……ズンズン。
このダースベーダの登場する音がなりそうにもないこの足音は……。
……河内だった。
「よっ、よう春野氏~。
最近は放課後にラブ猫会議が出来なくて某はとても遺憾な気持ちになっているお~W」
THE OTAKUGO を使って河内が、不満を吐露して来る。
「おぅ!河内!おはよう!
最近は確かに、朝しか話できてないよなW
僕は今、水瀬と、とある猫探しに奮闘しているんだ。
ラブ猫の3話みたいな感じでさW」
ラブ猫の3話は主人公がヒロインと一緒に隣の家の老人の愛猫を探すという話だ。
「水瀬と……。そうだよね、最近よく一緒に帰っているよね。
水瀬かぁ~……。」
THE OTAKUGO を解除して、河内はボソボソと喋りだす。
「? そうなんだよ、なんかいろいろあってさ。
水瀬がどうかした?
河内が水瀬と学校で喋ってんのとか見たことないけど……。
もしかして、知り合いだったり?
中学一緒だったとか?」
何か水瀬に対して含みを持っているような感じだったので聞いてみた。
河内が僕以外と喋ってるのを見たことないけど。
水瀬は西区の中学だ。河内は知らない。
だから一緒の学校とか、まぁ無くはない話だ。
「あっ、ああ、そうなんだよ。水瀬は俺と同じ西中だったんだ。
部活も一緒だった。」
河内は伏し目がちに言った。
「まじ?河内、陸上部だったんだW
意外だねW砲丸投げの選手とか?W」
走るのは苦手なのを知っているし、そのあまりある質量を役にたてそうな競技を絞り出して尋ねた。
「……砲丸投げは中学ではなかったんだよ。
俺は高跳びやっていたんだ。」
河内は言った。
「そっ、そうなんだ。じゃあ水瀬と一緒だったんだね」
その質量が飛ぶのかと内心驚いたが、口に出すと可哀そうだし、胸に秘めることにした。
そんな話をしていると、坂を上り切った。
いつものようにじゃあなと言いながら、僕達はここで別々に校門に入っていった。――
――この日はなにかとても悶々とした。
何か出来るはずのない、水瀬と火村のこと。
授業が終わるたびに、意味もなくそっと隣のクラスの窓から火村の様子を見てみたり、トイレに行くときも隣のクラスを通った。……トイレは逆方向なのに。
そんな感じであっという間にホームルームは終わり、放課後が来たのだ。
何時ものように活き活きとした表情で部活動に向かうみんなを無言で見送り、僕は、水瀬とクロエ探しに出かける……
と思っていたら。
「千太君、ごめんね、今日用事が出来ちゃって、クロエのとこ行けないんだ。」
水瀬が言う。
僕は「部活行くんだね。」とか、「仲直り出来たんだね。」とかそういう話ではないんだろうなと察したので、
「そっか、残念だね。
一人で探すのも寂しいから今日は中止にしよう。また明日だね。」
と今では当たり前に来る二人の明日の話をした。
「そうだね!ごめんね!
明日はがんばろうね!」
と言って「タタッ」と速足で駆けて行く、水瀬を見送った。
河内も既に帰ってしまっていて、井戸端会議も始まらない。
まぁそもそも、最近ラブ猫を見れていないのだが。
どうせ今日は水瀬との放課後は無いのだ。
帰ってカメラの練習に行ってもいいのだが、この僕の特等席、高跳びの台がよく見えるこの席から、水瀬では無く、今日は、火村亜貴を見てみようと思った。
見てなにかわかるわけじゃないんだけど、それでもなんでもいいから水瀬の為になにかをしたいと思うんだ。――
――しばらく、ぼーっと空なんか眺めたりして、部活が始まるのを待っていた。
トラックを走る生徒がちらほら出て来て、そして、高跳びの棒も稼働しだした。
遠目では、まぁ遠目でなくとも誰が3年で、2年でとか全く分からないが、陸上部の生徒が順番に次々に飛んでいく。
火村は大きいからすぐ分かるだろう。
しかし、火村は待てども、待てども飛んでこない。
水瀬の事はずっと見て来て、部活をほとんど休まないことを知っていたが、火村の事はよく知らない。
風邪とか、歯が痛いとか、何か分からないけど、今日は部活を休んでいるんだろう。
かなりの骨折り損のなんとか儲けだ。
……帰ろう。
水瀬が飛ばない、つまらない。
火村が飛ばない、意味がない。
もう高跳びの棒、興味がない。
僕は、教科書をカバンに詰めて、そしてD君を首から下げて、教室を出た。
普段なら下駄箱に一直線のルートで帰るのだが……。
癖とは凄い。
今日一日、ずっと隣のクラスを覗きに行ったりしたから、いつもと反対方向に歩き出してしまった。
まぁたまにはいいかと、このまま少し遠回りだがこのままのルートで下駄箱に向かうことにした。
三階、二階と降りて、このルートだと、一階の校舎の真ん中にある踊り場を抜けていくことになる。
思いがけない事であった。
踊り場に向かう廊下、窓越しに水瀬と火村がいるのが見えた。
二人は対面して何かを話していた。
僕はもちろん割って入る事なんて出来るはずも無いが、このまま黙って帰ることも当然できなかった。
なんの話をしているのか……。
踊り場まで走った。
到着しても、二人に見えない位置からでは、流石に声が聞こえない。
踊り場の中にベンチがあってそこに座ったりすれば、恐らく二人の会話が聞こえるのだけれど、流石にそんなバレバレの事も出来ない。
さっき二人が見えた窓が一番二人に近い距離だった。僕は戻って窓を静かに開けた。
普通に話している言葉は聞こえないが、声を荒げたりしたら何とか聞こえる。そんな位置だった。
盗み聞きなのは分かっている。
でもそう言うことじゃなくて、なにか一つでもいいから、問題の原因が知りたい。
水瀬がまた笑って高跳びをするためにはどうしたらいいのか。その糸口を。
僕はそれだけを必死に追っていた。
********************************




