表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
五、一騎当千! キグルミオン!
71/445

五、一騎当千! キグルミオン! 16

「隊長! お加減いかがですか?」

 個室を割り当てられていた坂東の病室。久遠はドアを開けるや(いな)やそう叫んだ。

 先に坂東が顔をのぞかせていた窓が先ずは目に入ってくる。陽光の明りを取り入れるそこは、今まさに坂東のベッドを照らしていた。

「ああ、心配をかけたな」

 坂東はその窓を背に上半身を起こしてベッドに座っていた。()の光を背にした坂東はややその表情を(おのれ)の髪の(かげ)に隠してしまっている。だが(うれ)しかったようだ。その声は照れくさかったのか、軽く上ずっていてうまく出ていなかった。

「まあ、カルテはもらってましたし。隊長の丈夫さなら、心配無用でしたけどね」

 内開きのドアの全開で固定して、久遠は微笑(ほほえ)みながら坂東の脇に寄ってくる。

「おいおい。多少は心配してくれ」

「ぐふふ……大人しく病院のベッドの上に居る隊長……似合わない……」

 開け放たれたドアから続いて美佳がユカリスキーを胸に抱いて入ってくる。

 意地悪げにいつもの半目を更に細める美佳の胸元で、コアラのユカリスキーが暢気(のんき)に手を振った。

「ああ、須藤くん。済まないな」

「ふふん……気にしてない……」

 美佳がベッドに近づいてくると、しばらくその後に間が空いた。

 誰もがそのすぐ後にもう一人入ってくると信じて(うた)っていないようだ。誰も続いて入ってこないドアを三人が三人とも振り返る。

「仲埜はどうした?」

「あれ? ヒトミちゃん、どうしたの?」

「ヒトミ……」

 三人が不思議そうに首を傾げながらドアの向こうを窺うと、

「仲埜瞳ではないのです! とぉーっ!」

 くぐもったヒトミの気合いとともに、ドアの向こうで何かが一瞬で通り過ぎた。人の形をした何かが廊下の向こうを飛びながら横切って行った。

「何? ヒトミちゃん」

「ヒ、ヒトミ……」

「バク転だな。ヒザの出ていないいい姿勢だ」

 目を白黒させる久遠と美佳を余所に、坂東が感心したように冷静に呟いた。

 そう。開け放たれたドアの向こうを、何者かがバク転を極めながら通り過ぎたのだ。

「えっ? 今の見えたんですか、隊長?」

「バク転って……今日のヒトミの格好……」

 久遠が驚いたようにドアの向こうと坂東の顔を見比べ、美佳が呆れたように息を吐いた。

「えい!」

 ヒトミが通り過ぎた廊下の向こうから、更なる気合いと床を手足で打つ音が聞こえてくる。

「こんにちは!」

 最後は側転を()めたらしい。逆さまを向いた足がドアの上部に先ず現れた。その足に続いて現れた体は、ぐるんと横に一回転して着地する。

「ウサギのチャッピーです! お見舞いにきました!」

 正面を向いて丁度ドアの前に着地したのは、ウサギの着ぐるみを身にまとったヒトミだった。ウサギの着ぐるみは全く姿勢がぶれない見事な姿勢で着地点に静止する。

「へへん。驚きました、隊長? 何と今日は、皆のアイドル。ウサギのチャッピーがお見舞いにきましたよ」

 ヒトミはいかにも着ぐるみキャラという大げさな動きで病室に入ってくる。その際にその巨大なウサギの頭をドアにぶつけるおまけ付きだった。

「驚いたわ……病院の廊下でバク転する非常識な行動に……」

「驚いた……ウサギの着ぐるみで、バク転をする非常識な筋肉に……」

 (こた)えたのは(あき)れた目でヒトミを迎える久遠と美佳だった。

「ええ! 久遠さん、美佳! ちゃんと誰もいないの確認しましたし、着ぐるみでバク転ぐらい普通です!」

「バク転なんて無理……ましてこんな頭でなんて無理……」

 美佳が呆れた視線のままでヒトミの頭を見上げる。ウサギの耳こそは柔らかく邪魔にならないようだが、その頭部はやはりギリギリ手が届くぐらいに巨大だ。

 だがヒトミは実際にこの頭部に手を回してバク転を極めてみせた。美佳は何度も信じられないという風にヒトミを見上げる。

「何で? バク転なんて、コツが分かれば簡単だよ。上じゃなくって後ろに飛ぶのが一番大事かな!」

「それを着ぐるみでってのが……」

「変わんないよ! 簡単だよ! バク転ができるかどうかで、バイトの幅が広がるんだから! できないなんて、損だよ!」

「そんなものなの? 着ぐるみの世界も、色々とあるのね」

 大げさに腕や足を動かして着ぐるみ然と訴えるヒトミに、久遠が感心したようにうなづく。

「そうだな。着ぐるみでバク転。それぐらいできて当たり前だな。俺も高校生の時のアルバイトでよくやった」

 坂東がベッドの上で何度もうなづく。

「そうですよね! 着ぐるみでバク転! これが二等身タイプや一体型タイプだと、さすがに無理ですけど――」

「そうそう。反対に普通のスーツタイプでもただのバク転になる――」

「でも、三等身タイプの大きな頭でバク転()めると――」

「みんな喜んでくれたな。たまに失敗しても、愛嬌(あいきょう)ととらえられる」

「そうですよね! 可愛い子が一生懸命やってるのが、成功してもドジってもいいんですよ!」

 ヒトミと坂東がお互いに間髪入れずに話し出す。

「マニアの会話はこれだから嫌……着いて行けない……」

 美佳が自分は仲間ではないと言わんばかりにユカリスキーを抱き締める。

「でも、隊長。あんまり驚いてらっしゃいませんね?」

 久遠が会話の進む坂東の顔を笑顔で覗き込む。

「ああ! そうですよ! せっかく驚かそうと思って、チャッピーになってきたのに!」

「ああ……そうだな……何て言うか……」

 坂東は困ったように頬を指で()いた。

「見えていたからな……着ぐるみで来ているのは……」

 坂東はそのまま申し訳なさそうに窓の外に目を向ける。窓からは丁度久遠が乗ってきた軍用車両が見えた。

「ええ!」

「ぐぬぬ……」

 ヒトミと美佳が悔しげに声を上げるのを余所(よそ)に、

「……」

 久遠がドアの向こうにわずかに顔を見せている背の高い男に視線を送る。

 久遠はその為にドアを開けっ放しにしていたのかもしれない。他の三人に気づかれないように目配せすると、その背の高い男は直ぐにドアの向こうに姿を消した。

「隊長。ご退院の準備を」

 そしておもむろに坂東に振り返ると、懐から取り出した携帯電話を耳に当てながらそう告げた。

「ん? したいのは山々だが。ここの人間が許さないだろう?」

 坂東がいぶかしげに久遠に振り返ると、


「大丈夫です。宇宙怪獣の襲撃ですから――」


 久遠は微笑(ほほえ)みながらそう(こた)えた。


(『天空和音! キグルミオン!』五、一騎当千! キグルミオン! 終わり)

改訂 2025.08.10

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