始まる!二人と一匹の一か月 (後編)
―――「タッタッタッ!」
中坂を息も切らさず駆けて来る、
とても可愛い女の子。
走るリズムに合わせて軽快に髪が揺れる。
風に乗って
その髪の香りが伝ってきそうなほど、
僕の気持ちを引き付ける。
まるで
スローモーションで
近づいてきているような錯覚に陥る。
女神って現実にいたんだーー
って言うくらい
絵になっている美しい女の子。
僕が本当に好きで好きでしょうがない
あの子が、今、
僕の横に立ち、そして話かけてきた。
「――何? あの猫……」
水瀬は驚いた口調で僕に言葉を向けた。
「なんか遠くから見て
ぼんやり光っている何かを見つけたから
走って来たんだけど…。
あれって何?
私には黒猫にしか見えないんだけど
……そうなのかな?」
水瀬の声は柔らかくて芯のある声だ。
僕の中に、すんなり入ってきて心地よい――
と思えるのは、
【僕達がこの猫を一緒に探す一か月の物語】の
しばらくしてからで、
現状、その声は僕の胸を打ち抜き、
とにかく、今の僕は、動悸が凄い。
僕が人生で初めて好きだと思った女の子。
ほとんど、
挨拶すら交わしたことのないあの子が今、
僕の方を向いて、
僕に問いかけてきている。
僕は、
心のドキドキを抑えながら
この気持ちを悟られないように、
ゆっくり話しだす。
「……あれは、僕にも何か分からない。
黒猫がただただ真っ黒の猫を指すのなら、
きっとあれは黒猫じゃなくて、
蛍光ブルー猫なんじゃないかな?」
僕はこのキラキラ輝く可愛いあの子に
精一杯なんでもないふりで答えてみる。
「確かに……なんか蛍光灯?
みたいに光っているよね……
ほんと信じられない!
春野君はこの猫のこと
前から知ってたの?」
彼女に苗字を呼ばれた!?
彼女は僕のことを知っていた!?
まぁ、隣の席だし、
知ってくれていても普通かもしれないけど、
僕は、
今が人生で一番かっていうくらい嬉しかった。
「僕も初めて見ているよ。
青白く光る猫……。
足はしっかり生えているけども、
幽霊っていう線が、
今のところ僕の中では一番濃厚なんだけど、
水瀬さんはどう思う?」
僕は正直、彼女の目を見れない。
対面する猫を見ながら彼女に言ってみた。
「幽霊か……
私はこの16年の人生で、
一度もそういうのとか
見たことないからなぁ……」
彼女が純粋な顔で答えた。
そりゃ、
僕だってこの人生そんなもの
拝んだこともないけども…。
「だよね。
しかも、こんな真っ昼間に
そんなものに出会うのかって話だし、
そもそも、
野良猫が霊として見えるのなら、
きっと僕の人生で、あと一匹や二匹位、
この青白い猫と出会っていても
おかしくないと思う。」
人の霊を見るよりは
動物の霊を見る確率の方が、
きっとうんと高いはずだからね!
「そうだよね。
とりあえず、
こうやって睨みあっていても、
らちが明かないよ!
本当に霊なのかそうじゃないのか…
触って、確かめてみよう!!!」
彼女はそう言うと、
あの黒猫だか蛍光猫だかに向かって、
陸上部の勢いのダッシュで走っていった。
猫は本当に反射神経が良いみたいだ。
水瀬が走る直前に、
後ろに翻り全速力で駆けて行く。
坂の終わりまで、
僕からしたらかなり距離があったのだが、
水瀬はグングン駆け下りて行った。
まっすぐ坂道を降り切ると、
中坂は、橋本さんちの塀に突き当たる。
突き当たりを右に行くと駅があり、
左に行くと、
住宅街と呼ばれる新興マンションが立ち並ぶ
僕の住む町に続いている。
そいつは左に曲がり、
尚もすごいスピードで走っている。
水瀬は、さすが陸上部という速さで
猫に距離は離されなかったのだが、
流石に、
同じように機敏にカーブはできなかったようだ。
「 ダーン‼‼ 」
彼女は盛大に
橋本さんちの石の塀に両手をついた。
――僕も、帰宅部の全速力で追いかけていた。
「水瀬さん、大丈夫⁉」
僕は塀に突っ伏す水瀬に駆け寄る。
「痛~い‼」
彼女の両腕は
これでもかというほどにジンジンと
痺れているようだ。
「そりゃまっすぐ走っていたら、
急には曲がれないよね。
猪突猛進って言葉があるけど、
僕は初めてこの目でそれを見たよ。」
今まで、
完璧な美少女の水瀬しか見たことがなかったので、
こんな風に両腕が痺れて、
悶えている水瀬は新鮮で、
それでも、
やっぱりとっても可愛かった。
「くそー‼
あとちょっとで
あの猫に触れたのにー‼!!」
後ろから見てたら全然、
あとちょっとには見えなかったのだが…。
「マンションの方に行ったね!
あっちは私のうちの方角だし、
追っかけよう!」
彼女の目は好奇心で輝いていた。
「えっ……!?
水瀬もあっち側に住んでるんだ。
僕も…あっち側なんだ。」
彼女の帰り道は
同じ方向だというのを初めて知った。
「そうなんだ!
じゃなおさら一緒に行こう‼」
彼女がそう言って
僕の手を掴んで走り出すものだから、
僕の心臓は、
絶対彼女にも聞こえている~って思う位
大きく早鐘するし、
僕は顔も真っ赤になっていて、
訳が分からなくなって、
とにかく、どうにかなりそうだった。
そのまま二人で手を繋いで、
それは、
ほんの2・3分くらいの出来事だったかもしれないけど、
僕にとっては、
これ以上ない幸せな瞬間が過ぎて行った。
――僕の幸せの時間は、
彼女は手を放してあっけなく終わる。
「見失っちゃったね!
なんだったんだろう…あの猫……」
僕は、
なんともないフリをしながら返事をする。
「残念だったね。
結局、幽霊なのか何なのか
分からなかったね。」
「くそー‼
明日は絶対見つけてやるー‼」
彼女は立て続けにこう言った。
「春野君は明日もこの時間に帰るの?
だったら、
私も明日は部活いかないで帰るから、
一緒にあの猫を探そうよ?」
僕は、
彼女の柔らかそうな唇から
ふいに出た言葉に耳を疑った。
――が!
ここも精一杯、
なんでもないふりをして応えるのだ。
「謎の猫探しか……
僕は帰宅部で暇だし、
その暇つぶしにちょうどいいかもね。
いいよ。
水瀬に付き合ってあげるよ。」
――奇跡ってあるんだね!!!!
僕は水瀬が好きだ。
彼女は陸上部で、
高跳びの選手のエースだ。
僕は帰宅部で、
やりたいことは何もない凡人だ。
僕らの人生が交わることはないはずだった。
たまたま出会った
謎の発光体が、僕達を繋ぎ合わせた。
僕の人生で絶対に忘れられなくなる、
嘘か誠か、
青白く発光する猫を探す一か月。
人生で一番好きになった女の子と
一緒に過ごす大切な一か月が
幕を開けたのだった――。




