僕と彼女と彼女の親友が猫と出くわすその丘で(前編)
次の日、僕は、いつものように中坂を黙々と登っていた。
……心はモクモクと燻っているけど。
昨日の自分の決意。
「クロエの写真を完璧に撮る。出来るだけ早く。
そしてこの夢のような日々を終わらす。」
そう決めたはずなんだけど、まだちょっと消化不良ではある。
だってやっぱり、今とっても楽しくて、幸せだからね。
それでも今日はクロエを追うこと諦めたりしないで必死に追いかけようと思っている。
そんな時だった。
……ズンズン……ズンズン……
言わずもがなな、奴の足音。
当然ダースベーダーのBGMは流れない。
「おはーW
春野氏‼昨日のラブ猫、激熱の水着回について熱く語り合おうじゃないか!W」
いつになくテンションの高い河内が語りだす。
そうか、昨日はラブ猫の放送日か。
ラブコメ系アニメは基本的に季節など関係なしに話数の真ん中位に水着回を挟む。
昨日は、いかにして写真を撮ればいいかをググりまくっていたので、当然アニメの事など頭になかった。
「しまった‼
昨日放送日かー。完全に忘れていたよ。残念だー……。」
それどころでは無かった僕はあまり本意気ではない返事をする。
「おいおい、春野氏~W
最近たるんでいるんじゃないのか?
春野氏のラブ猫へのラブはそんなもんだったのか?」
河内はここ最近のフラストレーションを漏らす。
「ごめんごめん、ここ最近忙しくてさ。
それどころじゃなくなってて……
もうちょっとで忙しいの終わると思うんだけどなー……。」
と僕は河内の熱意を軽くいなし、謝罪。
あんなに毎日放課後一緒にダラダラ語り合っていたからな。
しかも「河内は友達が少ない。」
僕と喋れなくて寂しいとか感じているかもW
河内の為にも、クロエを早く写真に収めなければ。
と僕は水瀬の時の、3分の1くらいの気持ちで決意した。
あとはいつものようにダラダラと喋りながら二人で中坂を上っていく。
その道中、
「そういえば、河内って中学の時、陸上部だったんだよな?
戸出茂先輩って知ってる?」
昨日出たワード。特に意味も無く口から出た。
陸上部だったんだし、もしかしてって感じで何の気なしに聞いた。
「とっ、とっ、戸出茂先輩‼‼
何で!?何か僕、しましたか!?
ごめんなさい。本当にすいませんでした。」
河内はTHE OTAKUGOという鎧を投げ出し、恐らく、中学の時に作ってしまったのであろう、イジメの傷跡が残る生身の自分を曝け出し、パニック状態で頭を下げながら言葉を吐く。
「いっ、いや、全然、どうでもいい話なんだよ、記録掲示板にいつも名前があるからさ、どんな人なんだろうって。
中学でも陸上やっていたら知っているくらい有名な人なのかなって。
ごめん。ほんとにその程度の話だよ。」
しまった。と思いながら、河内に世間話程度の話だったと告げる。
「……なっ、なんだよ……おどかすなよな……
とっ、戸出茂先輩は同じ中学の一つ上の先輩だよ……。」
河内はラブ猫の話をしていた時の1億分の1くらいのテンションで返答してくれた。
「そっ、そうなんだー、へー……。」
なんとか、パニック状態から脱した河内に安堵した。
……河内に戸出茂先輩の話はタブーだな。
しかし、ここまで慌てふためくということは、きっと中学の時のいじめの主犯格だった……ってことなんだろう。(特にここでは掘り返さないけど。)
水瀬に対しても河内は少し違和感のある話口調だったよな……
まぁ水瀬がそんなことする訳ないしな……
なんて思いながら、気付いたらゴール。
坂の上だった。
いつものように僕達は別々に教室へと向かった。――
――「千太君、今日は凄く頑張るね。」
水瀬がそういうのも今までの僕を知っていたら頷ける。
その日の放課後は、僕はめちゃくちゃ走って頑張っていた。
いつもなら水瀬の後ろをゼーゼー言って追いかけているが、今日は常に水瀬の横に並んでいた。
あっ、心臓ってやっぱり血を送り出しているんだな、全身に……。
って分かるくらい、心臓はドクンドクンと脈動するし、肺からは血の味が吹き上げて来る。
「ハァ、ハァ……。」
「……あ、ああ。
やっぱり撮りたいものを写真に収めるには、努力と根性だからね。」
などと、よく分からない返事をする。頭が回っていない。
いつもならば夕方になる前には、クロエを見失い、あとは何となく見つからないだろうなと思いながら、辺りを探索するのが常なのだ。
今日はまだ、クネクネと僕達を誘うクロエの尻尾が見えている。
もうだいぶ日が落ち、木々津川は茜色に染まっている。
橋を渡り、西の方へずっと進んだところ。
あいも変わらず、クロエはいつも前日見失った場所から出現する。
「あっ懐かしい。
クロエが向かっているところ、私の小学校の方だよ。」
水瀬は走りながら隣の僕に喋りかける。
