噛ませ病
「”噛ませ病”ですか?」
とある喫茶店にて、超強力で謎の運を持つツインテールで女子大生の沖ミムラはここの店主に呼び出しを喰らった。
物騒な話をするときはいつもその関係者しか入れない曰く付きの喫茶店である。
店主はアイスコーヒーを差し出しながら、ミムラに今回の依頼をお願いしているところであった。
「分かりやすく言うとね。正式能力名は、”引立役”」
「そんなに物騒な能力名って感じじゃないですねー。なんで私がその人を相手に?」
アイスコーヒーを飲みながら、ミムラだけがカウンター席に座っていて……。他の仲間達はボックス席で仲良さそうにトランプゲームを始めていた。その様子を不思議そうにかつ、羨ましく見ているミムラ。依頼を受けたくないという感じを店主に見せているつもりだった。
「わーい!のんちゃんの2のツーペアです!これで1位確定です!」
「わり、ジョーカー2枚あるから無理だ。ついでに7のトリプルで上がりな。また大富豪だ」
「広嶋は接待というのを覚えろ、……何連勝している?のんちゃんが可哀想だろ」
「乗り気じゃなかったくせに、マジであんた強いわね」
「この裏切!広嶋様と1,2フィニッシュを今度こそ決めます!」
広嶋健吾、阿部のん、藤砂空、山本灯、裏切京子。ついでにここの喫茶店の店主、アシズムも加わるだろう。ほとんどが人間という種族でありながら、化け物としか言いようがない猛者共である。なんで彼等は今回の依頼に対して聞く耳を持たないのだろうか?
「ちょっと広嶋君!君がこーゆう依頼を本来引き受ける人でしょ!!危ない能力を速やかに駆除するプロでしょ!少しは話を聞こうよ!」
「ん?いや、今回ばかりはミムラの方が向いているからだよ。直接戦闘特化の、俺や藤砂、灯、裏切じゃちっと面倒だ」
1位で上がり、暇そうにテキトーな雑誌を読みながら返答する広嶋。彼は先に店主から事情を聞いており、相性を考えてミムラを呼んだに過ぎなかった。
「ああ、ミムラちゃん。先に言うと、広嶋くんが君に依頼した形なんだよ」
「!そ、そうなの?広嶋君がそーいうんだったら、最初から君の口で私に言ってほしいなー」
「頼む。お前が標的を惨く殺しとけ」
「お、女の子に惨く殺しとけなんて指示させるのは良くないよ!やっぱり、アシズムさんからで良いです!」
「ミムラちゃんの”天運”が一番被害を被らないからね」
”引立役”
今回、ミムラが戦う存在であるのだが、その能力者はすでに死亡していることが判明している。死ぬというリスクで呪いを生み、”噛ませ病”となるほどの力を得てしまった。”噛ませ病”に罹った存在は殺される運命になりやすく、敗北と死から抗うことができない。あくまで殺されるという運命はいつ来るか分からないが、記録によると最長で7年である。
また戦場や戦争でこの”噛ませ病”が流行ればあっという間に広がり、敵味方問わず絶命し、”噛ませ病”も無くなるほどだったとか。
「日常においては2,3年ぐらいは命の保障はあるらしいけどね」
「こ、怖いですね。勝手に死の運命が決まるなんて。寿命が知らずに決められるって事ですよね?」
「ミムラちゃんが言うのはおかしいよね~?」
アシズムはとても何を言っているんだと思いながら、ボックス席で大富豪をして遊んでいる仲間達に顔を向ける。その言葉を聞いて五人が同時に言った。こう言ってやってくれ。
「お前が言うな」
「ええっ!?なんでみんな、私をそんな風に言うんですか!?」
結構、その通りだがご立腹で怒りたくなるミムラ。胸にグサッと剣が突き刺さった気分だ。
「すでに流行っていてね。罹った人間の一番良い対処法というのはやっぱり、殺される結末に向かわせず、事故死や自殺させることなんだ」
「結局、罹った人間は死ななきゃならないんですね。可哀想に。……あれ?なんか私に酷い仕打ちにしてくれと言ってる?」
