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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
六、驚天動地! キグルミオン!
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六、驚天動地! キグルミオン! 10

「須藤くん! 今すぐ地下へ!」

 美佳の言葉に坂東はイスを後ろに()ね飛ばして立ち上がった。指令用擬装(ぎそう)雑居ビルの事務所としか思えない司令室に、音を立てて事務用のイスが転がる。

「了解……」

 美佳は坂東の命令の前に(すで)に行動を起こしていたようだ。こちらもイスを後ろに跳ね飛ばして立ち上がっており、情報端末を手にドアに向かって走り出していた。

「仲埜!」

 坂東は回り込むのももどかしいと思ったのか、眼前の事務机に飛び乗った。そのまま怪我人とは思えない俊敏(しゅんびん)さで机の上の書類を蹴散(けち)らしながらドアへと走り出す。

 美佳よりも遠くからドアに向かった坂東。それでもドアに着いたのは美佳とほぼ同時だった。坂東と美佳がドアを()ね開けて廊下に飛び出す。

「はい!」

 美佳の手の中の情報端末からヒトミの返事が聞こえてくる。廊下に飛び出した二人はエレベータへとひた走った。

「仲埜! 今すぐビルに戻れ!」

 エレベータに先についた坂東が壁面のボタンを(こぶし)の腹で叩き付けた。そのボタンは壁面に埋められるように設置されており、奥まった空間がガラスで(おお)われている。坂東の拳はガラスを粉々に砕き、『緊急』と表示されていたボタンを叩き押す。

「ええ! こんなに苦労して――」

「今すぐにだ! そのまま飛び降りてでも、地下格納庫に戻れ! 博士! 刑部!」

 坂東はヒトミの音声に怒鳴り返しながら後ろを振り返る。見れば美佳が息を切らして追いついていた。坂東はそのまま廊下から窓の外を見やる。まだ何も起こっていない。茨状(いばらじょう)発光体が(かがや)く以外は普段の空がそこには広がっていた。

 坂東の背中のドアの向こうでエレベータがらしからぬ金属音を上げて停止する音がした。坂東達はドアが開くのももどかしげに、その開きかけのドアからエレベータの中に転がり込む。二人して飛び込んだ勢いのままエレベータの壁に背を着き美佳の手元の情報端末に目を落とした。

「潜水艦から五分前に発射――ロケットの種類によっては、もう着弾してもおかしくありません!」

 そのモニタの中で大写しになっていた久遠が肩にグッと力を入れて(こた)えた。モニタの下に隠れて写らない両の拳を力の限りに握り締めたのか、その肩はわなわなとそのまま震え出す。

「潜水艦から発射されたのなら、『ロケット』ではなく明確にミサイルでしょう。SLBM――潜水艦発射弾道ミサイルです」

 対照的にその隣に写った刑部は冷静な口調だ。刑部はチラリとだけとなりの久遠に視線をやってから続ける。そして懐から携帯端末を取り出しながら続ける。

「桐山博士の言う通りミサイルの種類によっては、もう着弾していてもおかしくはありません。ただ宇宙怪獣がまだ地表に到達していない以上、先に弾頭を着弾させるのもあり得ません。またこの一帯は市民が避難しているとはいえ、核弾頭がもたらす被害はもっと広範囲。どこの国が射ったにせよ、元々地表で爆発させるつもりはないでしょう。もちろん、避難そのものは懸命なご判断です」

「で?」

 エレベータは通常ではあり得ない急加速で下降していた。単純に重力に任せて落下しているのではないか思わせる速度で(くだ)って行く。

 浮き上がるような身を壁に預けながら坂東はモニタから目を離さずに先をうながした。

「おそらく地表で爆発させるのではなく、大気圏外で迎え撃つつもりでしょう」

「上の連中は? 住民の避難は?」

「今、(つな)いでますよ。住民の避難は元よりさせています。その避難範囲も広くなりました。まあ実際地表で爆発されたら、それも間に合いませんが。それと。ないと願いたいですが、万が一の場合は地上に展開している隊員達の収容をお願いします」

「分かった。なら、今すぐの方がいい」

「まだ、宇宙怪獣の到達時間すら正確に分かっていません。確実に地表で爆発する可能性がない限り、少なくとも隊員は動けませんよ。上から命令させる必要もありますしね」

「ふん、これだから……」

 エレベータが今度は急速に減速する。その加速と減速に流石に顔が(こわ)ばっていた美佳の肩に手を伸ばし、坂東がその大きな両手で支えてやった。

「仲埜は? 須藤くん!」

「ヒトミは今――ようやく、出撃ビルに戻ってきたところ……」

 エレベータのドアが開き坂東と美佳の二人はやはりそのドアを飛び出した。二人はそのドアの向こうに続く廊下を走り出す。

「もたもたと……仲埜! そのまま飛び降りろ!」

「ええ! 地下何十メートルあると、思ってるんですか!」

 走る美佳の手元からヒトミの()頓狂(とんきょう)な音声が再生された。

「ハシゴを使ってる場合か! 施設の損害は気にするな! 両手を壁に着いて、一気に地下まで滑り降りてこい!」

「は、はい!」

 坂東と美佳の目の前のドアが開けられていた。久遠がドアを押し開いており二人に向かって首を縦に振る。

「刑部!」

 坂東がそのドアから地下格納庫に飛び込んだ。

「ミサイル発射より約十分――宇宙怪獣は未だ地表に到達せず。このままなら、おそらくやはり大気圏外で迎撃させるつもりでしょう」

 ドアの向こうで迎えた刑部が、携帯端末を耳に当てながら応える。

「そうか……では――」

「うっひゃあーっ!」

 さすがに息を切らして(こた)える坂東の言葉を、ヒトミの奇声が(さえぎ)った。

 ズンというお腹の底に響く音とともに、地下格納庫全体に衝撃による振動と地響きが鳴り渡る。皆の視線がキグルミオンが先に発進した扉に向けられる。

「あいたたた……」

 その鋼鉄の扉が音を立てて開き、中で尻餅(しりもち)を着いているキグルミオンがあらわになる。

 その脇から珍しく機敏な動きでコアラと馬、チーターのヌイグルミが駆け込んできた。

「須藤くん!」

「キグルミオン収納確認! 隔壁閉鎖!」

 こちらも珍しく声を張り上げる美佳の合図とともに、今度は重厚(じゅうこう)な金属音が地下格納庫に響き渡った。

「……」

 二人の為にドアを開けた久遠が無言で戻ってくる。

「桐山博士」

「ええ。起爆は間違いなく、大気圏外です」

 迎えた刑部に久遠は天井を――その遥か先の天空を見上げながら応える。

「地球だけでなく、宇宙まで核で汚す気だなんて……」

 久遠のその拳はいつまでもぐっと握られていた。

改訂 2025.08.13

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