七、電光石火! キグルミオン 1
七、電光石火! キグルミオン!
「仲埜! いいか? よく聞け!」
人員輸送用の大型ヘリコプターがその身を斜めに傾けた。ヘリ特有の大きく無遠慮なモーター音が響かせて、陽がやや中天から逸れ出したその空を行く。
無骨な外見そのままに無愛想な内装の内部をしていた。実戦的に作られた機内は、ゆうに三十名は乗れる広さがある。
だがその中でもやや窮屈そうに身を折りながら、戦闘服の大男――坂東士朗がヘッドセットのインカムに呼びかけた。坂東は壁面の簡易なベンチに腰掛け窓を背に座っていた。
「最新鋭のティルトローター機とはいえ、キグルミオンをつり下げて運ぶのは全くの想定外だ!」
坂東はそこで背後を振り返る。ガラスの窓からのぞいた空の向こうには巨大な猫の着ぐるみ――キグルミオンが宙に浮いていた。
「はい!」
そのキグルミオンがやや身じろぎするように動いた。キグルミオンの中の人――仲埜瞳が、返事をする為に坂東の方を向こうとしたのだろう。ヒトミの声が機内のスピーカーを通じて再生される。
「動くな! 危ないぞ!」
「分かってますよ!」
しかしその動きで坂東に叱責され、キグルミオンはそのまま固まる。
キグルミオンは一見プロペラ機と見紛う二機の飛行機につるされていた。だがその両翼についたプロペラはヘリコプター並に大きい。
離陸時にはこのプロペラが上空に向いてヘリのように浮力を得、飛行時には前方に傾いて推進力を得るティルトローター機だ。
その二体のティルトローター機からロープが斜めにつり下げられており、そのロープに固定されてキグルミオンは空を移動していた。
ティルトローター機がやや低空を飛び、その斜め上を坂東の乗るヘリが追走する。
「加えて時間もあまりない! 無理して運んでいるからな! そこで大人しくしてろよ!」
「分かってますって! 全速力でお願いしますよ! できれば安全運転で!」
「対空砲火がないだけマシだと思え!」
「どこの戦場と比べてるんですか!」
どこまでも真面目に坂東はインカムに指示を伝え、やや失笑まじりのヒトミの音声がそれに応えた。
「ふふん……ヒトミ、気をつけて……」
己のヒザの上にコアラのヌイグルミを座らせた『宇宙怪獣対策機構』のアルバイトオペレータ――須藤美佳が、手元の情報端末に写し出したキグルミオンに呼びかける。
「分かってるわよ、美佳」
やはりスピーカーからヒトミの声が再生される。
「暴れて落ちたりでもしたら大変……」
「心配ないって。でも気にしてくれてありがとう。ちゃんと飛んでるわよ」
「その機体、政治的に微妙なやつ……落ちたりしたら、お偉いさんの首が何個飛ぶやら……」
「そっちの心配! そっちの心配なんだ!」
「ぐふふ……ヒトミは落ちても大丈夫……交通規制を敷いた国道の上を飛んでるから……」
美佳はヒトミに応えながら手元の端末に指を走らせる。キグルミオンの姿が小さく隅に追いやられ、代わりに地図が大きく表示される。
進行状態を示すのであろう三角のマークが先端を向けて国道の上を移動していく。美佳が更にその地図の縮尺を小さくすると、目的地までの全体図とルートが表示された。
三角のマークが辿るルートはそのまま国道の上を伝って一路西の内海に向かっている。内海まで出た後は進行方向を南に変え、海上を使って海に突き出た海上空港にルートが延びている。
先にヒトミ達が宇宙旅行訓練を受けた海上空港だ。
「そりゃ、キグルミオンなら。この高さから落ちても大丈夫だろうけど。ちょっとはまともに心配してよ。さっきからぐらぐら揺れてるんだからね」
「ふふん……」
「ヒトミちゃん! 調子はどう? 変わったことない!」
隣に座っていたキグルミオンの技術責任者――桐山久遠が、美佳の手元の情報端末を自慢のつり目でのぞき込む。
「はい! どうせ空を飛ぶんなら、風を受けて――って言いたいところですけど!」
「あはは。ゴメンね。本当ならキグルミオンの海上空港までの空中輸送は、大型気球でする予定だったんだけど。それだとスピードでないしね。宇宙怪獣が地球一周して戻って来ちゃうから」
「はい。でも、着ぐるみヒーローなんですから、何て言うか――自力で飛びたかったです。マッハ何とかで」
「ヒトミちゃん、テレビの見過ぎよ」
久遠は呆れたように一つ息を吐いた。
「ええ! こんな巨大着ぐるみヒーロー作った人に、言われたくないです!」
久遠がのぞいていた宙づりのキグルミオンが慌てたように斜め上を見上げる。
「仲埜! だから動くなと言ってる!」
「ヒトミ、政治問題になるから……落ちるんなら、根回しを済ませてからにして……」
「根回しの後ならいいんだ?」
「ぐふふ……むしろ何かと利用してみせる……」
美佳が一際怪しく笑みを漏らし、そのヒザの上のユカリスキーがわざとらしく震えた。
「はは……大人しくしてるわ……隊長……」
「うむ。大人しくして、体力を温存してろ。時間的にギリギリだ。空港についたら、おそらく――」
「すぐ宇宙怪獣の第三撃が来ますわね……」
「ふふん……着陸と同時に迎撃……次の周回時間を利用して、直ぐさま宇宙へ打ち上げ準備……」
美佳が情報端末を操作しながらも身をよじって窓の外をのぞき見た。ユカリスキーが身を起こし美佳に顔を並べて窓の外を見る。
「宇宙への入り口……宇宙港へようこそ……」
美佳達がのぞいた窓の向こう。その視界の先に開けた青い海が見えて来ていた。
改訂 2025.08.15