「まぁまぁ、罹った人間は運命だったとはいえ、基本的に元人殺しだからね。軽く考えてくれ。君の場合、足跡も罪悪感もそんなにないだろう?」
「アシズムさんも酷いです!広嶋君みたいです!」
「君の”天運”と比べたら酷くないよ。むしろ、私は優しいよ?」
頼み方ってものがあると思うんだなー。っとミムラは言いたげに頬を膨らませていたが、1分も経たずに解答した。
「分かりました!やってやります!」
◇ ◇
人殺しの定義。例えばこう、シンプルで良いならナイフで相手の顔面を刺すとか、拳銃で左胸を零距離で撃ち抜くとか、崖から突き落とすとか。
私が完全に殺しました。っと言い付けるような事を浮かべるかもしれない。そーいった事件も多い。
ただそーいった連中に”噛ませ病”が罹ったままならば、因果応報と言うべきか、当然の結末だと思えてアシズムや広嶋は動かなかっただろう。自分達のことを棚に上げているが、誰かを消せばいずれ自分もそうなることは知っている。ただどうして今回、動くことになったかというと
「パパー。ドライブって楽しいねぇー」
「そうだろう!大きくなったら、どこか一緒に周ってみるか?」
これから”噛ませ病”に罹ってしまう人間が、そーいった事に対してまったく関係がないからだった。
よく晴れた日の事、大型バイクに父と子が乗りちょっとしたドライブをしていた時だった。渋滞なんて一切なく、法廷速度を軽くオーバーできるほど空いている道路だ。こちらの車線でも、対向車線でも車とバイクはガンガン飛ばしている。
「はやーい!気持ち良いー!」
「高速行ったらもっと気持ち良いからな。100キロ以上はすげぇから!」
こんな2人が”噛ませ病”に罹る運命。つまり、どうして人を殺してしまうのか。
「オラオラーー」
「どけオラーーー」
一昔前のヤンキーのような集団……じゃなかった。2人組が違法な改造を施したバイクを乗り回し、親子が70キロほどで走っていた大型バイクをさらに追い抜こうとしていた。一般道で確実に100キロ以上を出していた。よく見るとなんか、すでに渇いているが血の跡っぽいデザインが見受けられる。
「危ない!」
そんなに長くない直線道路でそこまで爆走するなんて馬鹿じゃないかと、運転する父親は思った。当然ながらあっさりと2人組に抜かされるわけだったが、あんなにスピードを出して仲良く並走していたら、ぶつかるに決まってるだろ!
「わああぁぁぁ」
「ああああああ」
周りから見れば2人がアホだろうである。改造バイクで並走していてお互いぶつかって転倒し、道路に転がっていった。無駄にオプションを付け過ぎなんだよ!
「止まれーーー!」
父も一生懸命にブレーキを踏んだが遅かった。転がっているヤンキー2人にトドメを刺すであろう車輪が、今まさに行く!瀕死の彼等にトドメを刺す一撃が、この親子なのだ。これが非情な運命。
『たぶん、なんか助かるよ!!』
その大きな声だけでなく、その存在に気付けたのは父の後ろに座っている子供だけだったらしい。女の人の声であり、女神の声と両手があったと事件後に子供は語ったという。父が運転するバイクの後ろから白い空間が生まれ、そこから伸びてきた両手が必死にこのバイクを止めようとしていた。
「うわあぁぁっ!」
「捕まってるんだぞー!」
凄まじいブレーキの力だった。親子はヤンキー達とぶつかる前にバイクから投げ出されて、道路に転がって意識を失った。しかし、不思議な事に親子が運転していたバイクは警察達が来るまでの間、センタースタンドやサイドスタンドを使わず、風が吹いていてもなおちゃんと立って停められていた。奇跡的な停止であったのだ。親子は意識不明となるも目立った外傷もなく、1日の検査で退院できたという。
ちなみにであるが、ヤンキー達の方も無事ながらこの事故から生還したそうだ。
◇ ◇
「1週間前にヤンキー2人が酒気帯び運転で、3年前の未解決一家殺人鬼を殺害ねぇ~」
「悪い事をしたんだか、……良い事をしたのか分からないな」
