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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
七、電光石火! キグルミオン!
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七、電光石火! キグルミオン 7

「よし、分かった! 仲埜――」

 坂東はヒトミの目を見つめ返しながらうなづいた。坂東はそのままぬっとヒトミの肩に手を伸ばす。

「少々痛いが我慢しろ!」

「はい!」

 ヒトミはリニアチャックの金属板の上で歯を食いしばって前に向き直る。上空でホバリングするヘリが巻き起こす風がそのヒトミの短い髪をかき乱した。

 キグルミオンの足下には黒こげた金属の(かたまり)が無数に(ころ)がっている。大きな部品こそなくなっているが火の玉と化した人工衛星の残骸(ざんがい)だ。

 キグルミオンの周囲では空港関係の車両が(せき)を切ったように十数台こちらに向かってくる。赤色灯(せきしょくとう)(かが)かせた消防用の車両が、先陣を切って速度を上げるのが特に目立った。

 遠くの空港ビルのガラスにはびっしりと人だかりができているのが見えた。滑走路はもちろん一時閉鎖されており、その為に待たされている乗客達だろう。キグルミオンの姿を写そうとしてか小さなフラッシュの光が小さいが途切れることなく(またた)いていた。

 宇宙から飛来した人工衛星の破片。その熱気がもわっと広がり金属が焼ける匂いがヒトミ達の鼻に届けられる。

「確かに外れているな」

 ヒトミに覚悟を決めさせる為にか、坂東はがっしりと遠慮もなくその肩に手をかけた。

「――ッ!」

「心配するな! 自衛隊時代は野戦病院()らずと言われたこの俺! 肩ぐらいそれなりに、入れ()れてる! 安心しろ!」

 無言で悲鳴を上げたヒトミに坂東が(かつ)を入れた。

「はい! お願いします!」

「いくぞ――」

「『いくぞ』――じゃ、ありません!」

 (おのれ)の腕にぐっと力を入れた坂東の言葉を(さえぎ)り、久遠の悲鳴めいた抗議の声がその耳元で響き渡った。

「どうした、博士?」

 坂東がヒトミの肩の関節をはめんと力んでいた手を止め上空を困惑げに見上げる。そこにはおっかなびっくりにドアから顔を突き出している久遠の姿があった。

「どど、どうしたもこうしたもありません! さ、さっきから聞いてたら、ななな、何をやってらっしゃるんですか!」

 ヘリのドアから顔だけ突き出した久遠。その顔は蒼白で、声は少々恐怖に上ずり坂東の耳元で再生される。久遠の顔はヘリの床ギリギリにあった。顔の前に回された手は床を必死につかんでいる。

 どうやらヘリの床にへばりつき落下の恐怖に耐えながら話しているようだ。

「むむ、博士……嫁入り前の娘がする格好じゃない……」

「ほほほ、()っといて! あの人達を(ほお)っといたら、ななな、治ってない怪我も――ななななな、治ったような顔をし出すに決まってるわ!」

 その証拠に後ろに控えていた美佳に突き出した腰を手で押さえてもらっていた。美佳に押さえもらいながら久遠は興奮気味に捲し立てる。

「博士……あんまり興奮すると――落ちる……」

「美佳ちゃん! 手、離しちゃダメよ! 離さないでね! お願いね!」

「博士! 仲埜は脱臼している!」

「……」

 坂東の言葉にヒトミも上空を見上げる。

「聞いてました! だからって、素人が勝手に入れちゃダメです!」

「しかし、宇宙怪獣の次の周回まで時間がない。そう何度も地上での迎撃が(こう)(そう)すとは思えん。宇宙に早く上がらないと」

「分かってます! 美佳ちゃん! 宇宙往還機(おうかんき)の準備! 要請(ようせい)しておいて! ヒトミちゃんは私が()ます! どっちも平行してやりますから、これで文句ありませんわよね!」

「ああ、だが時間がないのは変わりないぞ! 仲埜を診療室まで運んでいる時間は――」

「ええ、分かってますとも! 分かってますとも! 降りりゃいいんでしょ! 降りりゃ! 美佳ちゃん! ユカリスキーに戻って来てもらって! あの体育会系コンビに任せられないから! 私が降りるわ! ロープで!」

 久遠はそこまでヤケになったように(まく)し立てるとヘリの床から立ち上がり、その姿が坂東には見えなくなった。

 同時にユカリスキーが飛び()ねるように走り出し、ヘリから垂れたままのロープに向かって()けていった。ユカリスキーはそのままぴょんと飛び上がるとロープにぶら下がるや、上へと元気に登っていく。

「久遠さん……()てくれるんですか?」

 動くと痛むのかヒトミがヒザを着いてまま体はなるべく動かさず口だけ開く。それでも顔だけ上空を見上げるとユカリスキーがヘリの向かって小さくなっていくのが見えた。

「ああ。どうやら……降りてくるらしい……ロープで……」

「あはは……大丈夫かな……」

「そうだな……仲埜――」

 坂東がふと視線をヒトミに落とす。

「?」

「どうして、急に宇宙に……その――熱心に行きたくなった?」

「おかしいですか?」

 ヒトミは痛む体でぎこちなく坂東を見上げる。ヘリのホバリング音に負けじと、少し大きめの声で答える。

「いや。宇宙怪獣を倒す為というよりも、宇宙そのものに行きたがっているように見えたんでな」

「はは。単純に宇宙(すご)い――そう思ったんですよ」

「『凄い』? あの状況でか?」

「ええ……真っ赤になって落ちてくる人工衛星が、何だかとっても凄くって……」

 自身の記憶をもう一度網膜(もうまく)(よみがえ)らせようとしているのか、ヒトミが視線をすっと落とした。

「……」

「宇宙の力凄いとか思っちゃって……怖いはずなのに、見入っちゃって……あはは、だから避けなかったってのもあるんですけど……」

「仲埜……」

「だから私も、宇宙行きたいです。凄い宇宙体験したい――」

 ヒトミが脂汗(あぶらあせ)の浮かんだ(ひたい)のままそ、れでも笑みを坂東に向けると、

「キャー! イヤーッ! 死ぬ! 落ちる! ユカリスキー、助けてー! 降ろして!」

 久遠の悲鳴がヘリのホバリング音を切り()いて(わめ)き散らされた。

「博士、今、確かに降ろしてるの……」

「分かってるわよ! ああ、やっぱ無理! 無理無理無理無理!」

「何をやってるんだ……」

 坂東が耳元でも再生される声に(あき)れたように振り返ると、

「ギャーッ! やっぱりやるんじゃなかった! 降ろして! ロープが! ロープが()れる!」

 ()れるロープの中程でユカリスキーにしがみつきながら久遠が涙目で降りてくるところだった。

改訂 2025.08.17

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