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3 その家族

 何のかかわりも無い別世界の住人なのに、どうして放っておいてくれないのだろう。

 もちろんそれは彼女がお店の人で私がお客さんだからなのだが、その場を離れたい一心で、私はその酒をエカシのもとに送ることに決め、送り状に(右手の義手で)記入しているとき、彼女、明子さんは言った。

「ああ、やっぱり」

 え、なんですか。

「あなたが月島しずくさんだったんだわ」

「は」

「あれ、何にもしらないでウチにきたの、ていうか、マジで気づいてないの」

「な、な、何がですか」

「これ、これ」

 明子さんは前掛けに染め抜かれた店名を指す。『酒のおおつか』そう書いてある。


「あ……あれ」

「すごい! ほんとに気づいてなかったんだ」

 明子さん、手をたたいて笑い出した。 

「いやあ、未明の言うとおりの人だわこりゃ」

 未明が高校卒業後に継いだ家業というのが酒屋だというのは知っていた。それが有名な店だとは知らなかったし、こんな町外れにあるとは思ってもいなかった。だいたい、『酒のおおつか』なんていくらでもありそうな名前じゃないか。

 明子さんについては最初の子供が生まれたときの写真をちらりと見たくらいだ。名前がたしかそんな感じ、という程度の記憶しかない。


「すいません、なんか私、そういうとこに鈍いもんで」

「あら、案外まじめなんね」

 明子さんにしてみれば、右手が義手の大女が入ってきた時点で、『もしやこいつは』と思っていたのだろう。

「よかった、未明のいないときで」

「え」

「気づいてた? あの人、しずくさんのこと大好きだったんだよ」


 義手でなければ、私はペンを落としていたに違いない。明子さんは続けた。「うちの美術部にすごい奴がいるって、高校のころは会うたびそんな話ばっかりしてたんだよ。意思が強くて、自信たっぷりで、一生懸命で、そういう自分が人からどう見えてるか、ぜんぜん気づいてない、憧れたし、放っておけなかった、そんな話を、もう毎日。でもね、二年の秋ぐらいからかな、ぴたっと言わなくなったのね。何かあったんだろうな、って思ったけど、私も悔しいから何も聞かなかった。自分の気持ちに気づいちゃったのかな、とは思ってたけどね。

 それが理由よ、大急ぎで結婚したの」


「もう、一〇年も前の話です。懐かしいけれど、それだけです」

「あら、本当に?」

「何ヶ月ですか」

「ん? ああ、もうすぐ5ヶ月。すっごい力で蹴るの」

「上のお子さんもだいぶ大きくなったんでしょうね」

  ずっと明るい瞳で私を見つめていた明子さんは、そのときだけ目を伏せた。私は沈黙の意味がわからず、それに耐えることもできず、話題を変えた。


「未明ともずいぶん会ってないけど、酒屋さんやってる姿なんて、ちょっと想像できない。彼もだいぶ変わったんでしょうね」

 彼女は顔を上げ、また明るく力強い声で話し出した。

「変わってないよ。酒屋の親父やってたって、あの人はあの人さ。どこで何やってても変わらない。お客さんも蔵元も、酒造会社の営業マンも、みんなあの人に会いたくてやってくるの。あの人自身は何も生み出さないし、何も変えない。でもこうして人の輪が出来て、幸せって言っちゃおおげさだけど、旨い酒を飲める喜びが、少しずつ広がっていく。たいした人間だなんて誰も思っていない。それがあの人の力だなんて誰一人気づいていない。でも、私にとっては人生の師匠。尊敬してる」

 明子さんの言葉に、私は動揺していた。未明のことを理解しているのは世界で私独りだったはずなのに、この人は私なんかよりずっと深く未明を知っている。その衝撃は敗北感と呼んでいいものだったけれど、奇妙なすがすがしさをともなっていて、私はなんだか、この人を好きになってしまいそうで困った。

「まあ、そんなだからさ、しずくさんがこっちに帰ってきてるって聞いて、ずっと気になってたんだ。でも、安心した。あんた、ぜんぜんかわいそうに見えないんだもの。毅然としてる。女の子からももてたんだってね。わかる気がするよ」

 話がなんだかわからなくなってきたので、気になっていたことを聞いてみた。


「さっきまでの話を総合するに……」

「んん」

「未明、――ご主人は、子供さん連れて外回りしてるんですか」

「そうじゃあないんだけど、まあそんな感じかな」

「はあ」

「ほら、家族はどこにいても一緒だから」

 そう言ってまた太陽のように微笑んで、彼女はお腹をさすった。

「この時間になったら、円山、宮の森あたりで遊んでるはずさ。よかったら会いに行ってやってよ。しずくさんの姿みたら、きっと喜ぶと思うんだ」

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