冬の朝
キンキンに冷えた冬の朝は、空が限りなく透明で、まるで水の中にいるような清々しさで。
お母さんのお腹の中で守られていた時の景色は、羊水越しの景色は、もしかしたらこのくらい幻想的で、尊厳なものだったのだろうかとか考えてしまう。
昨日お母さんと喧嘩した。理由は早過ぎる門限のこと。高校生にもなって、門限8時はないよ。
昨日は友達の誕生日で、帰宅が9時近くになってしまった。これでもみんなを残して早抜けしてきたのに、玄関で靴を脱ぐ間もなくカミナリ。
確かに連絡なしで8時を過ぎたのは悪かったけど、連絡したらしたで、絶対8時までに帰って来なさいって言うに決まってる。
「もう子供じゃないんだから!」
「じゃあ勝手にしなさい!」
最後はお互いお決まりのこの台詞。
昨日は晩御飯も食べずに部屋に篭ったからお腹空いたな。
コンコン…
部屋をノックする音と共にドアが開いた。
「あら、起きてたの?朝ごはん出来てるから顔洗っておいで」
窓際に立つ私を不思議そうに眺めてから、お母さんはドアを閉めた。
そういえばお母さんの朝は、いつも変わらないんだな。
何度喧嘩しても、朝になるといつも通りの顔で、いつも通り朝ごはんを用意してくれる。
弟と喧嘩しても、お父さんと喧嘩しても、朝のお母さんはいつも通りだし。 いや、もしかしたら、変われないの?
だって、お母さんが朝から家事放棄なんてしたら、家の中がまわらなくなる。
長女の私は、ろくに家事を手伝ったこともないから、何も出来ないし、弟やお父さんだって何か出来るわけもないし。
どんなに腹が立っても、悲しくても、寂しくても、お母さんの朝は、いつもと同じでなきゃいけないんだ。
…………。
私は顔を洗ってリビングに向かった。
「…おはよう」
「おはよう。早くご飯食べないと遅刻するよ」
お母さんは私の顔を見ると、バタバタとキッチンに戻った。
「…、お母さん、昨日はごめん。ちゃんと門限守るようにするね」
おみそ汁を手に戻ってきたお母さんが、呆気に取られたような顔で私を見た。
そしてすぐいつもの笑顔になって、おみそ汁を私に差し出した。
「お母さんも言い過ぎたね。…次から遅れる時は、連絡だけはちょうだいね。…たまになら目をつぶるわ」
そう言って下手なウィンクをしたお母さんは、またバタバタとキッチンに戻って行った。
―――
「いってきます!」
「いってらっしゃい!」
いつも通りのお母さんの笑顔に見送られ、家を出る。
一段と寒い今日の朝。
空を見上げればいっそう透明に晴れている。
―この空、見た事ある気がする。
お母さんのお腹の中でだったかな。
おわり