六、驚天動地! キグルミオン! 6
「ヒトミちゃん、いい?」
「いつでもいけます!」
スピーカー越しに再生された久遠の声に、ヒトミが大きくうなずきながら応えた。
「そう? でもこっちの準備もあるから、もう少し待ってね」
「はい」
応えるヒトミの顔は暗闇の中にほのかに照らされている。キグルミオンの中。キャラスーツにヒトミは身を包んでいた。
猫の着ぐるみそのもの形をしたキグルミオン。そのキャラスーツに身を任せたヒトミは、更に巨大なベーススーツの中に収まっていた。
アクトスーツを裏打ちしているベーススーツは、キャラスーツとエンタングルメントすることでその動きを連動させる。
「これがキグルミオン。間近で見ると、また感慨が違いますね。本当に〝グルーミオン〟をまとっているんですね」
そんなキグルミオンのアクトスーツを刑部が見上げた。
地下格納庫につるされていたキグルミオン。巨大な猫の着ぐるみが戦闘機の格納庫を彷彿とさせる空間につり下げられている。
ヒトミは丁度キグルミオンの中に入ったところだったらしい。その背中からロボットアームが抜き出されてくるところだった。
キグルミオンの背中でリニアチャックが音を立てて閉まる。
「ええ、キグルミオン――その力の真髄。それが今まさに見てらっしゃるグルーミオンですわ」
久遠は情報端末を片手にキグルミオンを見上げていた。刑部と肩を並べながらも、間に何人か割って入れそうな距離をとっている。
それが今の久遠と刑部の距離感なのだろう。同じ立ち位置に居ながら身近には居ない。二人は同じモノを見上げながら距離を取って言葉を交わす。
坂東と美佳の姿は見えない。居るのは馬やウサギの姿をした子どもの背丈程のヌイグルミ達だけだ。久遠とキグルミオンの間を行ったり来たりして、複数のヌイグルミオンが慌ただしげに走り回っている。
「グルーミオン。『ゲージ粒子』である『強い相互作用』を媒介する『強い力』――『グルーオン』を物質化したもの。そう、言わば『フェルミオン』化したもの。いやはや。それを着て戦おうなどとは、科学者の発想は凄いですね」
「褒められたんだと思っておきますわ。まあ、私がオリジナルの発想ではありませんけどね」
久遠は情報端末に何やら入力しながら応える。
「オリジナルの発想は、十年前から――ですね?」
「ご存知のことに、お答えする必要を感じませんわ」
ニコリと笑い久遠は隣に立つ刑部に振り返る。
「なるほど、確かに」
その笑みに刑部はこちらもニコリと微笑み返す。距離を置いて肩を並べていた二人。実際はその身長差故に斜めに並んだ肩越しに二人は社交的な笑みを交わす。
「映像越しの戦いは十二分に見てらっしゃるでしょ? 今度は直接ご覧下さい。強い力こそが、宇宙怪獣に立ち向かう唯一の力なのです」
笑みを収めた久遠はまた情報端末に視線を戻してその操作に意識を戻した。
その久遠の下に時折ヌイグルミオンが駆け寄ってくる。ヌイグルミオン達は皆一様に、久遠の手元の情報端末をぴょんぴょん飛び跳ねてはのぞき込もうとする。そして二三度飛び跳ねて情報端末の中を確認すると、嬉しそうに次の作業に駆け戻って行く。
「データリンクしてないんですか? その――ヌイグルミ達は?」
「してますわ。何か?」
「いえ、別に。まあ、こうなると、〝ダークワター〟も見てみたくなりますね」
「ありあらゆる電磁波でも観測できない『ダークマター』を、何とか集めて絡めたのがダークワター。ご存知でしょ? 人の目には見えませんわ」
「確かに。一つ知れば、二つ知りたくなる。欲深い話です。では三つ目……」
刑部の目がすっと細められる。
「何でしょう?」
その雰囲気につられたのか、久遠も低い口調で応える。
「キグルミオンが猫の姿なのは?」
「それは私の趣味――もといもちろん『シュレーディンガーの猫』にちなんでるからですわ」
久遠が一瞬目を輝かせて、慌てて真面目な顔を作り直してから答えた。
「ふふ」
「何か?」
「いえ。だが実際に我々に必要なのは、シュレーディンガーの猫ではなく、『ウィグナーの友人』のはず。人型でもよかったのでは?」
刑部がキグルミオンをあらためて見上げる。丁度キグルミオンを止めていた器具が音を立てて外されるところだった。
「ね、猫の方が――」
そこは譲れないのか、久遠が慌てたように口を開いた。
だがさすがに恥ずかしかったのか、
「か、可愛いですわ……」
キグルミオンの拘束具の外れる音に飲まれ、最後は消え入るような声で久遠は答えた。
改訂 2025.08.12