七、電光石火! キグルミオン 6
「仲埜!」
坂東が宙に身を投げ出す。眼下で暴れるロープを次々とピンと張らせながら、坂東の巨体が一直線に海上空港の地面に――その上でヒザを着くキグルミオンの背中に向かって降りていく。
「ユカリスキー! フォロー!」
その坂東を追ってすぐ美佳の声がヘリの中から轟いた。
その美佳に声が響くや否や、ヘリの出口のからコアラのヌイグルミがまさに放り出されたかのように飛び出してくる。実際にユカリスキーはいち早く外に出る為に放り出されたようだ。一旦斜めに体がくるくると旋回するように宙を舞った。
ユカリスキーは錐揉みする身で両手を外に投げ出すと、己の体を抱え込んでくるりと一回転した。その動きで体の自由を取り戻したコアラのヌイグルミは、空中で二三度足を駆るように動かすと、今度は頭を下にして真っ逆さまに落ちていった。
ロープで滑り降りる巨体の横をすり抜け、ユカリスキーは坂東より一瞬早く目的の場所に向かっていく。
ユカリスキーが空中で再度身をひるがえし、前回りを一回して金属の巨大な金属板に飛び降りた。
リニアチャック――そのスライダー部分だ。
ヌイグルミの体のユカリスキーは、ヒザを折ってリニアチャックに着地するや、その身を襲う衝撃を難なくその柔らかな体で吸収する。
「仲埜!」
そのすぐ背後に坂東が降り立った。リニアチャックはチャック故の特性を利用して、チャック部とスライダー部の角度が自在に調整できるようだ。
ヒザを着くキグルミオンの空に向けて湾曲された背中。坂東達が降り立ったスライダー部は、その背中の角度に合わせてチャックから地面に水平に突き出ていた。
坂東とユカリスキーが降り立つや直ぐに、そのスライダー部の上をチャックに向かって走り出す。
上空でホバリングするヘリの風が二人の足をかき乱した。両脇の下はすぐに奈落の底の地面というスライダー部を、大男とコアラのヌイグルミが脇目もふらず駆け抜けた。
「隊長! 分かってるとは思いますが、〝ダークワター〟内には――」
その坂東の耳元に久遠の声が再生された。
「分かってる! 直接は入らん!」
坂東は直ぐにチャック部に辿り着いた。その応える言葉とは裏腹に、今にもチャックの向こうに飛び込まん勢いで立ち止まった。
坂東はV字肩に開いたエレメント――金属の噛み合わせを己の両手で内側からがっしりとつかんだ。
その向こうは何も見えない闇。その闇に向かって坂東は悔しげに下唇を噛んだ。
その坂東の足下でユカリスキーが両ヒザを着いて座り込む。ユカリスキーのフワフワでモコモコな手が金属板の一角に伸ばされた。
「ユカリスキーに、緊急回収用ロープを用意させます……」
美佳の声が坂東の耳元で再生されるや、ユカリスキーがすくっと立ち上がった。その足下では金属板の一部が開いており、中から太いロープが伸び出ていた。
ロープのその先はスライダー部に巻き揚げ機――ウインチで固定されており、ユカリスキーが持つもう一端は何かを縛りつけるベルトになっていた。
「ユカリスキーがロープをベルトで固定して中に入ります……この子がヒトミを確保次第、隊長はロープの操作を……」
美佳の言葉通りにユカリスキーが己の腰にベルトを巻き付けた。
「よし!」
坂東がそのベルトを自分でも引っぱり強度をとっさに確かめる。そして二、三度ベルトを引っ張り外れないことを確かめると、ユカリスキーを両脇を下から抱えて持ち上げる。
フワフワでモコモコのコアラのヌイグルミを持ち上げる戦闘服の大男。その顔はいたって真剣だ。
「頼むぞ!」
坂東はユカリスキーがうなづき返すヒマも与えずその体をチャックの向こうに放り投げた。
