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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
七、電光石火! キグルミオン!
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七、電光石火! キグルミオン! 8

「もう二度としないわよ!」

 久遠はそう叫び上げるや(いな)や、リニアチャックの上にお尻を着いて座り込む。

 座り込んでしまったのは疲労や休憩の為ではないらしい。その証拠に久遠はへなへなと着いたままのお尻を上げようとしない。

 そして恐怖になるべく小さくなろうとしているのか、背中を極限にまで丸め坂東の右足にしがみついた。

 その久遠の背中の向こうではユカリスキーがもう一度ロープを上に登っていっていた。

 ヒザをついたままのキグルミオンのアクトスーツの足元では、緊急車両と空港関係車両が(むら)がっていた。赤色灯(せきしょくとう)(またた)かせ、警報をけたたましく鳴らした消防車両がいまだに赤く燃え上がる人工衛星の残骸(ざんがい)に放水を始めている。

「ええ! 次も外れたらお願いしますよ!」

 外れていたヒトミの右肩。その肩はしっかりと元の位置に戻ったようだ。

 ヒトミは(おのれ)の右の肩に左手を()えるや、ゆっくりとその関節を確かめるように回す。その足元では脱ぎ捨てた状態でキグルミオンのキャラスーツが横たわられていた。

「肩のことじゃないわ! もう二度とロープで降りたりなんかしない――って言ってるの! 死ぬかと思ったわよ!」

「まあ、なかなか(さま)になっていたぞ。才能があるんじゃないのか? よかったら、俺が本格的にロープ滑降(かっこう)を――」

「結構です!」

 その自慢のつり目を本気の涙目で光らせて、久遠は真面目な顔でロープ滑降の教授を申し出る坂東の言葉を(さえぎ)った。

「そうか? 残念だ。仲埜――肩は大丈夫か?」

 坂東は久遠を(おのれ)の右足に好きにすがりつかせたまま、まだ肩を回して調子を確かめているヒトミに振り返る。

「はい。ちょっと痛みますけど」

「ヒトミちゃん。その肩で対Gよ? 大丈夫? 私はできれば止めたいんだけど?」

 久遠が坂東の右足にしがみついたままヒトミの様子をうかがうように上目遣(うわめづか)いに見上げる。

「行きます。宇宙行きたいです。準備も進んでるんですよね?」

 ヒトミは海上空港の(はる)か先に視線を向ける。遠目に以前ヒトミ達が訓練に使った施設が見える。

「ええ。準備は進めてるけど……」

「なら、行きます。大丈夫です。痛みが退()くの待ってたら、宇宙怪獣にいいようにやらちゃうんでしょ?」

「そうだけど……」

「任せて下さい、久遠さん」

「ヒトミちゃん……」

「分かった。無理はするなと言いたいところだが、実際は無理でもやってもらうぞ」

 黙って二人の会話を聞いていた坂東がヒトミと同じく訓練施設に目を向けながら口を開く。

「はい」

「その肩で――宇宙だ。対Gがきついからって、泣くなよ」

 坂東が軽口めいた口調の中にも頼もしげに声を低くしてヒトミに目を向けると、

「泣きませんよ。これぐらい」

 そのヒトミも得意げな笑みを浮かべて坂東の視線を受け止める。

「てか、二人とも……よくこんな足場で、平然としてられますね……」

 久遠が依然(いぜん)坂東の右足にしがみついたまま、おっかなびっくりに周囲を見回して口を開く。

 ちょっとしたビルの屋上程もある高さ。その(さく)も何もないリニアチャックの鉄板の上で、ヒトミと坂東はしゃきっと背を伸ばして立っていた。

 空港の滑走路(かっそうろ)(ゆえ)に広く()けた空間が周囲には広がっおり、少なからぬ風がヒトミと坂東の(ほほ)()でて行く。加えて上空ではホバリングを続けるヘリが巻き上げる空気もあり、余計に三人がいる足場を悪くしていた。

 実際久遠のショートの髪をこれでもかとその風が巻き上げていた。

「これぐらいなんともないですよ」

「これぐらいは普通だな」

 不安定な足場でなびくままに風に髪を舞わせながら、ヒトミと坂東は互いにうなづきあった。

「おかしいわ! この人達は!」

「そうですか?」

「そうよ、ヒトミちゃん! ちょっとは、常識ってものを――」

「博士……そこどいて……」

 思わずか声を(あら)げる久遠の頭上に美佳の声が(かぶ)せられる。

「へっ……」

 久遠がその声に()頓狂(とんきょう)な声を上げて上空を見上げると、

「ふふん……ユカリスキーと空中散歩……」

 左右に揺れるロープがその頭上で派手に(おど)っていた。

 そのロープを一人と一体分のヌイグルミの影がすっと降りてくる。

 ロープを器用に下り降りてくるユカリスキー。そのコアラの縫いぐるみ(ヌイグルミ)に美佳が抱きかかえられようにしてロープを伝って降りて来た。

「よいしょ……」

 不安定な足場に縫いぐるみ(ヌイグルミ)任せで降りて来た美佳は、何事もなかったかのように(すず)しい顔で久遠の横に着地する。

 ユカリスキーは着地するや否や美佳の腰に手を回してその体を支えた。美佳はユカリスキーに身を(あず)け、やはり強風に負けずに不安定な足場の上に平然と立つ。

「み、美佳ちゃんまで……」

「ふふん……ユカリスキーがついてるから、これぐらいヘッチャラ……」

「どうした、須藤くん? 上空で待機でよかったが?」

 こちらは誰に支えられる訳でもないのに風に負けることなく平然と立つ坂東が訊く。

「宇宙往還機、準備は順調……何と言ってもキグルミオン用の特別機……皆でお披露目、お披露目……」

 美佳がそう応えながら情報端末を皆に向けると、

「おお! 何かワクワクする!」

 ヒトミが目を(かがや)かせてそのモニタに釘付けになった。

改訂 2025.08.18

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