六、驚天動地! キグルミオン! 12
「第二射の兆候は?」
坂東が口を開く。重く苦しい雰囲気が満ち始めた地下格納庫に、それは頼もしいまでの力強い声音を持っていた。
「今のところは何も……」
「こっちもですね」
坂東の言葉に美佳と刑部が同時に首を振る。美佳は情報端末から手を離さない。刑部は耳に携帯電話をあてたままだ。
「そうか。引き続き情報収集を」
「はい……」
坂東の指示に美佳がこくりとうなづく。
その美佳の脇にユカリスキーが駆け寄ってきた。ユカリスキーはイスに座っている美佳の顔を駆け寄ってくるやのぞき込む。
「ユカリスキー……大丈夫だからね……」
美佳がコアラのヌイグルミに微笑みを向ける。そして情報端末に添えた両手の動きを再開させた。
「仲埜! そこで待機だ!」
美佳の作業再開を確認した坂東が身をひるがえした。
キグルミオンがすっぽりと入る大型のシャフト。その壊れたシャフトの扉の向こうで、すっぽりとはまる形でキグルミオンが立っていた。
「ええ! 狭い!」
その狭いシャフトの中でヒトミが両手を上げて抗議に声を荒げる。実際狭いシャフトの中でキグルミオンの両手が壁を叩いた。
「我慢しろ! 上の連中は核攻撃の恐怖に耐えて、車両に缶詰になってるんだぞ!」
「は、はーい……」
「……」
久遠は天井を見上げたままだった。
「これは答えじゃないわ……」
そして久遠はその無機質な天井を越えて、見えない空の向こうを見上げながらつぶやく。
「そうですね。これは人類が出すべき答えじゃない」
刑部はそんな久遠に顔を向ける。長身の刑部はどうしても他人を見るのに下を向いてしまう。そういうくせがついているのか、刑部の顔には己の悪意のなさを強調するような笑みが浮かべられていた。
「……」
久遠は答えない。その代わりにようやく首を降ろした。
「茨状発光体は、観測問題と深くかかわっている。それが貴女の仮説ですね?」
「ええ……」
久遠はようやく答えるが刑部の方を見ない。だが相変わらず表情は硬いままだ。握った拳こそはほどいているが、その目尻には無意識にか力が入ってしまっている。
「この宇宙怪獣対策機構に来ることになった貴女の考え。いえ信念。だから貴女はことあるごとに空を見上げる」
「……」
「違いますか?」
「違いませんわ」
「……」
「……」
刑部が久遠の顔をじっと見つめる。久遠は見られるがままにその横顔を刑部にさらした。
「そうですか。なら、私もこれからは宇宙怪獣を倒す度に、空を見上げることにしますよ」
「その時は――全てが終わっているかもしれませんよ」
刑部の言葉にようやく久遠はそちらに振り返る。硬くやや強ばっていた表情がようやく崩れ軽く鼻から息を抜いて笑みを浮かべる。
「終わらせない。その為のキグルミオンなんでしょう?」
「ええ。結果が収束するまで、私はあきらめたりしませんわ。美佳ちゃん。状況は?」
「第二射、兆候なし……第一射の情報、あり……やはり弾頭は起爆前に落とされた模様……手段は不明……弾頭は位置信号を発しながら、太平洋上に落下……今各国の艦隊が、慌てて拾いに行こうとしてる……ひとまずは汚染の心配はない模様……余程の海溝にはまり込まない限り、射った国か、先越された国が拾ってくれるはず……」
「美佳ちゃん? ミサイルは弾頭が破壊されずに、ミサイル部だけ破壊されたってこと?」
「その模様……」
「そう……不幸中の幸いね……起爆前の核燃料が、海にばらまかれるなんて考えただけでも悪夢だわ……」
久遠が実際に悪夢を見たかのように両手で己の上腕を抱き締める。
「そうか。須藤くん、よくやった。短時間でよくそこまで調べくれた」
坂東が安堵の為か深く息を吐きながらうなづいた。
「ぬぬ……ていうか、これ……刑部氏の――特務隊からの情報、さすが……」
「どういたしまして。で、宇宙怪獣の方は?」
「宇宙怪獣は、むむ……」
「どうした?」
眉間にシワを寄せた美佳の手元を、坂東がその長身の身を折ってのぞき込む。
「宇宙怪獣は地表へのコースを、強引に曲げた模様……このまま行くと、衛星軌道上に乗る――とのこと……」
「――ッ!」
美佳の報告に皆が驚きに声を失い、
「ぽつーん……」
一人取り残されたヒトミがポツンとつぶやいた。
改訂 2025.08.14