七、電光石火! キグルミオン! 10
「いい? ヒトミちゃん! 今、ちょっと手が離せないけど、よく聞いて!」
久遠は激しくステップを踏むダンサーのように、せわしなく指を踊らせながらヒトミに呼びかけた。
空港の管制塔の一角。久遠はそこでモニターの前に半ば腰を浮かしながら座っていた。その目の前には幾つものモニター。そして計器類。
久遠の指はその機器類の前の入力デバイスに目にも止まらぬ早さで、それでいて一字も間違わずに数値や文字列を入力していく。久遠の頭にはマイクとイヤホンのついたヘッドセットがかけられていた。久遠はそのマイクに向かって呼びかける。
「本来、宇宙往還機は乗ったまま帰ってくるものだわ!」
「はい!」
ヘッドセットのイヤホンから聞こえてくるヒトミの返事に久遠は軽くうなずいた。
久遠の瞳に写り込む数字と数列と文字列の羅列。それは現れては瞬く間に消えていく。久遠の打ち込む数値に反応してはモニターの向こうに消えていくそれは、まるで久遠が見せる指のダンスへの賞賛の拍手の現れのようにも見える。
「それを低軌道衛星投入用に改造しているのが、今回ヒトミちゃんが詰め込まれてる機体よ!」
「〝ぐにゅー〟です……」
「そうね。〝ぐにゅー〟ね! でも、我慢して! 大変なのは、〝ぐにゅー〟な『行き』じゃないわ! 『帰り』よ!」
ヒトミに話しかける間も久遠の指は止まらない。久遠の後ろを管制室の人員がせわしくなく行き来し、時に怒号めいた指示が飛び交っていた。
久遠はそんな喧騒の中で、情報入力と出力確認の為に一際嵐のように指と目を踊らせながら、それでいて全くの無駄なく計算されていかのたようにその指と目は舞っていた。
「?」
「行きは往還機におんぶに抱っこで連れてってもらったらいいわ! 宇宙怪獣なんて、ちゃちゃっとやっつけちゃって! 大変なのは『帰り』!」
「時間差で打ち上げる別の宇宙船で帰ってくるんですよね?」
久遠がチラリと視線を上げた。モニターから目を離し、窓の向こうから滑走路を見つめる。そこには三本の胴体とノーズを持つ特徴的な機体が滑走路に向かっているのが遠目に小さく見えた。そのすぐ後ろを全く同じ機体がついていく。
「そうよ! 言うは易しね! 一機目の往還機で宇宙に放り込み! はぱっ宇宙怪獣を撃破! 空っぽで打ち上げる二機目の往還機に、宇宙でランデブー! 全く――涙が出そうな程、ご立派なプランだわ! ごめんなさいね!」
「キャラスーツに、パラシュートもつけられましたけど?」
「そうね……」
久遠が今度もチラリとモニターから目をそらし、手元にぞんざいに放り捨てられていた書類に目を落とす。そこにはキグルミオンが両肩にリュックサックを背負ったような模式図が描かれていた。
「キグルミオンの〝グルーミオン〟なら、最悪の場合でも、大気圏再突入の空力加熱――大気の壁にも耐えられるわ。だけどやっぱり危険は最低限に押さえたいの。帰還用の宇宙往還機で、後から追いかけるから。帰りはそれに乗って。その為の軌道計算は任せて、今――鋭意やってるところだから」
「あはは。今――なんですね」
「ふふ。そうよ。でも信じて。ヒトミちゃんは、私が――無事地球に連れ戻してあげる!」
入力デバイスの上で指を踊らせながら応えていた久遠は、最後にぐっと力の限り指を握った。
「はい!」
「ふふん……あと、ユカリスキーも……ユカリスキーもヒトミを無事に地球にエスコートしてくれる……」
ヒトミの返事に合わせたかのように美佳が久遠の後ろに現れた。美佳は珍しく一人だった。情報端末だけを手に久遠の横に立つ。
「美佳ちゃん。そっちの準備はオッケー?」
再度指を走らせながら久遠が美佳に振り返りもせずに問いかける。
「ぐふふ、もちろんオッケー……今、ユカリスキーは一人寂しくカゴの中……」
美佳はそう告げると久遠に己の情報端末のモニタを差し出した。航空機の機内らしい。がらんとした閉じた金属の空間が写し出される。
そこには宇宙服に身をまとったユカリスキーがモニターに向かって手を振っている姿があった。ユカリスキーの体には命綱らしきロープが機内に繋がれている。
「オッケー。ヒトミちゃん! 帰還用の往還機には、ユカリスキーが乗ってくれてるから! 行きは隊長に! 帰りはユカリスキーにエスコートしてもらっちゃって!」
「宇宙に放り出された私を、ユカリスキーが外に出て誘導してくれるんですよね?」
「そうよ、ヒトミちゃん。行きはおっちゃんだけど、帰りは可愛いヌイグルミ。やる気出るでしょ?」
「あはは……」
「こら。誰が『おっちゃん』だ? 博士」
久遠の耳元に坂東の声が不意に再生される。
「あら、隊長。聞いてらっしゃいました?」
その言葉に久遠がぺろっと舌でも出しそうないたずら顔で応える。
「聞いてる。音声が繋がっているのは、知ってるだろう? 何を澄まして――」
「ああ。何のことでょうか。さあ、ヒトミちゃん――」
久遠の指が一際激しく舞う。
「時間よ!」
「――ッ!」
久遠の言葉にヒトミの息を呑む音が聞こえてくる。
「宇宙怪獣……計算通りの周回軌道……離陸するなら、今……」
美佳が一度情報端末に目を落とすと、窓の外から滑走路を見下ろした。既に一機目の宇宙往還機が滑走路で機首を前に向けているのが見える。ヒトミと坂東が乗る宇宙往還機とその親機だ。
「よし! キグルミオン! テイクオフ!」
「はい!」
坂東の声にヒトミの返事が重ねられると、
「いってらっしゃい、ヒトミちゃん! 宇宙へ!」
久遠のその言葉とともに親機のスクラムジェッエンジンが唸りを上げた。
改訂 2025.08.18