七、電光石火! キグルミオン! 11
「特務からの情報からも間違いなし……宇宙怪獣迎撃――タイミングよし……刑部一尉からも、よろしくとの入電あり……」
唸り上げるスクラムジェットエンジンが機体そのものを大きく震わせた。宇宙往還機をその中央にぶら下げた親機が、空を目がけて滑走路を加速していく。小さな窓から見える外の景色が急激に後ろに流れていった。前方の窓から長く続く滑走路と海と空の青が次々と目に飛び込んで来る。
地を駆る巨大な車輪がこすれてよこす振動と、エンジンそのものが機体を揺らす振動。それらの不規則な震えに身を任せながら坂東は美佳の報告に耳を澄ませる。
「了解」
そう短く応える坂東は宇宙往還機の後部座席に身を固定していた。屈強な体には少々小さなその座席は、坂東の身をどうにかこぼれないように乗せてるようにも見える。
坂東の体はその座席の後ろにぐんと押さえつけられる。同時に坂東の身が後ろ斜めに傾いた。海の青を写し出していた窓の向こうの景色が全て空の青に変わる。
最大の加速に達し陸を離れた親機は見る間に空へと駆け上がっていく。キグルミオンを乗せる大きさを持つ宇宙往還機をぶら下げる親機。その大きさはちょっとした貨物旅客機だった。その異形にして巨体な機体が宇宙に向かって先ずは空を駆け上がっていく。
「よし、離陸したぞ! 仲埜! 問題は?」
「ないです!」
坂東の耳にヒトミの声が再生された。
「飛行機酔いなんかするなよ!」
「誰にモノ言ってるんですか? こう見えても離島育ちですよ! 船も飛行機も毎日のように乗ってました! 飛行機酔いなんてしませんよ!」
「そうか! だが、宇宙酔いもあるぞ! こいつは未経験だろ!」
「大丈夫です! ヒーローポーズ以外に、私が酔うものなんてありませんよ!」
「そうか! 分かった! だが油断するな! こうやってのんびり話してられるのも、親機から切り離されるまでだ!」
宇宙往還機をぶら下げた親機は青い空をどこまでも駆け上がっていくかのように、機首を上に向けて飛んでいく。
「……」
「この我々が乗る宇宙往還機が親機から切り離され、単独で飛行を始めれば直ぐに急激なGが襲う! まあ、それは耐えればしまいのこと! 我々はこのシークエンスでは所詮お客さんだ! どっしり構えてろ!」
「はい!」
「よし! 問題は宇宙に上がった後だ! 我々が到達する高度は地表約140キロメートル! 博士に言わせればここは低軌道らしいが立派な宇宙らしい! だがここに居られるのは十分をわずかに下回る時間しかない!」
ヒトミ達を空まで連れて来た親機が機首を水平近くに戻した。それを合図にしたかのように坂東の前に座る宇宙往還機のパイロットが機器類に手を伸ばす。
「……」
「このわずかばかりの宇宙滞在時間で、宇宙怪獣を視認! スペース・スパイラル・スプリングエイトから打ち出された『エキゾチック・ハドロン』を受け、『クォーク・グルーオン・プラズマ』を打ち込む! できるな!」
「もちろんです!」
往還機のパイロットが坂東に無言で振り返り親指を立ててみせた。
「よし! 切り離し! 衝撃注意!」
「了解!」
ヒトミの返事が終わるや否や、軽い金属質な衝撃音とともに機体が宙に投げ出された。宇宙往還機は先ずはエンジンに火を入れず親機から放り出された慣性で空を舞う。その往還機の上空をここまで運んで来た親機が追い抜き離れていく。
「切り離し成功! 親機離脱! 航路問題なし! 計算通りに軌道に乗れます! 宇宙往還機! エンジン点火して下さい!」
機内に久遠の興奮気味な声が再生された。その声とともに宇宙往還機の機首が天を突くように上を向く。
「いよいよだ! Gが来るぞ! 仲埜! 舌を噛むなよ!」
「はい!」
往還機の後尾に設置されたエンジンから、長いジェットの火を噴かれた。翼こそその両翼についているがまるでその様子は宇宙に向かうロケットそのものだ。宇宙往還機は突き上げるように空へと向かっていく。
「ぐ……」
「辛いか……仲埜……」
耳元から漏れて来たヒトミのうめきに、坂東がこちらも苦しげにそれでいてどこか優しく声をかける。
「へっ、ちゃら、です……」
「痛みは?」
「大丈夫……です……」
「そうか? 訓練を思い出せ……そうすれば耐えられる……」
「はい……」
「……」
ヒトミの返事を最後に坂東達は黙って加速に耐える。無言の時間がロケットエンジンで揺れる機体に流れた。
そして――
「仲埜――」
坂東が静かにヒトミに呼びかけると、
「ここが宇宙だ……」
強烈な加速が不意に消えた。
改訂 2025.08.19