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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
六、驚天動地! キグルミオン!
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六、驚天動地! キグルミオン! 3

「……」

 ヘリが一際(ひときわ)ローター音を上げてふわりと浮いた。その瞬間はさすがに緊張が走るのだろう。皆が機体が安定するのを待つかのように一斉に口を閉ざした。

「上の反応は?」

 そんな中()ず口を開いたのは坂東だ。

「今のところは、何も」

 (こた)えたのは刑部。二人して大きな体を窮屈(きゅうくつ)そうにイスに()じ込んでいた。見るからに威圧感のある二人の巨体が、生真面目な顔を首に乗せて軍用ヘリの壁に背中を着けていた。

 ヘリが病院の高さを越え、機首をひるがえした。

「静観か……」

「ええ。実際坂東一尉からは有益な情報は得られない。そのことは向こうも分かっていますから。むしろ黙って見逃してやって、恩を着せておいた方がいいと思っているのかも知れませんね」

「ふん。お前がそう思わせたのだろう」

「さあ、何のことでしょうかね」

 二人は視線を前に向けたまま、目を合わさずに会話をする。

「ぷ……」

 そんな二人の姿を見て、美佳が(おのれ)の沈黙を吹き出る笑いで破る。二人とは反対側のイスに座った美佳が、笑いをこらえてぷるぷると震え出した。

「ダメよ……美佳ちゃん……」

 その美佳を隣に座った久遠がたしなめる。

「だって、博士……」

「ぷぷ……だから、笑っちゃ……」

 だが久遠も吹き出る笑いに我慢ができないようだ。その(ほほ)がこらえる笑いに今にも()き出しそうにふくれていく。

「博士? 何かおかしかったか?」

「いえ、隊長……何でもありませんわ……ぷぷ……」

「ユカリスキー……助けて……ぷぷ……」

 美佳がやはりこらえ切れないと言わんばかりに、隣に座らせたユカリスキーの腕をとる。こちらも自然とふくれ上がってくる頬から、噴き出そうな笑いを力づくで(しぼ)り込んだ唇で押さえていた。

「ぶはっ! ダメ! ヒトミ、反則……」

 しかし美佳はたまらず噴き出した。お腹を(かか)えて笑い出し、目の前に座ったヒトミを指差す。

「何よ? 私がおかしいの?」

「おかしい……大の大男二人の間に、ウサギの着ぐるみで座るなんて反則……」

 そう。どういう並びの必然か、無骨な坂東と刑部の間にウサギの着ぐるみのヒトミが座っている。

 どこまでも無骨な顔で生真面目に現況を確認する大男の間で、小汚いが愛嬌(あいきょう)あふれる容貌(ようぼう)のウサギが耳を()らしていた。

「むむ。仕方ないじゃない。座っちゃったんだから。てか、むしろ光栄よ。着ぐるみは皆を笑顔にする為に居るんだから」

「はは。そういえば、初めましてですね。資料は何度も見たので、初めて会う気がしなかったので挨拶(あいさつ)が遅れました。私は刑部です」

「どうもです」

 刑部に話しかけられたヒトミが巨大なウサギの頭部を振り向かせた。着ぐるみ特有の愛想のある動きで、ヒトミは坂東と刑部に(はさ)まれた(せま)い空間でお辞儀(じぎ)をしてみせる。

「こちらこそ、どうも。立ち向かう少女に会えて光栄ですよ」

「いえ、今の私は立ち向かう少女――仲埜瞳ではないのです!」

「ん?」

「今の私はチャッピーなのです! 怪我をしたお友達の為に、お見舞いにきたウサギなのです!」

「ヒトミちゃん。部外者の方に、チャッピーだとか言っちゃうのはどうかと……」

 久遠が頭を(かか)えてヒトミをたしなめるが、

「そうですか」

 刑部は気にせずにっこりと微笑(ほほえ)んでウサギのチャッピーに(こた)えた。

「そうなのです。仲埜瞳には後でお会い下さい」

「分かりました」

「ぐふふ……刑部氏は物わかりがいいと見た……置いてきた車の方もよろしく……」

「はい。手配しておきますね」

 刑部は美佳の図々しい申し出にも笑顔で応えた。

「美佳ちゃん。美佳ちゃんも、あまり失礼がないようにね」

 久遠が少々引きつった笑みで美佳に振り返る。

「ふふん、博士……そんなことより今後のこと……」

「そうね、美佳ちゃん。ひとまず情報の確認までに、擬装(ぎそう)雑居ビルには帰れそうだけど……」

 久遠が首を(ひね)って窓の外をながめる。ヘリは(すで)に高度に達していた。地図で見ているような小さな町並みを、久遠は丸い窓から見下ろした。

「ふん。着いてしまえばこっちのものだ。要は入院する必要などないと、周りに知らしめればいい」

 坂東が腕を組んで背中を伸ばし直した。それで自分の怪我は大したことがないとアピールしたのだろう。

「隊長。一応怪我はしてるんですから」

「こんなもの。怪我の内には入らん」

 坂東は更に組んだ腕に力を入れた応えた。

「ふふん……ではこれを……保険会社に請求する給付金の資料……」

 美佳がスカートのポケットに手を入れ中から何か折り畳まれた紙片を取り出した。

「保険? 掛けていたのか? 俺に?」

「ぐふふ、当たり前……掛け金は割り増しだったけど、絶対隊長なら元を取れると思ってた……いつ死んでも大丈夫……」

 美佳が怪しい笑みとともにぐっと前に乗り出してその資料の紙片を差し出した。

「美佳! そういうこと言わないの!」

「ぐふふ、冗談……流石に本人の同意もなく、生命保険は掛けてない……」

「そ、そうか……」

 坂東も身を乗り出し少々ためらいがちに資料を受け取る。

「何なら隊長。この医学博士でもある桐山久遠が、割り増しで診断書お書きしましょうか? 一儲(ひともう)けできますわよ」

「久遠さんまで!」

「あはは。ゴメンゴメン、ヒトミちゃん。さて、さすがはヘリ。もう街が見えてきたわ」

 久遠がもう一度窓から外をうかがう。

「そうですか」

 刑部がその言葉に立ち上がって近づいてくるや、久遠の横から一緒に窓の外を覗いた。

 久遠と刑部の眼下の先に見えた市街地。どこにでもありそうなその市街地は、一部がぽっかりと穴が空いたようになっている。宇宙怪獣が襲撃し、キグルミオンとの戦いで壊れたままの街の一部だ。

「あらためて見ると……ひどい有様ね……」

 久遠がその様子にポツリとつぶやいた。

「他よりはマシに見えますよ……」

「そうですわね……」

 久遠は刑部に(こた)えるとそのまま上空を窓から見上げる。

 そこにあるのはいつもの茨状(いばらじょう)発光体。神が(いただ)く茨の冠。神罰を下す(とげ)のムチ。女神の閉じられた瞳。そう畏怖(いふ)されている謎の発光体。

「そうよ……見てなさい……人類の力を、存在を見せてあげるわ……」

 久遠がその神の御業(みわざ)とも言われる茨状発光体に向かってそうつぶやくと、

「……」

 その横で刑部の口角が頼もしげに上がった。

改訂 2025.08.11

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