ユカリスキーの姿は一瞬でチャックの向こうの暗闇に消える。
坂東が降りて来てからユカリスキーを投げ入れるまで、ヒトミはピクリとも動かなかった。
「……」
坂東は投げ終えた姿勢のままその場で固まる。
「――ッ! ユカリスキーに感あり! ヒトミを確保!」
「でかした、須藤くん!」
坂東はとっさに片ヒザを着きその手を金属の床に伸ばした。坂東がスライダー部に埋め込まれていたスイッチをひねると、ウインチが唸りを上げてロープを巻き揚げ始めた。
「隊長! ヒトミちゃんが出てくると、『エンタングルメント』が維持できません!」
久遠の緊迫した声が、巻き戻ってくるロープを見つめる坂東の耳元で再生される。
「おう!」
「キグルミオンごと揺れる――もしくは、最悪の場合、キグルミオンごと倒れるかもしれません!」
「分かってる! このロープで何とかする! 出て来たぞ!」
先ずユカリスキーの背中が。そしてそのユカリスキーががっしりとつかんだ着ぐるみの背中がチャックの向こうから現れた。
「仲埜!」
最後はもつれるようにロープに引かれて出てくるユカリスキーとキグルミオンのキャラスーツ。
ヒトミがチャックの向こうから救出されると、
「エンタングルメント! 維持できません!」
美佳のその叫びとともにキグルミオンのアクトスーツがぐらりと揺れる。
「く……」
坂東は揺れるリニアチャックの上で、それでもヒトミとユカリスキーの体を受け止めた。
「……」
ヒトミは無言だ。左右に揺れるリニアチャックの上で、気でも失っているのか坂東とユカリスキーに身を任せるがままにしていた。
「倒れるなよ……」
坂東は右足を突っ張って踏ん張りながら、左右に揺れるリニアチャックの上でバランスを取る。大きく右に揺れた際に零れ落ちそうになったキャラスーツを、ユカリスキーごと坂東は己の体に抱き寄せた。
「くは……」
その動きにヒトミがようやく声を上げる。
「仲埜! 意識があるんだな!」
「はい……肩が……」
「肩? 肩がどうした? まさか、骨折か?」
「いえ、脱臼したようです……」
「そうか……」
キグルミオンの動きがようやく止まる。どうやら片ヒザを着いたまま安定したようだ。
「脱臼か……よくそれで済んだ……」
坂東がほっと胸を撫で下ろすように息を吐く。そしてヒトミを放してやる。
ヒトミは自分の足でリニアチャックに降り立つと、そのまま両ヒザを着いて前屈みになり右肩に左手を回した。
同じくスライダー部に降り立ったユカリスキーがすかさずそのヒトミの右肩に回り込む。
「あはは……ちゃんと、受け止めましたよ……ちょっと痛いですけど……ユカリスキー、脱がして……」
ユカリスキーがヒトミの言葉にうなづきその背中に手を伸ばした。
両ヒザを着いて前屈みになっていたキグルミオンのキャラスーツは、ユカリスキーがチャックを降ろしたことで自然と下にずり落ちる。
「そうだな。よくやった。今、久遠くんに診てもらう。空港の医療室を借りよう」
坂東はそのヒトミの様子を見下ろすと遥か遠くに見える空港施設に目を移した。
「そのヒマは……ないんですよね? 隊長」
「……」
坂東がヒトミに視線を戻す。
「久遠さん言ってました。迎撃したら、すぐ宇宙だって」
ヒトミはその暗いキャラスーツの中から汗だくの体で出てくる。
「仲埜……」
「隊長! この肩、この場で入れて下さい! 私は今直ぐにでも――」
ヒトミはほの暗いキャラスーツから青い空に下に出る。
そしてその額から滴り落ちる汗もそのままに、
「宇宙に行きたいです!」
痛みとは違う何かで瞳を光らせながら坂東に振り返った。
改訂 2025.08.17