ネットだけじゃなく、新聞やらテレビに取り上げられた先日の事件。
喫茶店に集まって事故処理の結果を見ている灯と藤砂の姿があった。
「アシズム。結局、このオチで良いの?”噛ませ病”はまだこのヤンキー達に罹ってるんでしょ?死ぬよ」
と言いつつも、灯の内心はどーでもいいけどであった。
そんな心を読んでいてもアシズムは皿を拭きながら、今回の件について語った。
「元々、”引立役”の持ち主の願望でね。悪い奴は悪い奴同士仲良くして欲しいということだ。それは終わらない始末だがね。今回はたまたま一般人に当たったからさ」
「このヤンキーとか、殺された殺人鬼だって、本望だったとは言い切れないんじゃない?運命は残酷だって言いたくないでしょ?」
「それはどーかね?藤砂くん」
色々と情報を詮索し始める藤砂。こーいった情報処理は得意ではないが、調べていく内に分かる事があった。
「確かに殺人をさせる運命にするこの病は危険だが、……彼等がどうしてこの運命に導かれたかは彼等の軌跡を通れば必然じゃないか?」
「私も人の事を言えないけどね」
「灯は違う、……ともかく運命だなんだと嘆いている連中だ。道を引き返すことや立ち止まることくらいできたはずを無視した結果だ」
当然であるが、”噛ませ病”に罹った存在を見抜ける人間なんてそういない。一般的に見えない。運命としか言いようがない。
藤砂達には分かっていたとしても、それはすでに決められた事でどうしようもない。すでにその道を歩く決心すら彼等がしているからだ。殺人以外の前科もいくつか上がって来ていて、どのような進路を辿ったかを見れば完全に悪に染まる決心をしている者ばかりだった。
「運命は軌跡を歩いてできる、……こいつ等を救う必要はないだろう」
「そうね。この件はミムラで終わりで良いわね!」
「ああ。その方が良い」
とりあえず、事件についての問題はこれで終わりにすることにしたアシズム達であった。だが、別の問題があったりする。聞こえない振りをしていたが、すでにカウンター席で別の問題が起きていた。
「広嶋くん!治療費を払ってよ!」
「なんでお前の治療費を俺が出さなきゃいけねぇーんだ」
「だって本来は広嶋君の依頼だったんでしょ!?報酬はアシズムさんから頂いているけど、広嶋君からは打撲した両手の治療費を支払って欲しいです!」
人の運命をも自らの運で変える能力を持つ沖ミムラ。”天運”の持ち主。
よく走るバイクを両手で抑えて打撲程度で済んだなと、周りは関心と驚きを出していた。しばらく両手が使えず、困っているミムラ。
「じゃあ、広嶋君!私になにか食べさせて。アーンしてるから」
「それなら良いぞ。アシズム、……そうだなケーキを頼む」
治療費は出せない代わりにケーキを奢る広嶋。フォークもつけて、丁寧に食べさせられるようにアシズムも用意したのだが、ミムラ以外はオチが分かっていた。
「アーンしろ」
「アーーーン」
口を小さめに開けてドキドキしながら、広嶋君とケーキを見てから両目を閉じるミムラ。これで勘弁してあげると内心、甘いことを思っていた。広嶋はフォークを持たずに皿を持ち、いきなり有無を言わせず、
「ケーキ食え、オラァ!」
「ぎゃああああ!」
「たっぷりクリームの味を楽しめや!金は置いとくぞ、アシズム」
ミムラの口ではなく顔面にケーキを叩きこんで、喫茶店から逃走したのであった。
「痛いよ!広嶋君!顔がクリームだらけになっちゃったよー!前が見えないし!」
「あいつめ、……やはりやったか」
「逃げ足も速いわね。とりあえず、ミムラ。私が拭いてあげるから」
そして、カウンター席にいつの間にか置かれているケーキ代にしては高すぎる1万円札が7枚ほど。450円くらいのケーキになんでこんなことをするのかな?
アシズムはミムラ達が気付かない内に7万円を回収し、お釣りと称してミムラに手渡した。
「しょうがない、私からミムラちゃんの治療費も出すよ」