「へー、そうなんだ。なかなかの獣道を通る通学路だねW」
肩で息をしながら応える。
僕達はもう既にコンクリで舗装された川沿いの歩道を抜けて、雑木林みたいな所を、枝をかき分けかき分け走っていた。
足元も安定しない獣道。
猫の歩みに徐々に離されていく。
見えていたクロエの尻尾も段々遠くなり、ついに見えなくなった。
「駄目だ―‼見失った!」
腐植土の柔らかい土だ。地団駄を踏む水瀬の足への負担は少ない。
「今日はかなり頑張ったよねW写真の枚数は少ないけど……」
正直途中から写真どころでは無かった。
クロエを見失わないってことに集中していたら、カメラなんて構えられなかった。
「すっかり暗くなったね。……帰ろっか。」
水瀬が言う。
「そうだね。もうだいぶ暗いし送っていくよ。」
頼れる男の発言ランキング第5位の言葉を放つ。
「わっ、紳士だね!ありがとう!」
水瀬が紳士に対し、貴婦人を表現したのか、スカートをチョンとつまんでお辞儀した。
雑木林を抜けた頃にはもう8時前だった。
部活をやっている連中もそろそろ帰ってくる時間だな……。
部活かぁ……。
やっぱり水瀬が早く部活に戻れるように頑張らないとな……。
カメラの技術なんてそんなすぐには上手くはならないだろうけど、何かコツとか無いのかな……。
「カメラもっと上手に撮れるようになりたいなぁ。」
僕のぼやきに、
「デバガメ堂の店長さんに聞いてみたら?」
と水瀬が応えてくれた。
「そうだなー、最近、店行ってないしなー……。」
常連のカメラ小僧感を出すことは忘れない僕。
今でもだいぶググったりして、色んな方法は探しているけど、なかなか実践できている気がしない。
確かにここは一度ネットではなく、人に聞いてみるのもありか……。
僕の知る、カメラの先人は、デバガメ堂の店長、あの白髭を蓄えたハンチングのおじいさんしかいなかった。
クロエ探しに対す反省話や、他愛のない話なんかしながら、水瀬と二人で川沿いを歩いていると、前方から部活帰りであろう女子が現れる。
……火村だった。
彼女は、何も言わず、僕達の横を通り過ぎて行った。
僕は当然、気にも留めないフリをしている。
そんな僕の横で、水瀬は困ったような顔で笑っていた。――
――そして、次の日――
土曜日に僕はデバガメ堂のあのギラギラしたネオン看板の下をくぐった。
「こんにちは。」
まず、おじいさんに挨拶をした。
「おお、少年。久しぶりじゃな。
彼女とは上手く行っているか?
ちゅうくらいはしたか?」
爺さんの下世話攻撃。
「……いえ、僕達は付き合ってはいません。」
悲しい否定をしてから、僕は尋ねた。
「僕はカメラを初めたばっかりで、そんなにすぐに上達するとは思ってないですが、どうしても撮りたいものがあって、何度も挑戦しているのに上手く撮れません。
どうしたらいいでしょうか?」
藁をもすがる思いで。
「ふむ、前に言っていた被写体じゃな……。
……。
…………。
……なんじゃったっけ?」
よくある爺っぽい回答を頂いた。
「素早い猫です。」
僕は普通に答える。
「ほー猫のぉ……
本能で生きる、生き物を本質的に捉えるには、こちらも純粋に、ありのままで向き合わないといかん。
小細工はいらんのじゃ。美しく撮るとか、かっこよく撮るとか何も考えんでええ。
手に持ったカメラで、見えたまんまを、そのままおさえたらええ。
それが一番上手く動物をとる方法じゃ。」
また、なんかかっこいい言葉を頂いた。
しかし、別に美しくとか、かっこよくとか見栄えにはこだわっていない。普通に素早過ぎてブレて撮れないだけなのだが……。
「おぬしに魔法の言葉を授けよう。
親指AF、500に磯100じゃ。
この季節の晴れの日ならこれでええ。」
魔法というか、これは恐らく設定の用語である。
親指AFとは、シャッターのピント合わせのモード事でボタンを押している間はずっとピントを合わせてくれる状態で、動く物を追いかけてカメラを動かす時に適したモードだ。
500はシャッタースピードで、数字が大きい方が高速で動く物にピントが合う。
磯は、恐らくISOのことで、どれだけ、光を取り入れるかという事で、この数値は高ければ、高いシャッタースピードに適するみたいな感じだ。
また、これは太陽光にも影響を受けるので、季節や、天気も考えなければならない。
ググったなかに色々このような設定テンプレは出てきた。
色々試したけど、上手く行かなかった。
次はこの店長直伝の設定を試してみよう。
「ありがとうございます。
頑張ってみます!」――
そうして、デバガメ堂店長からカメラの心得と新たな設定テンプレを聞いた僕は、日曜日に、血の滲むような特訓(ひたすら野良猫を追いかける)をしたのであった……。
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