表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
六、驚天動地! キグルミオン!
72/445

六、驚天動地! キグルミオン! 1

「宇宙怪獣!」

 特殊行政法人『宇宙怪獣対策機構』の隊長と呼ばれる男――坂東士朗(ばんどうしろう)は穏やかだった顔を一変させた。

「博士! どういうことだ?」

 腰を落としていた病室のベッドから、坂東は一瞬その腰を浮かす。

 だが坂東の腰はそこで止まる。飛び降りようとして思いとどまったようだ。

 坂東が入院しているのは自衛隊駐屯地内の病院。運営母体は駐屯地とはいえ一般の市民にも解放されており、内部は普通の病室を持つ病院だった。一瞥(いちべつ)しただけでは駐屯地付属の病院とは分からない。時折遠くはないところから、ヘリコプターの離発着の音が聞こえてきてここが駐屯地の中だと思い出させた。

「どうもこうも。宇宙怪獣の襲撃ですわ」

 実戦物理学者――桐山久遠(きりやまくおん)は携帯端末を耳に当てながらにっこりと答える。坂東達にその自慢のつり目で微笑(ほほえ)みながらも、耳は電話の向こうの声に集中しているようだ。何度か見えもしない相手の声にあわせてうなづいている。

「むむ……こっちには連絡は……」

 宇宙怪獣対策機構のオペレーションを一括管理するアルバイト女子高生――須藤美佳(すどうみか)が、(おのれ)の携帯端末を取り出してのぞき込んだ。だがそこには何の履歴もないようだ。美佳はその眠たげないつもの半目を疑問に細めて端末に見入る。

 前に出されたその顔に、胸に抱かれていたコアラのヌイグルミ――ヌイグルミオンのユカリスキーの顔が押し退けられる。ユカリスキーはその柔らかな顔を押し退()けられるままに押しつぶされながら、苦しいと言わんばかりに楽しげに両手両足を振った。丁度ヘリが離陸し、その大きなローター音に合わせてユカリスキーは手足をばたつかせてみせた。

「ええっ! どこですか?」

 対宇宙怪獣の切り札キグルミオンの中の人――仲埜瞳(なかの)()頓狂(とんきょう)な声を上げながら、窓の外をのぞこうと壁際に走り寄る。

 ヒトミはウサギのチャッピーの着ぐるみの姿、その薄汚れて入るが愛らしい姿のままで、ドタドタと足を鳴らしながらヒトミは坂東の背後の窓から顔を出した。

 ()み切った青空に謎の茨状(いばらじょう)発光体が()かっている。それ以外は宇宙怪獣が襲撃する世の中だとは思えない程、平穏(へいおん)な町並みがその向こうには広がっていた。実際宇宙怪獣らしき姿は見当たらない。

「居ないですよ! やっぱり私達の街ですか? 今すぐ戻らないと!」

 チャッピーの姿で慌てふためいてヒトミは内と外を交互に何度も見やる。

「そうです。直ぐに基地にお戻り下さい」

 長身の身をスッとドアの向こうに滑らせて、音もなく一人の大男が現れた。男はかなりの長身だ。パリッと(のり)()いた自衛隊の制服に身を包み、頭を短く刈った兵士然とした姿でドアを人型に切り取る。

 男は耳に携帯端末を当てていた。直前まで会話していたらしい。その携帯を病室に入ってくるなり耳から()ろした。

 ベッドの上にいる坂東の他は、ヒトミ達見舞い客三人がいた個室の病室。それでもそれなりに余裕があったように感じられたその病室は、この一人の大男の出現に急に手狭(てぜま)に感じられた。

「……」

 男が耳から携帯を降ろすと久遠が無言でこちらも携帯を降ろした。

刑部(おさかべ)? 博士と直接連絡をとったのか?」

 その二人の様子に坂東が口を開く。

「はい。おかしいですか?」

 坂東に刑部と呼ばれた自衛隊員は久遠に視線を送りながら答える。

「いや。確かに俺は入院中。博士に出動要請がいくのもおかしくはないが。正式な出動要請なら、必ず須藤くんの方にも確認の連絡が入るはず」

「ぐぬぬ……そう……こっちには、何の連絡もなし……」

「まだ、警戒情報だからですわ。隊長、美佳ちゃん。ハッブル7改――いわゆるハッブル宇宙怪獣鏡から、早期警戒連絡が入ったとのことです」

 久遠がいぶかしげに眉間に眉を寄せる二人ににっこりと微笑む。

「『ハッブル7カイ』って、何ですか?」

 ヒトミがその大きなウサギの頭を横に(かし)げる。

「『カイ』は改良の『改』よ。引退を(ひか)えていた宇宙望遠鏡を、宇宙怪獣襲撃に備えて早期発見用の探査衛星に改良したの。今まではなかなか役に立たなかったんだけど、今回は早期に宇宙怪獣の襲来軌道(きどう)を発見したらしいわ。ま、誤報の可能性だってあるんだけど――」

 久遠はそこまで口にしてチラリと横目で刑部の方を見る。久遠より頭二つは高い刑部の背丈。横目と言うよりは斜め上を見上げたその目の動きは、どこかあからさまで不自然さが現れたいた。

 ヘリのローター音が遠くで聞こえる。

「なるほど……誤報の可能性があるんだな……」

「ぐふふ、誤報……迷惑な話……」

 久遠のその視線に坂東と美佳が(あや)しい笑みを浮かべる。

 坂東にいたっては耳にも神経を集中させているようだ。坂東は皆まで振り返ることはしないが、それでも窓の外に耳を(かた)けてみせた。

「えっ? 何ですか? 誤報なんですか? じゃあ、動かないんですか?」

「違うわ、ヒトミちゃん」

 オロオロと皆の顔を見回すヒトミに、久遠が微笑んで答える。

 その久遠の短い髪が急に窓から入り込んで来た突風に巻き上げられる。

「宇宙怪獣の襲撃から地球を守るのが、私達特殊行政法人『宇宙怪獣対策機構』――」

 突風を巻き起こしたのは窓の向こうで着陸態勢に入ったヘリコプターのローターだった。

 同時に爆音を巻き起こしながらヘリは病院の駐車場に着陸を始める。

「誤報だろうが、〝何〟だろうが。可能性のある限り、全力を尽くすのが私達の(つと)めよ。それこそ、自衛隊にヘリを出させて、確認する間も()しんで基地に――文字通り飛んで帰っても何もおかしくはないわ。たとえそれが入院中でもね」

 久遠はそう続けると白衣の(すそ)を突風に任せてはためかせながらドアに振り向く。

 その久遠ともう一度目が合うと、

「急いで下さい。情報の確認には、三十分しかとれませんので」

 刑部は()り上げた頭の下で、どこかいたずらめいた笑みを浮かべた。

改訂 2025.08.11

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