六、驚天動地! キグルミオン! 14
「バカを言え。狙われているのは、キグルミオンだ。お前じゃない。刑部――」
坂東はキグルミオンから視線を刑部に戻す。
「部隊はどうする気だ? 衛星軌道上から飛来物で攻撃されれば、分かっていても防ぐことなどできないぞ?」
「確かに。地対空ミサイルでも難しいでしょうね。ましてや、今あるのは対獣ミサイルのみ。やれやれです」
刑部は携帯に耳をあてたまま坂東に答える。
「迎撃は不可能。狙われるがままか……」
「部隊を狙ったというよりは、地下に居るキグルミオンを挑発した――そう判断できれば、無駄にこの上に居る必要はありませんね」
「なるほど……よし。仲埜」
「何ですか?」
「出動だ。地上で部隊と離れたところで待機。宇宙怪獣がこっちを狙って来たら、その攻撃をキグルミオンで迎撃する」
「ええ! できるんですか?」
「できる。そうだな、博士?」
「ええ。仮にデブリではなく、偵察衛星クラスの原形の状態の衛星をつかんで地上に投げつけて来たとして……そうですね。大部分は燃え尽きますし、燃え残ったものの落ちてくる質量と速度から割り出されるエネルギーは、宇宙怪獣の攻撃に比べれば微々たるものです。強い力をまとうキグルミオンならできますわ。ヒトミちゃん! 殴り返してやって!」
久遠が己の頭の中をのぞくかのように、上目遣いになりながら頭をぐるりと廻す。実際に落ちてくる衛星の軌道や速度、そのエネルギーを頭の中で計算したようだ。
「は、はい」
「でも、それだけじゃ……宇宙怪獣は倒せない……」
美佳が端末に指を走らせた。そのモニタに漆黒の闇に幾万の煌めきが写し出される。宇宙の光景だ。茨状発光体に邪魔されない方角にカメラが向いているのか、それは珍しく星々しか目に入らない宇宙の姿を写し出す。
だがその映像自体には宇宙怪獣の姿はない。
「そうだ――」
美佳が端末に表示させた写真に坂東が目を落とす。その眼差しはこの緊急事態に相応しく厳しい。そして何かの迷いか戸惑いがあるのか、その瞼はわずかに痙攣したかのように震えた。
己の迷いを振り払うように坂東は口調も厳しく声を上げる。
「宇宙怪獣の狙いを確認する! 仲埜! 地上に上がれ!」
「はい!」
ヒトミがキグルミオンの身をひるがえさせた。そのまま先に自力で登ったハシゴに手を伸ばす。
「その後は――宇宙だ! 宇宙に上がるぞ!」
「ええ!」
早くもハシゴを登りかけていたキグルミオン。壁の向こうに消えかけていた上半身を屈めて、ヒトミは扉の向こうからキグルミオンの巨大な頭部をのぞかせた。そのいつも変わらない笑みを浮かべた猫の着ぐるみの頭部が、虚空に答えを求めたかのように上下左右に困惑げに振られた。
「宇宙怪獣は宇宙に居る。地上からはどうしようない。なら、こちらから討って出る。もちろん、宇宙にな」
坂東はヒトミを納得させようとか、言葉を短く切りながら続ける。
「ふふん……宇宙旅行ご予約ご予約――っと……」
「ペイロード計算しないとね。ヒトミちゃん! 後で体重量るわよ!」
「地上輸送は我々に自衛隊にお任せ下さい」
「ええ! ええ? ええ!」
「早く、地上に行け! 地下でまごまごしてるようでは、宇宙なんてとても行けないぞ!」
「ええ! だって! そんなに簡単に宇宙行けるんですか?」
ヒトミは坂東に急かされ状態を戻してあらためてハシゴをつかんだ。そのまま一歩一歩ハシゴを登り始める。
「行くんだ。幸い対G訓練はしている。終わっているとは言わん。無重力の訓練も一回きりだ。だが行かないと、今回の宇宙怪獣は倒せない」
坂東の声は直接には届かなくなり、代わりにヒトミの着るキャラスーツ内で音声が再生された。
ヒトミはキャラスーツを繰り坂東の言葉に耳を傾けながら、暗いシャフトを自力で登って行く。シャフトの中はほの暗く、わずかについた照明だけがキグルミオンの手足を照らしていた。
「そうですけど」
「仲埜さん。先程の攻撃の救助作業の状況が入ってきました。残念ですが、乗員はやはり助かりませでした」
ヒトミのキグルミオンの中で刑部の音声が再生される。
「――ッ!」
薄やみを昇るヒトミの手が一瞬止まる。ヒトミがわずかに首を見上げれば、そこには矩形に――四角く切り取れた出口の光が小さく見えていた。
その光の向こうはまだ判別できない。だがそこは地表だ。部隊が展開していまさにそこだ。
「もう既に今回の襲撃で犠牲者も出ているということです。もちろん宇宙怪獣の襲撃に犠牲者はつきもの。隊員も最悪の事態は覚悟の上です」
「……」
ヒトミはハシゴを登る手足を再び動かし始める。
「あの攻撃は防ぎようがありません。今、各都市の上を宇宙怪獣は興味を示さずに通過しています。やはり宇宙怪獣の狙いはキグルミオンなのでしょう。ですが、本来宇宙怪獣は地球の上で破壊活動の限りをしてきました。油断はできません。全地球の為にも、あの宇宙怪獣は倒さないと」
「……」
「だが衛星軌道上では、我々の攻撃は無力だ。それは先の弾道ミサイルで証明されてしまった」
刑部の後を坂東が続ける。
「はい……」
「しかしそれは自我のないミサイルだったからだ。キグルミオンなら同じ土俵にさえ立てば戦える。正確には浮かべば――だがな」
「はは……」
「今キグルミオンを宇宙に上げる為に、各方面に要請を出している。宇宙で高をくくってる宇宙怪獣に一泡吹かせてやるぞ。だから、仲埜――」
名前を呼ばれたヒトミはもう一度手を止める。先の驚きに思わず止まったそれではなく、今度は自身の意志で止める。
「宇宙に上がるぞ。人類の力でな!」
ヒトミは坂東のその声を聞くと、
「はい!」
矩形に切り取られた出口の光に向かって再び力強くハシゴを登り始めた。
改訂 2025.08.14