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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
七、電光石火! キグルミオン!
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七、電光石火! キグルミオン 3

 二機のティルトローター機につるされたキグルミオン。その巨体が急加速を付けて上に引き上げられて行く。急激な加速度が生み出す重力がヒトミの体を(おそ)った。

 ヒトミは加速に負けんと歯を食いしばりながら、(おのれ)の体を後ろに振りやった。下を向いたキグルミオンの視界(はる)か下に、海上空港の北端の岸壁が入り込む。

 ブランコ遊びでもするかのように、ロープで後ろに大きく身を引くキグルミオン。一度後ろに下がったその巨大な体が、空気を(うな)りを上げて押し退()けて振り子を振るように前に出る。

「放り投げるぞ! うまく着地しろよ!」

 坂東のその言葉と同時にティルトローター機からロープが切り離された。

「了解! だあっ!」

 切り離された勢いのままにヒトミは気合いとともに空を飛ぶ。

「キグルミオンにとっても少し高いぞ! 受け身をとれ、仲埜!」

「分かってます――」

 ヒトミはキャラスーツの中で目を()らす。(はる)か下に見えた海上空港が見る間に大きくなっていく。

「着地!」

 空港の地面に対して斜めに落ちて来たキグルミオン。そのフワフワでモコモコの両足がアスファルトをとらえる。左足の()()()から着地したヒトミは、その勢いのままに足の裏を転がすようにつま先を着いた。

 着地の勢いを先ずは左足で受け流したヒトミは、今度は右の足先をやや斜めに差し出して着地させる。自身の動き以上の勢いで前に投げされる体。その衝撃をヒトミはその動きで左足から右足に移し替えた。

「――ッ!」

 右足の小指で()ず地面を感じたヒトミは、その大地に差し入れるかのように足先を伸ばして右足を転がす。と同時にヒトミは右手を前方に投げ出し、体全体を斜めに傾げた。

 地面に着地する衝撃を左足から右足へと差し替えたヒトミは、右手を伸ばしながらも体を柔軟に丸め込んだ。そして(おのれ)の体の側面を(ころ)がすようにスネ、モモ、腰、横っ腹と斜めに向けた体で地面を転がる。(さら)に丸め込んだ右肩の裏を地面に着く頃には、体が完全に反転していた。

 巨大な足が勢いを転がる勢いに逆らわず、それでいて全体の勢いを殺す為に大きく(ひろ)げられて投げ出される。

 そして巨大な着ぐるみの頭は完全に肩の内側に巻き込まれて、後頭部を地面にこすりがらも衝撃を受けることなく空を向く。

 今や回転の勢いを引き受けているのは、上を向いた下半身だ。腰を中心に重心を移動させながら、ヒトミの体は前周りを描いて回転する。

 足と腰は勢いに任せて宙を切らせながらも、ヒトミは背中に意識を集中して次の衝撃に備えた。頭を巻き込むように前に転がったキグルミオンの体で、ヒトミはその回転を今度は丸めた背中に伝える。

 今や落下の際の下向きのエネルギーは全て回転のそれに切り替えられていた。ヒトミの丸めた背中が地面を転がる。

 ヒトミは放り出されるがままにしていた左手をその瞬間に地面に叩き付けた。

 左手が海上空港の大地を平手撃ちするや、その勢いは全て前を向けられる。

「そりゃ!」

 ヒトミは腰を地面に打った反動すら利用し、モモの裏が大地をかすめるや否や転がる勢いで立ち上がった。

「取りましたよ! 受け身!」

 やや浮き上がった体を両足で踏ん張って地面に固定し、ヒトミは()ずはと空を見上げる。素早くヒトミは首を(めぐ)らせると、左右に分かれていくティルトローター機の姿を確認する。そして同じく距離を取り始めていた坂東達のヘリを見つけて軽く手を振った。

「言ってる場合か! 即座に迎撃に入れ!」

「了解です!」

 キャラスーツの中で再生される坂東の声に(こた)えたヒトミの瞳が、淡い光を受けて輝き始める。そしてその瞳がとらえたのは、赤い軌道(きどう)(えが)いて落ちてくる金属の(かたまり)だった。見上げてすぐは小さな点であったそれは、ヒトミ目がけて見る間に大きくなって行く。

「スペース・スパイラル・スプリング8! エキゾチック・ハドロン発射! キグルミオン! カラーチャージ良好!」

「落下衛星迎撃可能高度まで――後、十秒……」

 続いて久遠と美佳の緊迫した声が再生された。

「九、八、七、六、五――」

 美佳がそのままカウントダウンを始める。

「エキゾチック・ハドロン到着よし! 過剰クォーク解放! 〝グルーミオン〟化されたキグルミオンの『グルーオン』と急速反応! プラズマ化確認! これが――」

 そのカウントダウンに(かぶ)さるように緊張と興奮の入り()じった久遠の声が再生される。

「……」

 ヒトミは狙いを定めるように天をにらみ付けながらその声に無言で耳を()ます。

「宇宙創世時の光よ! 見せてあげて! ヒトミちゃん!」

「四、三、二、一――迎撃可能高度! ヒトミ!」

「やれ! 仲埜!」

「――ッ! はい! クォーク・グルーオン・プラズマ!」

 ヒトミがその叫びとともに右手を天に()き上げた。

 全身の光がその手の先に乗り移ったかのように、まばゆいばかりの閃光が右手の先から(そら)に放たれる。

 その瞬間は何もかもが閃光に包まれ何も見えなくなっていた。

 海上空港の遥か上に斜めに突き上がる閃光。その光が赤い火の玉を()み込んだ。

「クォーク・グルーオン・プラズマ……衛星破壊に成功の模様……状況確認中……」

「……」

 閃光がヒトミの視界から光を奪う。ヒトミは美佳の報告に耳を澄ませながら、ゆっくりと右手を降ろし始めた。

 だが――

「――ッ! 特務隊より緊急入電! 第二攻撃、レーダーに感あり! ダメ! ヒトミ、迎撃間に合わない! 逃げて!」

 その静寂にも似た瞬間を、美佳自身の叫びが切り裂いた。

 ようやく晴れた残光の向こうに――

「――ッ!」

 先よりも大きい赤い火の玉が青い空を穿(うがつ)つように落ちて来ていた。

改訂 2025.08.16

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