まあいいや
さて、かるーく試合を終え、二人にちょっと訓示をして。
そんな感じで今日の練習は終わり。
その後はお昼ごはん食べて、ちょっと散歩したり、おやつ食べたり。
そんでもってちょっと遅めの夕飯を食べて、お風呂の時間。
「風呂は命の洗濯だな、レン!」
「入ってくるなぁっ!」
桶投げつけられた。
その桶を受け止め、湯船から湯を組んで体を洗い流す。
「あっつっ、熱いっ。でもこれが風呂だな!」
風呂は熱いくらいがいいんだよ。健康には悪いんだけどな。
でも熱い風呂じゃないと入った気しねえんだよ。
好きなのは温い風呂なんだけど、風呂に入った気がするのは熱い風呂なんだ。
「風呂はいいなぁー」
言いつつ、体をがっしゃがっしゃと洗う。
ちゃっちゃと体洗って湯船に浸かろう。
「い、い、いいから出てけぇ! なんで入ってくるんだ!」
「なんだ、何か不都合でもあんのか?」
言いつつ、体を洗い流して湯船に。あーいい湯だ。
「い、色々、色々あるだろう!」
「レン、真面目な話だ。外には結界を張っておいた。盗み聞きはされない」
真剣な声音でそう言う。
その言葉に呼応するように、レンにも冷静さが戻る。
「すまん、取り乱した。なんだ?」
「ああ。今日、全力で戦って気付いた事、あるだろ」
「……まぁな」
そう、オレ達は全力で戦った。
もちろんだが、本気ではない。
全ての力を出し切りはしたが、切り札は切らなかったし、相手を殺すつもりでもなかった。
それでも、以前の自分たちとは格段に違うと分かった。
「……強くなってる。オレ達」
「ああ……間違いなく、強くなっている」
そう、強くなっているのだ。ありえない程に。
うすうすおかしいとは思っていたが、今日本気を出した事で確信した。
身体能力は爆発的に上がっているし……見も知らない武器が使えた。
……オレは、あの剣や盾を、いつどこで手に入れたんだ?
……分からない。本来の自分に出来ない事、本来の自分が持ち得ないものを持っている。
それがどれほどの恐怖か。
自分が一体どうなってしまっているのか……。
「まぁいいや」
考えても分からんので深く考えるのはやめる事にした。
馬鹿の考え休むに似たりって言うしな。
「……またそれか。確かに、考えても仕方ないのは確かだがな。それに、大切なのは、今こうしてある時間だ。分からん事に拘泥するのは愚かなことか」
「そうそう。レンちゃんカッコイーこと言うじゃん」
「お前が教えてくれた言葉だろうが」
「そーだっけ?」
まぁ、言ったかも知れないが、オレの発言は基本的にその場のノリだ。
だから殆ど覚えちゃいません。
「いずれにしろ、あれらが悪いものじゃないのは確かだ。とりあえずは現状の維持……」
「……そして、いずれ己の力が妥当と見取れば、お前は往くのだな?」
「まーな」
どこまでオレの力が伸びるのかは分からん。
そして、力が伸びたとして、元の世界に帰れるかは怪しい。
それでも、オレは帰らなくてはいけないと思う。
もちろん、この世界で生きる事についてはもう決めた。
戻ると言うのは報告。元の世界に居る両親に、もう帰らないことを伝えておきたい。
それが、せめてものけじめだろう。
「いやだ……」
「ん?」
「いやだ……孝也……行くな……」
そういって、レンがオレに抱き付いて来た。
オレの胸に顔を埋めるようにして。
「お前が居なくなるのは……いやだ……!」
「おいおい、別に居なくなりゃしねえよ。戻れたとしても帰ってくるつもりだ」
「嘘だ! そんなの、嘘だ!」
「いやだから……」
オレは戻ってくるつもりだって言うのに。
オレってそんなに信用ないのか?
皆をほったらかして、オレだけ無責任に帰るような事が出来る人間じゃないんだが。
「あの時もそうだ……お前は、私だけを逃がして……分かって居るのか! 女神アリシュテアが降臨しなければ、お前は……!」
「分かってるよ」
魔王にトドメを刺す時、オレはレンだけを逃がした。
魔王を殺せば、周囲一帯が吹き飛ぶ事は予想がついていたから。
死ぬのはオレ一人で十分だった。無駄な道連れは必要ない。
もちろん、自分が死ぬ事は嫌だった。
けど、自分の命可愛さに皆を見捨てて生き残るなんて、死ぬより嫌だと思った。
ただそれだけのことだ。
だからオレは、覚悟を決めて魔王を倒したんだ。
「もう、お前が居なくなるのはいやだ……だから、往くな……」
「はぁ……ハイハイ……世話の焼けるお姫さまだこと」
めそめそと泣いているレンの頭を撫でて、笑う。
こんな泣き虫、ほっとくわけにはいかんな。
帰れるようになっても、そう易々と帰るわけにはいかんか。
「ほれ、もう泣くな。オレはちゃんとこの世界に居るつもりだ。帰る時は……ま、そうだな。絶対に帰って来れる目途がついたら、だ」
「……その時は、私も連れて行け」
「え? なんで?」
「帰らんなどと言ったら、首に縄つけてでも連れ戻すからだ! だから……私を、置いていくな……」
「泣き虫のくせにおっかねえ奴」
レンなら本当にやりそうで怖いよ。
そう思っていると、オレに抱き付いて来ていたレンが離れ、オレの胸板に背を預ける。
「……暖かいな」
「ん? ああ、まぁ、風呂だしな」
「馬鹿もの。そう言うことではない」
「へいへい。お前も暖かいよ、ほんとに」
そういって笑い、オレはレンを見下ろす。
「………………」
「どうした?」
「……いや、水着の時には気付かなかったが、お前意外と胸ごぶあっ!」
「この馬鹿者っ! 真面目な話なのだろうが!」
物凄いパンチもらった。
おー、痛ぇ……。ま、最後までシマらないってのがオレたちだ。
こんなのが妥当なのかもな。
バカめ! 風呂が水着着用回だけで済むと思っていたのか!