遠い未来
ウェディングチャペルが聞こえる。
祝福を告げる鐘の音が、風に乗って僕の耳にまで届いている。
風が強い。
ビル風が僕の衣服をはためかせ、髪の毛を棚引かせる。
跳ね回る髪を手で梳いて、横へと流し、僕は眼下を見下ろす。
ビルの下の小さな教会では、一人の女性が今まさに新婦になろうとしている。
亜麻色の髪をヴェールで覆った、小柄で可愛らしい女性。
隣に立つ新郎の男性は緊張しながらも、その女性へと優しく微笑みかけている。
とても幸せそうな、新郎新婦の姿。
その二人を見ていると、僕まで笑顔になってしまう。
お幸せに、と、二人の未来を祈らずにはいられない。
見覚えのあるウェディングドレス。
あの結婚式の日、シエルちゃんが身に着けていたとびっきりのドレス。
そのドレスを着ている彼女は、シエルちゃんの直系の子孫だと言う事。
あれからどれほど経っただろうか。
数えていないので、よく覚えていない。
けれど、シエルちゃんが年老いて、子孫にドレスを譲った事は間違いが無い。
そうでなくては、あそこにあるドレスは何かの間違いになってしまう。
それでいい。
人の営みとは、そう言うこと。
次代へとまた新たな命を繋いでいく。それが人間というもの。
いつまでもいつまでも、可能性を紡いでいく。
人は、立ち止まらない限りどこまでだって行けるのだから。
そして、いずれは、世界の終焉にだって抗えるはずだから。
「じゃあ、そろそろ、行こうか」
「ええ、いきましょうか。あたしも見たいものは見れましたし」
僕の今代のパートナーである彼女に呼びかけて、僕は立ち上がる。
彼女も名残惜しげに教会を見つめていたけれど、すぐに視線を逸らした。
「さあ、また新たな可能性を探しに行こう。開け、鏡の扉よ。夢幻にして無限の旅路へと誘え」
僕の言葉に呼応するように、目の前に鏡で出来た扉が現れる。
この世界ではないどこか別の世界へと繋がる扉。
何処に跳ぶかは僕ですら分からない。
可能性を探し出すと言うのは、砂漠の中から芥子粒を探すに等しい行い。
こうして不確実性に頼って繰り返すのがいちばん妥当なのだ。
「けれど、必ず見つかるよ。人が物語を紡ぐ限りはね」
この世界線で可能性を持つ彼女……いや、彼を見つけ出したように。
人が物語を紡ぐ限りは、きっと。
僕は今一度意思を確認すると、鏡の扉を開いてその中へと踏み出す。
――――そして、その扉が閉じられた時、そこにはもう誰も居なかった。
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続編、だらり現代生活記もどうぞよろしくお願いします。